第一章:全ての始まり
天暦529年
ことの始まりは突然にやってきた――
「今日はやけに静かだな…」
そうだな、と突然の言葉を側にいた男が面倒臭そうに相槌を打つ。
平原をいつもと変わらない風が通り抜け、その風を受けながら男は言葉を続ける。
「早いとこ“コイツ”を持って帰るぞ」
応、と男たちはその足を速めた。そんな会話をしながら軍隊がラスゲイツ平原を通っていた。一つの“槍”を囲むようにして足早に西に見える自国に向かっている。
この部隊はラスゲイツ平原の西に位置するライル帝国所属の軍隊である。平原の北東に位置するザンザール山脈の一角で一本の“槍”が発見され、それを運ぶ作業をしている。
隊員には疲労の色が見える者もいるが、帝国が近くなるにつれて、安心感が増し、あと少しだ、と励まし合いながら進んでいた。ここの湿地地帯を抜ければもうライル帝国の領地内だった。
そして、またその人混みを風が通り抜けた――
ライル帝国軍事会議室――
一人の男が静かに座っていた。男は何か物思いに耽っているようである。そこに、一人の兵士が息を乱し、慌ただしく入ってきた。
「カイサル様!!報告いたします。実は――」
「――全滅!?」
報告を受けた男は驚きの表情を隠せないでいる。兵士は尚も報告を続けた。
「はっ!!調査に向かわせた部隊によりますと、例の精鋭部隊は交戦の跡無く全滅していたとのことです」
報告にある部隊は誰一人として自身の刀を抜いておらず、全員が完全武装のまま斬り殺されていたという。男は頭をかかえ、しばらく空白の時間を作った。そして、また兵士の方を向いた。
「計画的に“あれ”を狙ったとしか言いようがないな…直ちに《北斗聖団》を集めろ」
「はっ!!」
走っていく兵士を見送りながら男は呟いた。
「――まさかあれを奪われるとは」
この男の名はカイサル・オルグニル
ライル帝国の国王ラズイエル・オルセンの親衛隊《北斗聖団》の一番手であり隊長である。
その腰(背中と言った方が適切かもしれない)には刃渡りが2mほどもある愛刀【ジャッジングエッジ】が備えてある。
――しばらくしてドアを大きく開け、二人の男が入ってきた。一人は背が高く、部屋に入るなり、いきなり部屋に言葉を響かせる。
「おいおいおい、隊長さんよ〜、緊急召集ってどういうことよ!?」
緊急事態と分かっているにも関わらず、男はカイサルにふざけ調子の言葉を投げ掛けた。その言葉に反応したのはカイサルではなく、横にいたもう一人の男、いや、少年だった。
「ルザサさん、そんな言い方しなくても」
「うるせぇ」
もう一人の男は比較的背が小さく、相槌を入れた矢先に簡単に頭を殴られた。
「痛っ、何も殴らなくても…」
「あ、わりぃ、つい」
殴られた少年は悲痛の声をあげる。
「少しは考えて行動してくださいよ」
ルザサ・ヤルク
聖団で最もお調子者で頭で考えるより体が先に動くまさに本能で生きる男。
そんな彼も『神速の守護神』の異名をもつ北斗聖団の特攻隊長であり、結成当初からカイサルの右腕となり、数々の戦闘を勝利に導いた。
彼の背中には彼と同じぐらいもの大きさのある大剣【ガーディアンブレード】があり、元々大柄な彼をさらに大きく見せている。
ルザサに殴られた少年はまだ痛そうに頭をさすりながら後をついて行っていた。少年の名は、
ジン・マルケス
昔、ルザサに命を助けられ、それ以来彼を尊敬し、常に行動を共にしている。
聖団で唯一の少年だが、相手の動きをわずかではあるが先読みができる『天眼』をもち、聖団の三番手に位置している。
彼は腰に普通の刀より短い小太刀【狼牙】を二本帯びている。
そして、他愛もない会話が済み、二人が席に着いたのを確認して、カイサルはその口を開いた。
「よし、全員揃ったな」
ルザサ達の到着までにカイサルと他四人が既に座っていた。
ルイ・オルスゲン
聖団の参謀。かなりの頭脳の持ち主なのだが、普段の行動から当初は帝国内の者でも彼が参謀であることに疑問をもつものすらいた。
バリル・レン
抜刀術を得意とし、常人にはその太刀筋を見ることはできないとまで言われる。何事にも表情を変えず、団員ですら何を考えているか分からない。愛刀は紅の光を放つ刀『忍刀血紅桜』
ランド・マーク
剣術より己の身体を使った武術に長ける。血の気が多く、猪突猛進な行動が多い。
ミリー・シューゲル
いかなる状況でも冷静な判断をすることができ、ルザサやランドの行き過ぎた行動を抑える役割を果たしている。十文字槍を操る。
「我らが集まった理由は他でもない、例の“デスティニーランス”が何者かに奪われた…恐らくアゼル帝国だろう」
彼の言葉に皆、表面上には出さないものの、かなりの動揺があった。
――しばしの沈黙
だがミリーが口を開くのにそう時間はかからなかった。彼女は溜め息まじりの言葉を発した。
「そう…私達を召集するぐらいだからまさかとは思ったけど…これはこの戦いを大きく左右するわね」
アゼル帝国とは平原を挟んで東西の位置関係にある。時々平原での衝突はあるが、これまでに大きな戦闘は少ない。
ミリーの言葉にいち早く反応を示したのはランドだった。
「良い機会だ。これを機にアゼルをぶっ潰そうぜ」
ランドはやる気に満ちた表情で拳を自分の手の平に打ち付けた。
いつもならば、ランドの大胆な行動に賛成しているのだが、カイサルはいつもに増して真剣な表情だった。
「だがあくまで“デスティニーランス”の奪回が目的だ。今回の一戦で“ランス”を奪回しそこなえば、逆に我らが潰される。我らは“ランス”奪回を最優先に出撃することを忘れるなよ。」
カイサルの言葉にいつものように直ぐに横槍が入る。
「またまた、隊長さん張りきっちゃて、そんなん言わなくてもわかってるよ」
「ルザサさん、場を考えてくださいよ」
「ジン、うるさいぞ」
「痛っ、また同じとこを…」
たわいもない二人の会話を掻き消すかのようにカイサルは話を進めた。カイサルに余裕が無いのは、誰もがはっきりと分かるほどだった。今回の事件はそれほど重大なことなのだ。
「とにかく我らの働き次第だ。ルザサ、ジン、ミリー、三人は前線で闘い、敵の注意をできるだけ平原に向けさせてくれ。ランド、ルイ、バリルはおれと共にアゼル帝国内まで一気に侵入し、“ランス”を奪回する…以上だ」
応、と言うと七人はそれぞれの剣を抜き天高いところで剣先を重ね合わせた。
「絶対に死ぬな」
それは聖団の第一の掟であり、全員の意志を結束するもの。
それに応える六人の声が部屋中に響き渡った。
会議室を出た七人は各自戦闘準備を済ませ、既に戦闘が始まっている平原へと繰り出していく――