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編集者、旅立つ

 ダンジョンの入り口。


 外の空気はひんやりとしていて、深層の重たい熱気が嘘のようだった。


 フェンは一歩外へ出ると、大きく息を吐く。


「……疲れた……」


 全身がまだ重い。統合の反動が、じわじわと残っている。


 隣で朔夜も、小さく息をついた。


「……外、明るい……」


 入り口脇に立っていた警備の男が、二人に気づいて目を見開く。


「お、お前たち……まさか――」


 フェンは無言で、懐から銀色のペンダントを取り出した。


 淡く光を帯びたそれを見た瞬間、男の顔色が変わる。


「深層守護の……!? 討伐、したのか!?」


「終わりました。第20階層、クリアです」


 静かに告げる。


 男は一瞬固まり、次の瞬間、踵を返した。


「すぐに報告する! ここで待て!」


 慌ただしく駆け上がっていく。


 少しして。


 階段の上から、足音が響く。


 先に現れたのは、淡い金髪を揺らした少女。


「フェン!」


 ルシアだった。


 一直線に駆けてくる。


 フェンの前で一瞬だけ足を止め――


 次の瞬間、勢いよく抱きついた。


「ば、馬鹿……!」


 ぎゅっと服を掴む。


「心配なんて、してないんだから……! 絶対戻ってくるって思ってたし……!」


 言いながらも、声がわずかに震えている。


 フェンは小さく笑った。


「ただいま」


 その後ろから、ゆっくりと歩いてくる影。


 ベルナール伯爵。


 落ち着いた足取りで、二人の前に立つ。


「……まさか、1週間でクリアするとはな」


 低い声が響く。


「想定では、1か月はかかると見ていた」


 視線がフェンを射抜く。


「これで、認めてくれますか?」


 フェンはまっすぐに返す。


 伯爵は数秒、沈黙した。


 そして――


「……認めよう」


 短く、はっきりと言った。


 その時。


 伯爵の視線が、フェンの隣へ移る。


 朔夜を見つめる。


「……ところで」


 目が細められる。


「その女性は、誰だ?」


 ルシアも、はっとして朔夜を見る。


「え……?」


 フェンは迷わず答えた。


「僕のスキルです」


 沈黙。


 伯爵とルシアの表情が、同時に固まる。


「……は?」


「……え?」


 朔夜は小さく会釈した。


 伯爵はゆっくりと息を吐く。


「……ひとまず」


 視線を戻す。


「その汚れた身体を整えろ。話はそれからだ」





食卓には、すでに全員が席についていた。


 長いテーブルの中央。

 正面にベルナール伯爵。

 その右にルシア。

 向かいにフェンと朔夜が並んで座っている。


 紅茶の湯気が、静かに立ち上っていた。


 伯爵が、ゆっくりと口を開く。


「では聞こう。その者は何者だ?」


 視線が朔夜へ向けられる。


 フェンは一度、紅茶に手を伸ばしかけてから止めた。


「……ここだけの話です」


 静かに前を見る。


「僕には“編集者”という能力があります。スキルを書き換える力です」


 伯爵の目がわずかに細まる。


「その力で、鑑定士を作りました」


「そして――」


 フェンは隣の朔夜を見る。


「編集者と鑑定士を組み合わせた結果、彼女が生まれました」


 短い沈黙。


 伯爵はゆっくりと頷く。


「編集者……」


 低く繰り返す。


「それが君の強さの秘訣か」


「鑑定士を作り出せる力。そして、それを組み合わせることで……スキルが実体を持つ」


 朔夜を見据える。


「……意思まで持つようになるのか。実に不思議なものだ」


 紅茶を一口飲む。


「このことは、我々だけの秘密にしておいた方がいいだろう」


 静かな声。


「悪用しようとする者が現れても不思議ではない」


 フェンはこくりと頷いた。


「はい」


 再び、沈黙が落ちる。


 そして伯爵が、何気ない調子で続ける。


「ところで」


「ルシアと、いつ婚約するのだ?」


 フェンは紅茶を口に含んだまま固まった。


「――ぶっ!?」


 思わず吹き出す。


「こ、婚約!?」


 ルシアも椅子から半ば立ち上がる。


「パパな、なに言ってんの!?」


 伯爵は平然としている。


「この試練はベルナールの試練だ」


「つまり、跡取りの試練でもある」


 静かにフェンを見る。


「君はダンジョンをクリアした。ベルナールとして生きる選択を得たということだ」


「……なんだ?」


 目が鋭く光る。


「ルシアと婚約するつもりではないのか?」


「ひっ……」


 フェンは思わず声を漏らす。


「と、とりあえず……」


 喉を鳴らす。


「僕の妹の病気を治す旅が終わるまでは、考えていません」


伯爵は、しばしフェンを見つめた。


「……そうなのか」


 低く、静かに言う。


「優先すべきものがあるということだな」


 フェンは小さく頷いた。


「伯爵」


 姿勢を正す。


「《命脈の深根洞》《翠心樹海》《静命の霧庭》のダンジョンへ、これから向かおうと思っています。何か情報はありますか?」


 伯爵は腕を組み、考え込む。


「そうだな……」


 視線を上げる。


「その三つの中なら、まずは《翠心樹海》を勧める。この中で最も近い」


「ただし――」


 声がわずかに重くなる。


「そこへ行くには、エルフの森を通らねばならん」


「エルフは人間を好まぬ。下手をすれば襲ってくる」


「加えて、森に出る魔物も強い。油断はするな」


 フェンは真っ直ぐに答える。


「ありがとうございます」


 そして、ふと思い出したように声を上げる。


「あっ、そうだ」


 立ち上がり、ルシアの前に立つ。


 ルシアが首を傾げる。


「……?」


「ルシア」


 フェンは懐から、銀色のペンダントを取り出す。


「心配かけたね。僕からプレゼント」


 差し出されたのは、《深層守護のペンダント》。


 ルシアの頬が赤くなる。


「え……」


「このペンダントが、君を守ってくれると思う」


 そっと首元につける。


 ルシアは視線を逸らしながら、小さく呟く。


「あ……ありがと……」


 伯爵はその様子を見て、わずかに眉をひそめるが、やがて息を吐いた。




 やがて三人は屋敷の外へ出る。


 門の前で、伯爵が立ち止まる。


「フェン君、ルシア」


「またいつでも戻ってくるがいい。ここは君たちの家なのだから」


 フェンは深く頭を下げた。


「はい! ありがとうございます」


「それでは伯爵、行ってきます!」


 伯爵は一瞬黙り込み、そして口元を緩める。


「……フェン君」


「これからは、お父さんと呼んでも良いぞ」


「パパやめてよ!」


 ルシアが顔を赤くして叫ぶ。


「フェンとはそんな関係じゃないんだから!」


 フェンは一歩前に出て、真っ直ぐに言った。


「……お父さん!」


「これからも僕は、ルシアを守ります」


 ルシアはさらに顔を赤くし、肩をすくめる。


 伯爵は大きく笑った。


「はっはっは!」


「それでは行ってきなさい」


 フェン、ルシア、朔夜の三人は頷き、歩き出す。


 新たな目的地へ向けて。


         続く

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