第三章:白夜に煌めく星
――アゼル帝国領地内、バリリア城――
城内は騒然としていた。
ここはラスゲイツ平原に接していて、城の両脇を山脈に挟まれている。そのため、平原からアゼル帝国に入るにはこの城は避けて通れない。
城内には既に何十という兵士が倒れていた。そして何十という兵士がたった四人という圧倒的な数の差で取り囲んでいた。
はずだった――
そこにはただ何も言わぬ物と化した固まりが転がっていた。
侵入者四人を止めるべく城中の兵士が集結している。
「誰か奴らを止めろ」
「くそがぁ―」
一人の操る長刀が辺り一面を血で染め、最後の一振で扉の前の兵士全て片づけた。
「ここはおれ一人で十分だ。お前らは東、西塔、地下をそれぞれ調べてきてくれ」
わかった、とだけ言葉を発して三人はそれぞれ解散した。そしてそこに一人残った男は、扉の向こう側に何があるのかをわかっているかのように、一層緊張感を増していた。
そして男はゆっくりと玉座の間に足を踏み入れた――
「――ドラル、やはりお前はここにいたか。こうして剣を交えるのは何回目だろうな」
ドラル――アゼル帝国が誇る《四神騎士》の一人。帝国の西に当たるこの城周辺を統治し、『白虎』の名をもつ。
背中に白光を放つ大剣『白刃』を担ぎ、両腕には普通の鉤爪より一回りも大きな『白虎牙』を装着している。
男が入ってきても、驚くどころか、どこか喜びを感じてさえいるような面立ちをしている。
「カイサルか…侵入者がきさま達だとはな。きさまを見るのは飽きるぐらいだ」
互いに刀を収め、互いの間に起こる緊迫感を楽しんでいるかのようにさえ思える。
先に動いたのは長刀だった。カイサルは背中の刀に手をかけ、刹那にして背後をとった。
「この戦いでおれらの死合いも終らせようか」
よかろう、と一言だけで答える。二人に躊躇などという言葉はもはやない。
その動き自体は見えないが、長刀はドラルの立っていたところを鋭く切り裂いた。
しかしドラルの姿はそこには無くカイサルは逆に背後に殺気を感じ、横に素早く跳び、『爪』を回避した。
回避と同時に斬撃を三発打ち込む、が『白光』が瞬時に全てを跳ね反した。
ちっ、と下打ちし、長刀に『爪』を襲わせる。それと同時に刀を受け止めた方の横腹に蹴りを入れる。
「ぐっ…」
横に不意打ちを激しく喰らい、ドラルは部屋の端まで飛ばされた。
続け様に斬撃を連続して飛ばす。ドラルは着地して体勢を整えるのが精一杯で、もちろん斬撃を避ける余裕などあるはずもない――
だが、再び『白光』が発せられ、全ての斬撃を無効化された。
さすがのカイサルにも動揺の色が見え始めた。
かつてに幾度となく闘ってきたが、今までのドラルに『白刃』は存在しなかったからだ。
常識的に考えて刀身で斬撃を無効化するなどは不可能である。あの『白光』の正体が分からない以上カイサルの行動が制限され始めた。
「あの光はどうなってやがんだよ」
カイサルは光の正体と打開策を見つけようと考えを廻らせる。それも一瞬の出来事だった。
「我が新しい刃の光を浴びた心地はどうかな??」
「――!!」
さっきまで目の前にいた男の声が背後からした。ドラルはカイサルのほんのわずかな心の隙を突き、後ろからすでに刀を振り下ろしていた。
瞬時に異常なまでの速度で回避行動をとり、左腕に傷を付けただけで済んだ。
だが、初めて両者の間に力の差がでた瞬間でもあった。すぐに体勢を整え、刀を構える。しかし、またしてもそこにいるはずの者の姿は無く、背後に光があるのを感じた。
『白夜の波動』
――刹那
カイサルのいた場所を白光の刄が通り抜け、周りの物を粉々に破壊していた。
カイサルの驚異的な反射速度をもってしてもなんとか間一髪のところでしか避けられないほどだった。
カイサルは確実にその光を避けたはずなのだが、その身体には無数の新しい傷がついていた。
(――なぜ…)
光自体は避けたのだからいくら考えても疑問しか残らない。ただ、カイサルには己の身体についた傷に覚えがあった。鋭く乱雑に切り傷ができるのが『白虎牙』特有の斬撃である。
普段より数が多すぎる、今のカイサルにはそれ以上のことは考えることが出来なかった。
片膝をつき、自分を傷つけた光を放った『刄』と『牙』をただ睨んでいた。
ドラルはわずかに笑みを浮かべ、自分に屈した青年にゆっくりと歩み寄る。
「これで終りだな。我が好敵手よ」
カイサルの目には振り下ろされる刄が映り、覚悟を決めた。
――刹那
三つの影がカイサルとドラルの間に入ってきた。
ドラルは瞬時にその影から離れ、刃を構え直す。ドラルの刄を受け止めていた刀『忍刀血紅桜』は、不気味に紅い光を放っている。
「仲間に命を拾われたな」
言葉と同時に白光がこの部屋に繋がる階段もろとも床を切り裂き、四人を下へと落とした。
――煙が立ち込め、崩れる音が収まったが四人の姿はそこには無かった。
城外の木陰からわずかに話し声が聞こえる。
「お前大丈夫か?」
ルイの問掛けに、あぁ、とだけ言うと三人から目を反らした。他の三人にも動揺の色が見える。自分達が信頼をおく絶対的力の敗北、少なからず士気に影響を与えるのは必然的だ。
しばしの沈黙――
ランドの口がそれを破った。
「“槍”はここには無かった。北の奴らの仕業みたいだ」
報告する表情もどこか暗いものがあった。カイサルは応急処置を済ませ、立ち上がった。
「“槍”を追う。我らが失敗に終われば平原で戦っている皆の意志はどうなる。我らは命に代えても槍の奪還を遂行する」
力強い言葉が三人に投げ掛けられ、三人の気持ちに迷いは無くなった。カイサル自身にも。
その言葉は自分に葛を入れるためでもあった。
四つの星は、『運命』を追い、北へと向かった――