編集者、伯爵の試練を受ける
村の入り口。
朝の光の中に、一台の馬車が静かに止まっていた。
重厚な造り。装飾は控えめだが、隠しきれない威圧感がある。
その前で――
フェンは足を止めた。
背中に、軽い重みを感じる。
「……フェン」
囁くような声。
振り返ると、ルシアが彼の背中にぴったりと身を寄せていた。
半歩、後ろ。
完全に、隠れるように。
(……?)
次の瞬間――
馬車の扉が、音もなく開いた。
降りてきたのは、一人の男。
整えられた黒髪。
長身で、背筋は真っ直ぐ。
年齢は中年――だが、老いの気配は微塵もない。
その男は、村の入口に立つ二人を見据え――
低く、落ち着いた声で言った。
「……探したぞ」
一拍。
「ルシア」
その名を呼ばれ、
フェンの背中から、ルシアがひょこっと顔を出す。
「パ……パパ……」
空気が、凍りついた。
フェンは思わず男を見る。
(……パパ?)
反射的に、視界の端に情報が浮かび上がった。
⸻
【名前:エヴァン・ベルナール】
【HP:25000】
【MP:10000】
【A:28000】
【D:18000】
【MAT:35000】
【MDF:15000】
【S:18000】
⸻
(……っ)
一瞬、思考が止まる。
――桁が、違う。
(今戦えば……確実に、殺される)
背中に、冷たい汗が伝った。
そんなフェンの様子など意にも介さず、
男――ベルナール伯爵は、ゆっくりと一歩、前に出る。
視線が、ルシアに向いたまま。
そして――
「ルシアぁ〜……!」
突然、声色が変わった。
破顔。
一気に距離を詰め、両腕を広げる。
「寂しかったぞぉ〜!!」
「ちょっ――!?」
次の瞬間、
ルシアは強く抱きしめられ、頬をぐりぐりと擦られていた。
「……や、やめて! 離して!!」
「だってぇ〜」
「急に可愛い娘がいなくなるんだもん!」
甘ったるい声。
威厳も何もない。
フェンは、完全に固まっていた。
「……?」
理解が、追いつかない。
「これが嫌だから出てったのよ!!」
ルシアが、必死に腕を振りほどく。
「私は世界を見たいの!」
「屋敷の中だけで、一生過ごすなんて嫌!!」
ようやく、ベルナール伯爵は手を離した。
不満そうに唇を尖らせ――
次の瞬間、視線が鋭く切り替わる。
フェンを、見た。
睨みつけるような目。
「……ルシア」
「なぜ、このような男と一緒にいる」
フェンは、思わず身構える。
だが――
「フェンは強いのよ!」
即座に、ルシアが言い返した。
「このような男じゃないわ!」
ベルナール伯爵は、鼻で笑う。
「ふん」
「エルナの英雄、か」
一歩、フェンに近づく。
見下ろすように。
「だがな」
「パパの方が、凄いんだぞ?」
なぜか、誇らしげに胸を張る。
「パパはな」
「戦場を一人で変えた男だ」
「王都の英雄と呼ばれた存在だぞ」
……完全に、張り合っている。
フェンは、何も言えなかった。
ベルナール伯爵が、ルシアの腕を無理やり引っ張って
「よし」
「帰るぞ、ルシア」
「え?」
唐突な宣言だった。
「や……やめてよパパ!あたしは旅をしたいの!リィナちゃんを助けたいの!」
「なぜだ、ルシア」
「お前は……素直で、聞き分けのいい子だっただろう」
ゆっくりと視線が動く。
フェンを――
鋭く、睨みつけた。
「……お前か」
低い声。
「お前が、ルシアをこんなふうにしたのか」
空気が、張りつめる。
「違う!!」
ルシアが、強く言い切った。
「フェンは関係ない!」
「これは、私が決めたことよ!」
その言葉が――
確かに、ベルナール伯爵に突き刺さった。
「……っ」
一歩、後ずさる。
「こ……これは……」
膝が、がくりと落ちた。
「これが……反抗期というやつか……」
地面に手をつき、呆然と呟く。
最強の英雄が。
王都の英雄が。
完全に、心を折られている。
フェンは、言葉を失った。
しばらくして――
伯爵は、ゆっくりと顔を上げた。
「……お前は、どうなんだ」
視線が、フェンに向く。
「ルシアと……一緒にいたいのか」
フェンは、その目を真正面から見返した。
ごくりと、唾を飲み込む。
「僕は……」
一拍。
「僕は、ルシアと一緒に居たいです」
「一緒に、旅をしたい」
その場に、沈黙が落ちた。
ベルナール伯爵は、しばらく動かなかった。
地面に膝をついたまま、目を伏せている。
やがて――
低く、息を吐いた。
「……そうか」
立ち上がる。
さっきまでの取り乱した様子は消え、
そこにいたのは――
威圧感を纏った、伯爵だった。
「ならば、話は簡単だ」
ゆっくりと、フェンを見据える。
「今後、ルシアを守れるだけの力があるか」
「それを、試さねばならんな」
ルシアが、はっとする。
「パパ……!」
ベルナール伯爵は、構わず続けた。
「フェン」
名を呼び、
指を、真っ直ぐに突きつける。
「お前には――」
「特別なダンジョンに、入ってもらう」
続く




