選択の代償
黒層ダンジョン・四十階層。
ボス部屋。
天井の高い空間の中央で、
黒鉄色の巨体が、低く嘶いた。
四本の脚を持つ馬型の魔物――
黒層奔獣。
蹄が床を打つたび、
鈍い金属音が反響する。
「……デカいな」
誰かが息を呑む。
ヴァルドは剣を構えたまま、一歩前に出た。
「おい、フェン!
こいつの弱点は――」
言いかけて、言葉が止まる。
一瞬の沈黙。
背後から、ロルフが低い声で言った。
「……フェンは、この前切っただろ」
ヴァルドは舌打ちをする。
「……チッ。そうだったな」
視線を魔物に戻し、短く息を吐く。
「仕方ねぇ。
弱点が分からん以上、いきなり攻めるのは危険だ」
仲間たちを見回し、指示を出す。
「まずは様子見だ。
突進と攻撃範囲を確認する。
深追いはするな」
「了解」
「分かった」
短い返答が返る
ヴァルドは、正面の魔物に視線を戻した。
――その瞬間。
「……いない?」
黒鉄色の巨体が、視界から消えていた。
次に聞こえたのは、
風を裂く、低い衝撃音。
「――っ!」
蹄。
《ナイトメア・ハルバロス》の巨大な蹄が、
正面から、ヴァルドの胸を叩き砕いた。
「ガッ……!」
息が潰れる。
身体が宙を舞い、
壁に叩きつけられる。
「ヴァルド!!」
ロルフの叫びが、
ボス部屋に響いた。
夕方。
フェンは、街外れにある長屋の古い扉の前に立ち、
小さく息を整えてから、鍵を回した。
「ただいま」
扉を開けると、
薄暗い部屋の奥から、慌ただしい物音がする。
「……おかえりなさい……」
ふらり、と姿を現したのは、
痩せた少女だった。
フェンの妹、リィナ。
顔色は相変わらず青白く、
歩く足取りも、どこか危なっかしい。
「こら、リィナ!」
フェンはすぐに駆け寄る。
「ダメじゃないか。
ちゃんと寝てろって言っただろ」
「だ、だって……」
言いかけたリィナの肩を支え、
そのままベッドへ座らせる。
「今から飯作るから。
起きてなくていい」
「……うん」
素直に頷き、
リィナはそのままベッドに横になる。
「ありがとう……お兄ちゃん」
フェンは、布団をかけ直しながら、
小さく息を吐いた。
夜。
部屋は静まり返り、
リィナは小さな寝息を立てて眠っていた。
フェンは、ベッド脇に置いた椅子に腰を下ろし、
そっと自分のステータスを呼び出す。
SP:16
視線を走らせ、
まずは攻撃力に触れた。
A:8 → 11
「防御にも入れた方がいいよな」
そう言いながらフェンはDに7の記入する
D:4 → 7
数字が書き換わる。
一度、深く息を吐く。
視線が、スキル欄へ移る。
《編集者 LV1》
その文字を見つめ、
指先が、わずかに震えた。
「……もし……」
自分の能力が、
ステータスを書き換えられるのなら。
スキルだって――。
フェンは、意を決し、
空いている欄に文字を書く。
鑑定士
――――――
エラー
必要SP:10000
――――――
「……そんな……」
思わず、声が漏れる。
だが、視線は逸らさなかった。
遠い。
だが――不可能じゃない。
フェンは、小さく息を吸い直す。
フェンは、少しだけ口元を歪めた。
「……なら、これならどうだ」
スキル欄に、文字を書く。
攻撃アップ
――――――
攻撃アップ LV1(10%上昇)
SP:10 → 0
――――――
表示が確定する。
同時に、攻撃力の数値が変わった。
A:11(12)
「……上がってる」
数値は確かだ。
しかも、単なる一時的な錯覚じゃない。
「……やっぱり」
フェンは、静かに頷いた。
スキルも――
書ける。
フェンは、そっと視線を上げた。
ベッドの上で、
リィナが小さな寝息を立てている。
蝋燭の灯りが、
静かな部屋でゆらりと揺れた。
その淡い光に照らされながら、
フェンは自分の手を見る。
書き換えられる力。
積み上げれば、届く力。
「……これなら」
小さく、噛みしめるように呟く。
「……助けてやれるかもしれない」
蝋燭の炎が、
静かに揺れた。




