編集者、再開する
《焦土の深層洞》――第十階層。
焼け付くような熱気が、肺を刺す。
ヴァルドは、膝をつきそうになる身体を無理やり支えていた。
鎧は裂け、呼吸のたびに血の味が広がる。
視界の端で、ロルフが倒れている。
「……ロルフ……!」
瀕死だった。
胸が上下するたびに、その動きが弱くなっていく。
「ヴァルド……!」
ミリアが震える声で叫ぶ。
必死に回復魔法を流し込みながら、涙をこぼしていた。
「ロルフが……ロルフが死んじゃうよ……!」
セリスも歯を食いしばり、回復を重ねている。
だが、恐怖は隠せていなかった。
その視線の先。
ボス部屋の奥に、それはいた。
――ケルベロス。
三つの首が、同時にこちらを見据える。
獲物を逃がさぬと告げるような、冷たい知性の光。
このまま戦えば、全滅する。
勝てない以前に、持たない。
「ヴァルド!」
セリスが叫ぶ。
「一回逃げよ!
強くなってからでもいいじゃん!」
ミリアも、涙を流したまま頷く。
「お願い……!
今は……今は引こう……!」
ヴァルドは、歯を食いしばった。
(くそ……!)
この判断が、どんな評価を受けるか分かっている。
それでも――
(このままじゃ……みんな死ぬ)
拳を強く握り、決断する。
「……分かった」
低く、しかしはっきりと告げた。
「一旦、引く。
帰還石を使う」
仲間たちが、息を呑む。
ヴァルドは短く続けた。
「……すまん、みんな」
帰還石を握り締める。
次の瞬間、光が弾けた。
白い輝きが、ヴァルドたちの身体を包み込む。
――だが。
ケルベロスは、その隙を見逃さなかった。
三つの首が、同時に動く。
轟音。
灼熱の衝撃が、一直線に叩き込まれる。
「――っ!」
ミリアが叫ぶ。
「早く!!」
光が、さらに強まる。
ケルベロスの攻撃が、あと一歩で届く――
だが。
次の瞬間。
ヴァルドたちの姿は、光の中へと溶けるように消えた。
エルナの街。
「……やっと着いた」
フェンは、街門をくぐりながら息を吐いた。
石畳の感触が、やけに現実的に感じられる。
長かった。
今回のダンジョン攻略は、正直骨が折れた。
「つ、疲れたー……」
隣で、ルシアが大きく肩を落とす。
「さすがに連続は堪えるね」
フェンは小さく笑いながら、歩を進めた。
(アルケインのこと……ダンジョンで起きたことは、ギルド長に話しておく必要があるな)
編集の使用。
王級の魔物。
伏線になりそうな話が、いくつもある。
――だが。
「……ん?」
歩いているうちに、違和感を覚えた。
街が、騒がしい。
いつもの喧騒とは、少し違う。
ざわめきに、焦りと不安が混じっている。
「なんだろ……?」
ルシアも、首を傾げる。
そのまま二人は、冒険者ギルドへと向かった。
⸻
ギルドの扉を開く。
「ただいま戻りました」
フェンが告げると、受付嬢が顔を上げ――
次の瞬間、固まった。
「……え?」
一拍。
「はっ?」
目を瞬かせたまま、受付嬢が言う。
「フェン君……ダンジョン行ったの、三日前だよね……?」
「うん」
「普通2週間はかかるのだけれど……」
「あ、お姉さん。
ダンジョンのことで、ちょっと聞きたいことが――」
そう言って、収納魔法に手を伸ばした、その時だった。
ギルドの扉が、勢いよく開かれる。
「おい! 大変だ!!」
飛び込んできた男が、叫ぶ。
「ヴァルドたちのパーティが帰ってきた!
全員ボロボロだ!
回復魔法使えるやつ、いないか!?」
――空気が、一瞬で変わった。
「……え?」
フェンの口から、間の抜けた声が漏れる。
(ヴァルド……たち?)
「なんで……?」
隣で、ルシアが小さく声を上げる。
「フェン……?」
フェンは、はっと我に返った。
「お姉さん!
ごめん、話は後で!」
そう言い残し、ギルドを飛び出す。
「フェン!?」
ルシアが慌てて追いかける。
走りながら、頭の中が混乱する。
(ヴァルドたちが……?
あの人たちが……?)
冗談だろ。
そう思いたかった。
ヴァルドたちは、フェンにとって“強い冒険者”だった。
失敗する姿なんて、想像したこともない。
(……嘘、だよな……)
街の中央。
人だかりの向こうに――現実があった。
血にまみれ、立つのがやっとのヴァルド。
その足元で、ミリアが泣きじゃくっている。
「やだ……やだよ……!」
セリスは歯を食いしばり、必死に回復魔法をかけ続けていた。
「……お願い……持って……!」
そして。
地面に横たわる、ロルフ。
呼吸は浅く、顔色は死人のように白い。
――死にかけていた。
フェンは、その光景を前に。
言葉を、失った。
⸻
続く




