第2話 それでも、腹は減る
「……で、どうすんだよ」
ぼそりと、誰かが言った。
薄暗い廃屋の中。
集まった子どもたちは、一定の距離を保ったままこちらを見ている。
警戒と、不信と――ほんの少しの期待。
「どうするって?」
「飯だよ」
短く返される。
その言葉に、苦笑が漏れた。
「そりゃあ、なんとかするって言ったしな」
軽く言うと、子どもたちの視線が一瞬だけ揺れた。
信じていいのか、試しているような目。
――まあ、そうなるよな。
「ちょっと外行ってくる」
立ち上がる。
すると、すぐに声が飛んできた。
「逃げるのか?」
振り返る。
言ったのは、少し年上に見える少年だった。
睨むような目。
「逃げねえよ」
「大人はみんなそう言う」
即答だった。
その言葉に、一瞬だけ詰まる。
けど。
「じゃあ、戻ってきたら信じてくれ」
そう言って、外に出た。
◆
外の空気は、思ったよりも普通だった。
崩れた建物の隙間から見える空。
遠くに見える街並み。
まるで、どこにでもある地方都市みたいな景色。
「……ほんとに異世界かよ」
思わず呟く。
けど、視線を落とせば現実はすぐそこにある。
ゴミの山。
腐った臭い。
そして、そこに群がる人影。
子どもも、大人も関係ない。
「……」
ポケットに手を入れる。
――硬い感触。
「……あれ?」
取り出す。
紙幣と、小銭。
「なんで金あるんだよ……」
記憶にはない。
持っていた覚えもない。
けど、ある。
「……まあいいか」
今は考えてる場合じゃない。
腹を空かせた子どもたちが待っている。
足を動かす。
スラムを抜けると、景色が一変した。
舗装された道路。
整った建物。
看板や店。
完全に“普通の街”だった。
「なんだよこれ……」
さっきまでの場所と、同じ世界とは思えない。
店の前を通る。
食材が並んでいる。
パン、野菜、肉。
「……普通に売ってるのか」
けれど、店主の視線は冷たい。
「……買うのか?」
値踏みするような目。
「ああ、ちょっとな」
短く返す。
余計なことは言わない方がいい。
適当に食材を選ぶ。
安いパン。
野菜。
少しだけの肉。
金を払うと、店主は何も言わずに袋を渡してきた。
◆
戻る途中、何度か視線を感じた。
奪うか、奪われるか。
そんな空気。
無意識に足が速くなる。
「……めんどくせえ世界だな」
小さく呟いた。
◆
廃屋に戻る。
子どもたちは、まだそこにいた。
「……ほんとに戻ってきた」
誰かが呟く。
「言っただろ」
袋を持ち上げる。
「飯、持ってきたぞ」
ざわ、と空気が変わる。
「ちょっと待ってろ。今作る」
奥にあった、かろうじて使えそうな台を見つける。
くたびれた食堂みたいな場所。
「……ここ使うか」
火を起こす。
簡単な調理器具は残っていた。
野菜を切る。
肉を焼く。
スープを作る。
手は、自然に動いた。
「……いい匂い」
ぽつりと声が漏れる。
気づけば、子どもたちが近くまで来ていた。
距離はまだある。
でも、さっきより近い。
「ほら、できたぞ」
皿に盛る。
見た目は大したことない。
それでも――
「……食っていいのか?」
「ああ」
その一言で、堰が切れた。
一斉に手が伸びる。
がっつく。
飲み込む。
噛むことも忘れているみたいに。
「おい、ゆっくり食え」
言っても、止まらない。
「……うまい」
誰かが言う。
別の子は、泣きながら食べていた。
「……」
胸の奥が、少しだけ痛む。
――これが、こいつらの日常か。
その時だった。
「おい」
低い声。
入口に、大人が立っていた。
数人。
鋭い目。
「……なんの真似だ?」
空気が、一気に変わる。
子どもたちが、びくりと固まる。
皿を抱え込むようにして。
「……別に。飯食ってるだけだろ」
そう返すと、男は鼻で笑った。
「ここで勝手なことしていいと思ってんのか?」
一歩、近づいてくる。
「その飯、全部置いてけ」
「……は?」
「聞こえなかったか?」
男の目が細くなる。
「ここはな、“ルール”があるんだよ」
背後で、子どもたちの気配が揺れる。
怯えている。
当たり前だ。
「……」
少しだけ考える。
逃げるか。
渡すか。
それとも――
「……やだね」
口から出たのは、それだった。
「は?」
「これ、こいつらの飯だから」
自分でも、少しだけ驚くくらいあっさりと言えた。
場の空気が凍る。
「……面白いな、お前」
男が笑う。
でも、その目は笑っていない。
「痛い目見ても、同じこと言えんのか?」
――ああ、そういう世界か。
理解する。
「……」
それでも。
一歩も引かない。
背後には、子どもたちがいる。
守るとか、そんな大それたことじゃない。
ただ――
「……飯くらい、ちゃんと食わせろよ」
それだけだ。
静かな空気の中。
男たちが、ゆっくりと動いた。




