縄文時代は国が無かったという嘘
真相。
縄文時代は国が無かった。これはまあある意味で本当だったと言える。というのは、国という概念ではなかった。
国という概念は、あとから出てきた。だから「建国」だった。そして、そこにある嘘と言うのは、国がなくてとても未開の善くない状態だった、というのが嘘。
実際は、国よりも優れたシステムが機能していたのだ。それは、倭、あるいは津のネットワーク。私がこれまで何度か話したことかもしれない。
つまり、国ではなく、倭、和であった。どういうことか。縄文以前は、世界的に国が無く、すなわち軍事力がなく、平和だった。
これは、その時代以前の骨の傷の付き方からも実証されている話である。そして、通貨もなかったので、そのネットワークはお裾分けのシステムだった。
そのころは、基本的に海浜地域の自然豊かな場所で、海産物や地上の産物を得ていた。住居は近くの丘陵地帯、畑は洪水が起きる土壌豊かな場所。
そして、その生産余剰を近海の津へと渡していく。足りているところから、足りないところへと送るのだ。そして、それをさらに効率化する。
つまり、主に女性のシャーマンによる直感の予測だ。それによって、これから起きること、そして足りなくなる地域、ものを予測して先に手をうつ。
これに優れた者が、優れた者の予測が、皆に選ばれた。優れた者が上に立った。権威でも血統でもなく、優れているかどうかだった。
だから、自然も含めて極めて豊かであり、そして安定していた。人々は、かなり自由に各地を行き来することができた。
これは、明らかに国よりも優れたシステムである。この倭のシステムが、日本近辺は倭であった。そして、ほかの、世界各地の津が結ばれていた。
津を辿って、北米などにも簡単に行けたのだ。ではそれがなぜ変わったか。紀元前700年の通貨の誕生だ。
通貨の誕生と、バビロンのテクノロジー、ユダヤ十二支族の拡散により、世界は変わっていった。国が誕生し、軍事力が誕生した。
それによって、倭も変化を余儀なくされた。それを主導したのが、ヒタカミだ。ヒタカミは、それもやはりユダヤ十支族だった。
たしか、指導的な支族、エフライム支族かなんかだ。いや、キリストが生まれたユダ族もいただろう。
そして、国という概念の導入を考えた。
具体的にどういうことか。海の、津のネットワークを領土防衛のためにあるていど制限しつつ、陸のネットワーク、日本においては山のネットワークを作る。
これが、山津、ヤマツ、当時の発音では、ヤマトゥである。当時たちつてとはタティトゥテトだった。そして、それが中国に伝わったのがヤマドゥ、漢字で邪馬台である。
つまり、卑弥呼というのはシャーマンの慣習を残しつつも、ヒタカミから九州へとやってきた、山津の国としての指導者だったのだ。
これが、「建国」である。そのあとは、私が別途記した日本の真の歴史のようになった。つまり、ヒタカミはホアカリで失脚し、アヂスキ、そしてヒボコとなっていった。
賀茂氏、秦氏という流れで建国が続いたのだ。これは、華々しい英雄譚でもあるが、しかたなく国というシステムを創った、という側面もある。
どう見ても、平和な状態の倭の津の、ワタツミのネットワークのほうが優れていたのだ。通貨の誕生、軍事力の誕生に適応する必要があって、しかたなく国へと変えていった。
そのあとは、皆が知っているとおり、権力維持のためにさらにひどい仕組みへと悪化し、そして皇室へいたる。
皇室は、吐いた嘘が大きすぎて、もはや真相を開示することはできない。それで、私のこの話は当然公式なものと異なる。通説と異なる。
そして、ほぼ確実なのは、公式や通説が改ざんされて歪んでいることだ。歪んだ歴史認識を持つ民族は、成長できずに、生き残れずに滅ぶ。
いや、慌てる必要はない。それは歴史上よくあることだ。自然にもよくあることだ。自然淘汰される。あまり気にする必要はない。
そして、そういった淘汰が起きる前に、別のことが起きる。だからさらに気にする必要がない。
その問題はおそらく次の環境に持ち越されないし、仮に持ち越されても、私が解決できる。そこでは全ての真相が明かされるので、誰でも解決できるようになる。
今生ではこうして情報だけ出しておく。ほとんどの日本人は、眠った羊たちはこれを理解できない。




