《砕石の迷坑》
冒険者ギルドの中は、いつも通りの賑わいを見せていた。
壁一面に並ぶ依頼書の前では、数人の冒険者が腕を組み、真剣な顔で紙を睨んでいる。
別の一角では、酒場区画から流れてくる酒と汗の混じった匂いの中、報酬の分配を巡って言い争う声も聞こえた。
その中で、フェンは依頼書の並ぶ掲示板を眺めていた。
視線の先にあるのは、《緑苔の洞窟》
初心者向けとされているが、二階層以降は少し事情が変わる。
魔物の数が増え、地形も厄介になる。
「……二階層に行きたいんだけど」
小さく呟き、フェンは腕を組む。
「さすがに、一人は無理だよな……」
規則上、《緑苔の洞窟》を最低ランクであるGランクの冒険者がソロで潜れるのは一階層までだ。
それ以上は、最低でも二人以上のパーティが必要になる。
仲間を探すにしても、今の自分に声をかけてくれる冒険者がいるとは思えなかった。
どうしたものか、と考えかけた、その時。
「だ・か・ら!!」
ギルドの喧騒を突き破るような、甲高い声が響いた。
「何度言ったら分かるのよ!!」
フェンは、思わず視線を向ける。
声のした方――カウンター付近には、いつの間にか人だかりができていた。
受付嬢の困ったような声と、それに食ってかかる誰かの声が、はっきりと聞こえてくる。
「……なんだ?」
フェンは、掲示板から目を離し、自然とそちらに注意を向けた。
ただの言い争いにしては、やけに感情的だ。
しかも、声の主は女性らしい。
周囲の冒険者たちも、興味ありげに様子を窺っている。
フェンは少し迷った後、
人だかりの方へと、静かに歩み寄った。
◆
カウンターの前では、受付嬢が困ったように眉を下げていた。
「困ります。あなたのランクでは、ソロで行くのは無理なんです」
落ち着いた声だったが、何度も同じ説明を繰り返しているのが分かる。
その向かいで、腕を組んだ少女が苛立たしげに足を鳴らした。
「はぁ?」
苛烈な声が、ギルドの空気を一瞬で切り裂く。
「あたしが行けるって言ってるでしょ。大丈夫に決まってるじゃない」
「大体、こんな――」
少女は周囲を一瞥し、鼻で笑った。
「むさ苦しい男どもと一緒に行くなんて、冗談じゃないわ」
ざわり、と周囲が小さくざわつく。
フェンは、そのやり取りを少し離れた場所から見ていたが、思わず口を開いた。
「……どうしました?」
声をかけると、受付嬢がほっとしたようにこちらを見た。
「フェンさん。この方、Gランクなんですが……
初心者の鬼門と呼ばれている《砕石の迷坑》にソロで行きたいとおっしゃっていて」
「危険だと説明しているんですが……」
言い終わる前に、少女が不機嫌そうに遮った。
「この子じゃない!」
びし、と指を差され、フェンは一瞬固まる。
「あたしはルシア。ちゃんと名前があるの」
そう名乗ると、ルシアはふっと表情を変えた。
そして、なぜか――フェンの方を見て、にやりと笑う。
「そうだ。あたし、この人とパーティ組んでたんだった」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「だから問題ないでしょ? 二人いるんだし」
フェンが何か言おうと視線を向けると、ルシアと目が合った。
次の瞬間。
キッと、鋭く睨まれる。
逃げ場のない視線だった。
「……」
フェンは、言葉を探す間もなく、
「……うん」
と、口にしてしまっていた。
「えっ……?」
受付嬢が目を瞬かせる。
「フェンさん、本当に大丈夫ですか?」
「正直、フェンさんの強さではかなり危険だと思うのですが……」
「いや、その……」
フェンが慌てて言いかけた、その時。
「大丈夫よ!!」
ルシアが、胸を張って言い切った。
◆
「さっきは、ごめんね!」
あっけらかんとした声だった。
「どうしても、このダンジョンのクリア報酬が欲しくてさ」
「ここで手に入る白鋼剣・リュミエをずっと狙ってたの」
悪びれた様子はあるが、反省しているかと言われると微妙だ。
「……いや……」
フェンは言葉を探しながら、視線を逸らす。
編集者のスキルを使い、
無意識のうちに、ルシアのステータスへ意識を向けた。
半透明の表示が、視界に浮かび上がる。
――――――
LV:1
HP:18
MP:0
A:12
D:10
MAT:3
MDF:1
S:5
SP:—
EXP:0/10
スキル:剣舞
(いや、ちょっと待て……)
フェンは内心でツッコミを入れる。
(この数値で、よく“大丈夫”なんて言えたな……)
そして。
表示の一番下にある項目を見た瞬間、
フェンの思考が、完全に停止した。
――――――
職業:お嬢様
――――――
「……おじょ……?」
喉から、変な音が出た。
さらに、名前欄。
ルシア・ベルナ-ル。
続く家名を見た瞬間、フェンの背筋が凍る。
(……伯爵令嬢……?)
頭の中で、嫌な想像が一気に広がった。
(これ、絶対バレたらまずいやつだ……)
(ベルナ-ル家とか、関わったら終わる……)
(……あぁ……僕の人生、終わった……)
フェンが青ざめて固まっていると、
ルシアが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
何事もないように言い放ち、
ルシアはダンジョンの入口を指差した。
「ほら、行くわよ!!」
勢いよく一歩を踏み出すその背中を見ながら、
フェンは小さく息を吐いた。
――逃げ道は、もうなさそうだ。
そう悟りながら、
フェンは渋々、その後を追った。
本日も2話同時投稿です。7話は22時に投稿されますので、引き続きお楽しみください




