編集者、獄炎の魔獣を断つ
フェンが踏み込もうとした、その瞬間だった。
マンティコアの瞳が、赤く光る。
「……ッ」
背筋を、冷たいものが走った。
来る。
理屈じゃない。感覚が告げる。
フェンは反射で地を蹴り、後方へ跳んだ。
直後。
「ガアアアアアァァァッ!!」
咆哮が、空気ごと叩きつけられる。
衝撃が身体を揺らし、鼓膜が軋み、視界がぶれる。
横で――乾いた音がした。
分身が砕ける。
光の粒となって弾け、消えた。
同時に、胸の奥を殴られたような衝撃が走る。
「……ッ、が……!」
膝が落ちた。
地面に手を突く。息が吸えない。肺が痙攣し、喉が焼ける。
視界の端に表示が浮かんだ。
【能力値上昇】
【全ステータス:+30%】
「……くっ……」
歯を食いしばる。
呼吸を整えようとする。吸う。浅い。吐く。足りない。
その一瞬だった。
地面が爆ぜる。
マンティコアが突っ込んできた。
「――!」
反応が遅れる。
横へ跳ぶ。回避。
だが、完全には避けきれない。
鋭い風圧とともに、爪が頬をかすめた。
次の瞬間、熱が走る。
血が一筋、肌を伝った。
着地。
靴底が石床を擦る。
呼吸が荒い。胸が大きく上下する。
マンティコアは追撃せず、その場で止まった。
赤く染まった瞳が、フェンを真っ直ぐに睨んでいる。
逃がさない、という意思だけを宿した目だった。
空気が重い。
音が消える。
フェンは息を切らしながらも、視線を外さない。
その時だった。
マンティコアが、ゆっくりと口を開く。
顎が持ち上がり、天井を仰ぐ。
次の瞬間――
空中に、灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
いや、違う。
十。
二十。
無数。
赤黒い火球が、マンティコアの頭上に浮かび上がる。
揺らめく熱が空気を歪ませた。
フェンは構えたまま、それを見上げる。
「……まじかよ」
直後。
火球が降った。
弾丸のような速度で、雨のように。
フェンは地を蹴る。
右。
左。
前。
後。
身体をひねり、滑り、跳び、紙一重で全てを避けていく。
石床が爆ぜる。
炎が弾ける。
爆音が連続する。
それでも当たらない。
だが――
最後の火球を避けた瞬間。
目の前に、影。
「――ッ!?」
いた。
マンティコアが。
回避先を、読んでいた。
振り下ろされる爪。
フェンは身体を反らす。
刃のような爪先が、鼻先を掠めて通過する。
空気が裂けた。
そのまま後方へ跳ぶ。
着地。
滑る。
距離を取る。
「――ウィンドブラスト」
放つ。
圧縮された風弾が一直線に走り、マンティコアの顔面へ叩きつけられる。
直撃。
風圧が眼球を打つ。
「ギィッ!?」
マンティコアが目を瞑る。
その瞬間。
「――神速」
世界が、遅くなった。
「分身」
影が分かれる。
二人のフェンが、同時に踏み込んだ。
斬る。
斬る。
斬る。
交差。
回り込み。
死角。
連撃。
銀光が空間を裂き、毛皮と肉を削ぎ、血が弾ける。
止まらない。
止めない。
止まれば終わる。
(もう少し削り切れば――)
刃を振り抜く。
(最後の一撃で沈められる)
跳ぶ。
距離を取る。
神速が切れる。
途端。
肺が悲鳴を上げた。
「……はぁ……ッ、は……」
息切れが、さっきまでとは比べものにならない。
喉が焼ける。
視界が滲む。
(……負荷が、重い)
(慣れるまでは……多用はできないな……)
前を見る。
マンティコアが、よろめいていた。
巨体が揺れる。
足取りが鈍い。
血が滴る。
削れている。
確実に。
フェンは、息を吸った。
深く。
限界まで。
魔力を、引き上げる。
内側が軋む。
血管が震える。
神経が焼ける。
それでも止めない。
「――疾牙転化」
解放。
次の瞬間。
消えた。
フェンの姿が。
視界から。
世界から。
そして――
二つの剣を振り抜く
一閃。
銀の軌跡だけが残る。
遅れて。
巨体が、裂けた。
マンティコアの身体に走る斬線。
次の瞬間。
ドォン――
巨体が崩れ落ちた。
床が揺れる。
静寂。
表示が浮かぶ。
【獄炎のマンティコアを撃破しました】
続く




