編集者、宴の夜と別れの朝
夜の村は、昼とは別の顔を見せていた。
家々の窓から漏れる灯りが道を照らし、広場には人の声と笑い声が溢れている。
即席で並べられた長いテーブルの上には、所狭しと料理が並んでいた。
焼いた肉、煮込み、山盛りのパン。木皿や陶器の食器が重なり合い、湯気と香ばしい匂いが空気を満たしている。
フェンとルシアは、そのテーブルの奥。
自然と人が集まる位置に、並んで腰を下ろしていた。
村長が一歩前に出て、杖で地面を軽く叩く。
「皆の者、静粛に!」
ざわめきが、少しずつ収まる。
「ミルディアの森の魔物の件――」
「これを解決してくれた、フェン君とルシア君の功績を讃え、今宵は宴会を開く!」
一瞬の間。
そして――
「おおおー!!」
歓声が夜空に弾けた。
杯が掲げられ、料理が次々と運ばれる。
誰かが話しかけ、誰かが笑い、誰かが勝手に酒を注いでくる。
フェンは何度も礼を言い、
ルシアは少し照れながら、それでも楽しそうに応じていた。
食べて、飲んで、語り合って。
気づけば、星が高く昇る頃まで、宴は続いていた。
フェンが目を覚ましたのは、柔らかな朝の光が差し込む部屋だった。
天井を見上げて、一瞬だけ状況を思い出す。
――そうだ。昨夜は宴会で、そのまま世話になったんだ。
身体を起こし、静かに部屋を出る。
木の床を軋ませないように階段を降りると、台所の方から物音がした。
「あら、起きたのかい」
声をかけてきたのは、エナの母だった。
鍋の前に立ち、朝食の支度をしている。
「おはようございます」
「昨日は……ありがとうございました」
フェンが頭を下げると、エナの母は手を止めずに笑った。
「いいんだよ。こちらこそ、助けてもらったんだからさ」
「おかげでね、またこの村の産地の《パムの実》が使えるようになった」
鍋から立ち上る甘い匂いが、ふわりと広がる。
「これで、ちゃんとパイが作れるよ」
フェンは、その言葉に小さく微笑んだ。
そのとき――
「おはよー!」
明るい声が、上から降ってくる。
階段の上に現れたのはエナだった。
その後ろから、少し眠そうな顔をしたルシアが続く。
「……おはよう」
髪を軽く押さえながら、あくびを噛み殺している。
エナの母が、振り返って声を張った。
「さっ、朝ごはんだよ!」
「冷めないうちに、お食べ!」
テーブルに並べられた皿の中央。
そこにあったのは――
焼き色のついた、パムの実のパイだった。
朝の光の中で、ほのかに甘い香りを放っていた。
朝の村は、昨夜の賑わいが嘘のように静かだった。
軒先では朝仕事の準備が始まり、家々の煙突から細い煙が立ち上っている。
澄んだ空気に、土と木の匂いが混じっていた。
村の入り口で、フェンとルシアは立ち止まる。
「もう、行っちゃうの?」
エナが、少し不満そうに言った。
「うん」
「僕たちも探してるダンジョンがあってね。その途中なんだ」
エナは一瞬だけ黙ってから、顔を上げる。
「……また、会える?」
フェンはすぐに頷いた。
「もちろんだよ」
「また、会いに来るね」
「ほんと!?」
「よかった!」
エナは嬉しそうに笑った。
それから、今度はルシアの前に回り込む。
「じゃあさ」
「ルシアさんとフェンさんが結婚したら、また会いに来てよ」
「なっ!?」
「し……しないわよ!!」
ルシアが慌てて声を上げると、エナは声を立てて笑った。
「ふふっ」
エナは一歩下がり、大きく手を振る。
「じゃあねー!」
「また来てねー!」
フェンとルシアも、手を振り返す。
そうして二人は、村を後にした。
村を離れて少し歩いたところで、フェンが振り返った。
「いい村だったね」
朝の光に照らされた家々が、穏やかに並んでいる。
「……うん」
ルシアも短く頷いた。
そのまま歩き出そうとした、その時――
村の入り口に、一台の馬車が止まっているのが見えた。
ルシアの足が、ぴたりと止まる。
(……この馬車……)
見覚えがある。
嫌な予感が、背筋を走った。
「……あっ……やば」
咄嗟に、ルシアはフェンの背後に回り込む。
「?」
フェンは訳が分からず、首を傾げた。
その前で、馬車の扉が開く。
降りてきたのは、一人の男だった。
「……探したぞ」
低く、落ち着いた声。
「ルシア」
その名を呼ばれ、
フェンの背中から、ルシアがひょこっと顔を出す。
「パ……パパ……」
その場に、短い沈黙が落ちた。
続く




