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第4話 信じる理由


「……戻ったぞ」


スラムに足を踏み入れる。


見慣れたわけじゃない。

それでも、もう“知らない場所”ではなかった。


廃屋に近づくと、気配が動く。


「……来た」


小さな声。


中に入ると、子どもたちがこちらを見ていた。


昨日より、少しだけ距離が近い。


「おかえり」


誰かが言う。


「ただいま、って言うのも変な感じだけどな」


軽く返す。


空気が、ほんの少しだけ柔らぐ。


――けど。


「……で?」


一人だけ、変わらない目があった。


レンだ。


壁にもたれたまま、じっとこちらを見ている。


「何しに戻ってきた」


「飯作りに」


即答する。


「それ以外に何かあるか?」


「……普通はねえよ」


吐き捨てるように言う。


「大人は、そんなことしねえ」


「そうかもな」


否定しない。


実際、そうなんだろう。


「じゃあ、あんたはなんなんだよ」


まっすぐな問い。


試すような目。


「さあな」


肩をすくめる。


「俺にもよく分かんねえ」


本音だった。


記憶も、状況も、全部曖昧だ。


でも。


「飯は作る」


それだけは決めている。


「……変なやつ」


レンが呟く。


「よく言われる」


同じ返しをする。


少しだけ、空気が揺れた。



「ほら、準備するぞ」


手を叩く。


子どもたちが、戸惑いながらも動く。


昨日より、動きが早い。


慣れたわけじゃない。

でも、“期待”はしている。


その時だった。


「やめろよ!!」


声が響く。


振り向くと、小さな子どもが一人、食材を抱えていた。


別の子どもがそれを引っ張っている。


「それ、俺が見つけたんだ!」


「うそつけ!さっき俺が――」


揉み合いになる。


「おい、やめろ」


間に入ろうとするが、その前に――


「いい加減にしろ」


低い声。


レンだった。


二人の間に割って入る。


「……離せ」


短く言う。


その一言で、空気が止まる。


子どもたちが、渋々手を離した。


「……でも」


「でもじゃねえ」


レンは、睨む。


「それ、みんなの分だろ」


静かな声。


でも、強い。


二人は何も言えなくなる。


「……ほら」


レンが食材を取り上げ、こちらに投げてくる。


「使え」


受け取る。


少しだけ、驚く。


「……ありがとな」


「別に」


そっぽを向く。


でも、その視線は少しだけ柔らかかった。



調理を始める。


子どもたちの距離が、また少し近くなる。


さっきの出来事が、何かを変えた。


「レン」


声をかける。


「……なんだよ」


「手伝えよ」


短く言う。


「は?」


露骨に嫌そうな顔。


「なんで俺が」


「お前が一番分かってるだろ」


包丁を動かしながら続ける。


「この場所のこと」


レンの動きが止まる。


「どこが危ないとか、誰がヤバいとか」


ちらっと視線を向ける。


「そういうの、俺知らねえし」


事実だ。


自分は何も知らない。


この世界のことも。

この場所のことも。


「……だから、必要なんだよ」


静かに言う。


「お前が」


少しの沈黙。


火の音だけが響く。


「……」


レンは何も言わない。


けど、目は逸らさない。


考えている。


「……1回だけだからな」


ぽつりと、落ちるように言った。


「は?」


「手伝うの」


顔をしかめながら続ける。


「でも、1回だけだ」


念を押すように。


「気に入らなかったら、やめる」


「……十分だろ」


少し笑う。


「じゃあ、まずこれ切ってくれ」


野菜を差し出す。


レンはそれを受け取る。


ぎこちない手つき。


でも、やろうとしている。


「……こうか?」


「ああ、いい感じ」


そのやり取りを見て、周りの子どもたちが少しざわつく。


空気が、変わる。


ほんの少しだけ。


でも確実に。



しばらくして、料理ができあがる。


「ほら、できたぞ」


皿を並べる。


昨日と同じようで、少し違う光景。


「……食っていいのか?」


「ああ」


頷く。


子どもたちが、手を伸ばす。


でも――


昨日ほど、荒れていない。


少しだけ、順番を守ろうとしている。


「……変わるもんだな」


小さく呟く。


「何が」


隣で、レンが言う。


「いや」


首を振る。


「なんでもない」


少しだけ、笑う。


レンはそれを見て、目を細めた。


「……あんたさ」


「ん?」


「ほんと、変なやつだな」


呆れたように言う。


「知ってる」


同じ返し。


「でも」


レンが続ける。


「……嫌いじゃねえ」


小さく。


でも、はっきりと。


「……そっか」


それだけで、十分だった。


この場所で。


この状況で。


“嫌いじゃない”と言われることの意味は、重い。


「じゃあ、よろしくな」


そう言うと、レンは少しだけ顔をしかめた。


「……だから、1回だけだって」


「はいはい」


軽く流す。


そのやり取りに、周りの子どもたちが少しだけ笑った。


その日。


スラムの片隅で。


一つの小さな関係が、生まれた。


それはまだ、弱くて不安定で。


すぐに壊れてしまうかもしれない。


それでも――


確かに、“仲間”だった。

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