編集者、パムの実のパイをご馳走になる
三人は、森の小道を並んで歩いていた。
先ほどまでの緊張が嘘のように、周囲は静かだ。
少女は、何度もちらちらと二人を振り返りながら、やがて意を決したように口を開いた。
「……あの……」
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「助けてもらわなかったら……」
「気にしなくていいよ」
フェンは、歩きながら穏やかに答えた。
「でも、どうしてあんな危ないところに一人で?」
少女は一瞬、言いよどみ――
それから、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それは……」
「その……」
小さく息を吸い、ぽつりと続ける。
「……この《パムの実》を使ったパイが、食べたくて……」
「前は、よく取りに来てたんですけど……」
「最近、森が危ないって言われて……」
声が少しだけ小さくなる。
「それで……ずっと、食べられなくて……」
「でも、どうしても食べたくなって……」
「無茶して、取りに来たら……」
そこで言葉が途切れた。
「……そっか」
ルシアは、それ以上責めることなく、短くそう言った。
「怖かったよね」
少女は、驚いたようにルシアを見てから、こくんと頷いた。
しばらく歩いたあと、少女がぱっと顔を上げる。
「……あっ!」
「そうだ!」
フェンとルシアが視線を向ける。
「助けてくれたお礼に……」
「パムの実を使ったパイ、食べませんか?」
「え?」
フェンが思わず聞き返す。
「いいの?」
「はい!」
「ぜひ!」
少女は、今度ははっきりと笑った。
「……えっと」
その直後、少し困ったように言葉を探す。
フェンは、その様子を見て、ふっと微笑んだ。
「僕の名前は、フェンだよ」
「私はルシアだよー!」
ルシアが、いつもの調子で手を振る。
少女は少し安心したように息を吐いてから、胸の前で手を握った。
「……私の名前は、エナです」
「よろしくね、エナ!」
ルシアが、にっと笑って言う。
「うん……!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
エナは、ほっとしたように微笑んだ。
三人は、再び森の小道を歩き出す。
木々の隙間から差し込む光が、足元を淡く照らしていた。
「パムの実のパイって、どんなの?」
ルシアが興味津々に聞く。
「えっと……」
「外はさくさくで、中は甘くて……」
「焼いてると、森までいい匂いがするんです」
「なにそれ、絶対美味しいやつじゃん」
「ふふ……」
エナは少し照れたように笑った。
その直後、足を止める。
「あっ」
「村に着きました」
フェンとルシアは、視線の先を見る。
「わぁ……」
木々の合間に、小さな村が広がっていた。
土の道を、子供たちが走り回り、追いかけっこをして笑っている。
井戸のそばでは、洗濯物を干す女性たちが談笑し、
どこからか、鍋をかき混ぜる音と、木を割る乾いた音が聞こえてくる。
そこには、確かに人々の生活があった。
「いいところだね」
ルシアが、素直にそう言った。
「はい……!」
エナは、少し誇らしそうに胸を張る。
三人は村の中を歩き、やがて一軒の家の前で立ち止まった。
「ここです」
扉を開け、エナが声を上げる。
「ただいま!」
「お帰りなさい、エナ」
中から、優しい声が返ってくる。
そして、顔を出した女性が二人を見て、目を瞬いた。
「あら……?」
「そちらの方々は……?」
「あっ」
「この人たち……私を助けてくれたの」
その言葉に、母親の視線が一気に真剣になる。
ふと、エナの手提げのバスケットに目が留まった。
中に入っている、赤い実。
「……エナ」
「また、無茶したでしょ!」
「う……」
エナが小さく肩をすくめる。
「す、すみません……」
「もしかして……危ないところを、この方たちが?」
「あっ、大丈夫ですよ」
フェンは慌てて首を振った。
「怪我もありませんし、もう安全です」
母親は深く息を吐いてから、頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます」
「この子、一人で無茶ばかりするもので……」
「お母さん!」
エナが、ぱっと顔を上げる。
「この人たちに、パムの実のパイ……」
「ご馳走させたいの!」
母親は一瞬、驚いたように目を見開き――
それから、くすりと笑った。
「……そうだね」
「それじゃあ、準備しようか」
「ほんと!?」
エナの顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます」
フェンとルシアが、揃って頭を下げた。
「少し、時間かかるけど」
「よかったら、座って待ってて」
そう言って、母親は台所へ向かっていった。
ルシアが、ふと鼻をひくつかせた。
「……くんくん」
次の瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「なにこれ……」
「美味しそうな匂い!」
思わず笑みがこぼれる。
その声に応えるように、奥から声がした。
「できたよー!」
エナの母が、湯気の立つ皿を両手で持ってくる。
こんがりと焼き色のついたパイ。
表面には、甘い香りがふわりと広がっていた。
「わぁ……!」
「いただきます!」
ルシアは待ちきれない様子で、手を伸ばす。
「ちょっ――おい!」
フェンの制止も間に合わず、ルシアは一口かじった。
「……ん〜!!」
「美味しい!」
目を輝かせて、頬を緩める。
「ね!」
「美味しいでしょ?」
エナが、嬉しそうに言った。
「うん、美味しい!」
フェンは苦笑しながらも、手を合わせる。
「……いただきます」
一口。
「あっ……」
「これは……美味しい」
「お口に合ってよかったわ」
エナの母は、ほっとしたように微笑んだ。
しばらく、穏やかな時間が流れる。
その後――
フェンは、少しだけ姿勢を正す。
「すみません」
「少し、聞いてもいいですか?」
「はい……?」
エナの母が、顔を向ける。
「最近、パムの実が取れなくなったというのは……」
「この辺りの魔物の生息域が、変わったということですよね」
その言葉に、エナの母は小さく頷いた。
「そうです」
「昔は、パムの実がある辺りに、危険な魔物はいなかったんですが……」
「最近、増えてしまって」
「怖くて、取りに行けなくなったんですよ」
フェンは、少し考え込む。
そして、隣を見る。
ルシアは、黙って――こくりと頷いた。
「……では」
フェンは、穏やかに言った。
「僕たちが、その森を調査しましょう」
「えっ……?」
エナの母が、目を見開く。
「僕たち、こう見えても冒険者なんです」
「パムの実のパイをご馳走になった、お礼です」
エナが、ぱっとフェンを見る。
「ほんとに……?」
「うん」
ルシアが、にっと笑った。
「任せて!」
しばしの沈黙のあと――
エナの母は、静かに息を吐いた。
「……それじゃあ」
「お願いしようかしら」
フェンは、軽く頭を下げた。
「はい」
窓の外では、夕暮れの光が村を包み始めていた。
続く




