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編集者と湯けむりの思い出

 夕暮れの村に、少しずつ灯りが入り始めていた。


 家の二階。

 窓辺に小さな手をついて、エナは外を見つめている。


「……まだかな……」


 不安そうに視線を巡らせていた、その時――


「あっ!」


 エナの顔が、ぱっと明るくなった。


「フェンさん! ルシアさん! 帰ってきた!」


 そう叫ぶと、エナは勢いよく扉を開け、階段を駆け下りる。



 村の入り口。


 埃を払いながら歩いてくる二人の姿を見つけて、エナは全力で手を振った。


「フェンさーん! ルシアさーん!」


「エナ?」


 フェンが気づいて声を上げると、エナは息を切らしながら駆け寄ってくる。


「どうだった!? あの魔物!」


 期待と不安が混ざった瞳。


 フェンは一瞬だけ言葉を選び、それから小さく笑った。


「……多分、解決したよ」

「詳しい話は、あとででもいい?」



「……ほんと!?」


 次の瞬間。


「やったぁーー!!」


 エナは両手を上げて飛び跳ねた。


「じゃあ、これからはパムの実、また取り放題だよね!」


 フェンは、こくりと頷く。


「……あ、ありがとう! 本当にありがとう!」

「フェンさんたち!」


 そう言ったあと、エナは急に思い出したように顔を上げた。


「そうだ! 二人とも、すっごく疲れてるでしょ!」


「この村ね、共同の銭湯があるの!」

「先にお風呂入ってきてよ!」


 フェンとルシアが同時に目を瞬かせる。


「お風呂……?」


「入る入る!」

 ルシアが即答した。

「戦ったあとだし、すっごく嬉しい!」


「じゃあ案内するね! こっちこっち!」


 エナは先に立って走り出す。



 木造の大きな建物の前で、エナは振り返った。


「ここだよ!」


 湯気が、ほのかに漂っている。


「……結構大きいね」

 フェンが思わず言う。


 その時、エナはルシアのそばに寄って、こそっと囁いた。


「……今ね、この時間、誰も使ってないから……ね?」


 ルシアの頬が、すっと赤くなる。


「……え、あ……」


 エナは何も言わず、にっと笑うと、


「ゆっくりね〜!」


 そう言って、ぶんぶん手を振りながら、タタタッと駆け去っていった。


 その場に残された二人。


「……じゃあ」

 フェンが視線を逸らしつつ言う。

「行こっか」


「……うん」


 ルシアは、小さく頷いた。



「はぁ〜……生き返る〜……」


 湯船に肩まで浸かりながら、フェンは思わず声を漏らした。


 じんわりと、疲労が溶けていく。


「それにしても……」

「今回の魔物、一体なんだったんだろうな」


 魔素。瘴気。

 操るような挙動。


 そう考えた、その時――


 ガララッ


「……?」


 フェンは音のした方を見る。


 次の瞬間、思考が止まった。


 入口に立っていたのは――

 バスタオルを胸元に押し当てた、ルシアだった。


「!?」


「……ル、ルシア?」

「ここ……男湯、だよ?」


「わ、わかってるわよ!」


 ルシアは視線を泳がせ、顔を真っ赤にしながら言う。


「で、でも……」

「……フェンと、入りたかったから……」


 声は、ほとんど聞こえないくらい小さい。


「……っ!」


 フェンは慌ててそっぽを向いた。

 顔が、熱い。


「……入る、わね」


 そう言って、ルシアは湯船に入り、

 少し間を空けて、腰を下ろした。


 湯の音だけが、静かに響く。


 しばらく――

 本当に、何も言葉はなかった。


「……ね」


 沈黙を破ったのは、ルシアだった。


「こうやって……フェンと一緒に入って、話したかったんだ」


「……」


 フェンは返事をしない。

 視線を伏せたまま、固まっている。


 湯気の向こうで、ルシアは小さく息を吸った。


「あたしね……フェンに、感謝してるの」


 フェンの肩が、ぴくりと揺れる。


「ほら、あたし……ベルナール家の伯爵令嬢でしょ?」


 少し照れたように、でも真剣に、言葉を続ける。


「だから、外の世界のことって……」

「パパが、あんまり教えてくれなかったの」


「危ないから、って」

「全部、屋敷の中で完結してて……」


 湯の中で、指先がきゅっと握られる。


「それが……退屈で」

「だから、抜け出してきたの」


 ルシアは、そっとフェンの方を見る。


「フェンと出会って」

「いろんな魔物を知って」

「一緒に冒険して……」


 声が、少し弾んだ。


「今がね」

「一番、楽しい」


 その言葉は、迷いがなかった。


 次の瞬間――

 ルシアは、湯の中で一歩近づき、


 ぎゅっと、後ろからフェンを抱きしめた。


「……っ」


 フェンの身体が、びくりと強張る。


「ありがと、フェン」


 耳元で、囁くような声。


 しばらくして――

 フェンは、そっと目を細めた。


「……うん」


 それだけだった。

 でも、その表情は、ひどく優しかった。


この出来事は――

 フェンにとって、忘れられない思い出となった。



         続く

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