編集者、新武器を振るう
11階層。
通路はこれまでよりも明らかに入り組んでいた。
曲がって、また曲がる。
細い通路が唐突に広がり、次の瞬間には急に狭くなる。
似たような石壁が続き、目印になりそうな傷やひびも、どこか既視感があった。
フェンは足を止め、肩で息をする。
「はぁ……はぁ……ここ、複雑すぎだろ……」
額の汗を拭い、探索スキルを展開する。
視界に広がる感知線。
だが――
線が多すぎる。
分岐が幾重にも重なり、通路が絡み合い、出口と思しき反応が定まらない。
さっきまで前方にあったはずの反応が、いつの間にか横へずれている。
「……なんなんだよ、ここ……」
小さく吐き捨てる。
再び歩き出す。
右へ。
左へ。
階段を下り、また上る。
数分後。
見覚えのある石壁のひびが目に入った。
フェンは立ち止まる。
「……さっき、ここ通ったよな?」
もう一度探索を展開する。
やはり出口の反応は曖昧なまま、絡まった糸のように揺れている。
ため息をついた、その時。
通路の奥に、不自然な箱が置かれているのが見えた。
宝箱だ。
フェンは慎重に近づく。
探索を集中させる。
赤い反応はない。
魔力の歪みも感じない。
罠はなさそうだった。
「……開けてみるか」
ゆっくりと蓋に手をかけ、持ち上げる。
中に入っていたのは――
黒ずんだ塊。
表面は乾いているのか湿っているのか分からない。
色は悪く、ところどころ白く変色している。
鼻を近づけた瞬間、微妙な臭いが漂った。
「……なんだこれ」
フェンは編集者を展開する。
表示が浮かぶ。
⸻
名称:腐敗した保存食
効果:満腹度微増
副作用:腹痛(高確率)
解説:
かつて冒険者が嫌いな食べ物を嫌がらせ目的で宝箱に入れた模様。
⸻
フェンは無言で表示を見つめた。
数秒。
もう一度、腐った塊を見る。
再び表示を見る。
そして――
宝箱をバンッと強く閉めた。
「なんでこんなところに入れておくんだよ!」
迷宮の静寂に、声だけが響いた。
すると、迷宮の奥から、
重い足音と、乾いた雷鳴のような響きが聞こえ、
通路の向こうから、十数体の気配が現れる。
紫電を纏う巨大な角獣。
全身を分厚い殻で覆った重装の巨体。
視界に情報が浮かぶ。
⸻
雷角アルディナ
HP 8600
MP 6000
A 6000
D 3000
MAT 12000
MDF 13000
S 6000
鎧殻バルガス
HP 15000
MP 500
A 10000
D 12000
MAT 2000
MDF 1000
S 2300
⸻
空気が重くなる。
アルディナの角から、微細な雷が走る。
バルガスは一歩踏み出すだけで、石床を軋ませた。
フェンの喉がわずかに鳴る。
「やば……かなりの魔物呼び寄せちゃったみたいだな」
だが、次の瞬間には口元がわずかに上がる。
「まぁいっか。ちょうど新しい武器を試す機会だし」
腰から短剣を抜く。
蒼を帯びた刃が、迷宮の灯りを反射する。
視界に自身の数値を展開。
⸻
フェン Lv40
HP 1968 / (1968)
MP 378 / (397)
A 3945(11835)
D 1660(2324)
MAT 1060(1696)
MDF 640(832)
S 4630(15279)
⸻
数値差は明らかだった。
HPも防御も、相手が上。
だが――
速度だけは、圧倒している。
アルディナの角が光を強める。
バルガスが腕を振り上げる。
フェンは地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
魔物の群れの前へ、真正面から飛び込んだ。
「――牙走」
脚部に魔力が集中する。
次の瞬間、爆発的な加速。
さらに間髪入れず。
「疾牙転化」
刃へと流れ込む魔力。
速度と攻撃力が同時に跳ね上がる。
数値が上昇する感覚が、身体を貫いた。
アルディナの群れが角を掲げる。
雷光が収束。
無数の雷撃が、別方向から交差するように放たれる。
フェンは一歩、二歩。
地面を滑るように駆け、紙一重でかわす。
雷が石壁を穿ち、爆ぜる。
その隙に。
一気に間合いへ。
蒼を帯びた刃が横薙ぎに走る。
一体。
さらに反転。
二体。
斬撃は軽い。
だが、切断面は深い。
「……いい剣だ」
もう一閃。
「軽いのに、切れ味がいい」
アルディナの体表を裂いた傷口から、雷が乱れた。
連撃を重ねるごとに、刃の軌道は鋭さを増していく。
速度が乗る。
踏み込みが深くなる。
三体、四体と崩れ落ちた。
その背後。
重い足音。
鎧殻バルガスの群れが一斉に踏み込む。
巨大な腕が振り下ろされる。
石床が砕ける。
フェンは後方へ跳躍。
空中で詠唱。
「アイスブリザード」
冷気が渦巻き、通路を覆う。
氷結の嵐がバルガスを包み込む。
厚い殻の隙間に霜が走る。
凍結、鈍化。
動きが止まる。
フェンは地面に着地し、刃を構え直す。
視線を群れへ向ける。
「……この武器スキル、使ってみるか」
刃が赤黒く脈打つ。
「災毒侵蝕――発動」
踏み込み。
連続斬撃。
群れの中へ深く入り込む。
刃が触れた箇所から、黒い毒が広がる。
傷口から血が噴き、止まらない。
猛毒。
出血。
一体、また一体と膝をつく。
足を止めたバルガスも、徐々に崩れ落ちる。
雷は消え、重装の巨体が倒れる。
最後の一体を斬り伏せた瞬間。
迷宮に、再び静寂が戻った。
フェンはゆっくりと刃を振るい、血を払う。
蒼と赤が、かすかに光った。
続く




