編集者、劣勢に立たされる
ボス部屋。
巨大な炎の渦が、咆哮を上げて回転していた。
床を舐め、天井に届くほどの――ファイアストーム。
(……魔力が、異常だ)
フェンは喉の奥が焼ける感覚を堪えながら、奥歯を噛みしめた。
これを正面から受ければ、即死は免れても――致命傷。
「どうした?」
炎の向こうで、アルケインが首を傾げる。
「かかってこないのか?
なら――私から行くぞ」
次の瞬間。
炎を切り裂くように、アルケインが踏み込んだ。
速い。魔法職の動きじゃない。
フェンは反射的に、片腕でルシアを抱えた。
――ガキンッ!
振り下ろされた剣を、片方の双剣で受け止める。
「……っ、くっ!」
衝撃が腕を痺れさせ、足元がわずかに沈む。
(重い……!)
フェンが下がる。
だが、アルケインは間合いを逃さない。
一歩。
さらに一歩。
完全に、防戦。
「どうした?」
「随分、苦しそうじゃないか」
剣を受け流しながら、フェンは低く吐いた。
「……隙が、ない……!」
その時。
「フェン!」
ルシアの声が響く。
「上に! 私を投げて!」
一瞬の逡巡。
だが――迷っている余裕はない。
「……わかった!」
フェンは疾走を発動。
床を蹴り、一気に距離を切ると、ルシアを真上へ投げ放った。
宙で、ルシアが身を翻す。
「――ウィンドスラッシュ!!」
五条の風刃が、連続で叩き込まれる。
アルケインは即座に後退。
四条を紙一重で躱す。
だが――
最後の一条が、肩口を掠めた。
布が裂け、赤黒い血が散る。
その瞬間、魔力の流れがわずかに乱れた。
(――今だ)
フェンは、その一瞬を逃さない。
――疾走。
視界が歪み、世界が引き延ばされる。
一息で、間合いの内側へ。
「……暗殺スキル」
低く、告げる。
「《ポイズンタガー》!」
刃が、アルケインの脇腹を深く裂いた。
「……っ!」
確かな手応え。
次の瞬間。
アルケインの身体が、ぐらりと揺れた。
「……これは……」
膝が、床に落ちる。
ドン、と鈍い音。
「想定より……深いな……」
毒が、血流に乗って広がる。
魔力の循環が乱れ、体内で軋む感覚が走る。
フェンは息を吐かず、追撃に備えながら睨み据えた。
(効いてる……!)
アルケインはゆっくりと顔を上げ、
初めて――困惑の色を浮かべた。
「……面白い」
だが、その声には、わずかな焦りが混じっていた。
アルケインは、ゆっくりと立ち上がった。
膝についた毒の感覚を、まるで楽しむように――口角を上げる。
「……なるほど」
低く、愉快そうな声。
「少しは、やるようだな」
次の瞬間。
アルケインの周囲に集まる魔力が、明らかに変質した。
量ではない。質が違う。
炎が――圧縮される。
渦ではない。
一点を核に、世界が焼け落ちる。
「《インフェルノ・テンペスト》」
放たれた瞬間、空気が悲鳴を上げた。
轟音。
視界が白く弾ける。
「――っ!」
フェンは反射的に跳んだ。
だが、次の瞬間。
ドンッ――!
背後の地面が、盛り上がる。
灼熱に焼かれ、なお形を保った岩塊が、槍のように突き上がった。
(下も……!?)
フェンは体を捻り、紙一重で回避する。
その瞬間。
目の前に――アルケイン。
剣を、振り抜く勢いのまま。
「……しまっ――!」
刃が、閃いた。
――ザンッ!
確かな手応えと共に、フェンの身体が切り裂かれる。
「フェン!!」
ルシアの叫びが響く。
だが――
切られたはずのフェンの身体が、揺らいだ。
「……っ!」
アルケインの刃が、空を切る。
次の瞬間。
フェンは、数歩先に現れていた。
――疾走。
残像置換。
「……チッ」
舌打ち一つ。
フェンは肩で息をしながら、即座に声を飛ばす。
「大丈夫だ、ルシア!」
血が滲む。
だが、止まっていない。
「それより――僕が隙を作る!
最大火力の準備を!!」
一瞬の迷いもなく。
「……わかった!」
ルシアは頷き、剣を地面に突き立てる。
魔力が、一気に集束し始めた。
アルケインは、その動きを見逃さない。
すっと、ルシアに向けて手をかざす。
その瞬間――
ヒュッ!
短剣が、一直線に飛んだ。
「……!」
アルケインは首を傾け、難なく回避する。
だが。
その一瞬。
フェンは、避けた先の剣の柄を掴んでいた。
――疾走。
一瞬で距離を詰める。
「させない」
低く、断ち切るように。
フェンは、そのまま斬りかかる。
――ガキンッ!!
アルケインが剣で、正面から受け切った。
火花が散る。
二人の視線が、真正面からぶつかる。
アルケインは、楽しそうに笑った。
「……いいぞ」
フェンは歯を食いしばり、刃に力を込める。
アルケインは、両手をゆっくりと広げた。
「なら……これは、どうだ?」
次の瞬間。
炎が、弾けた。
同時に、地面が隆起する。
土の槍。
それを踏み台にするように、アルケインが距離を詰めた。
風刃。
氷槍。
炎弾。
属性の違う魔法が、間断なく飛んでくる。
「――っ!」
フェンは疾走でかわし続ける。
だが、逃げ場が削られていく。
(近づけない……!)
速さでは、こちらに分がある。
だが――
(戦術が……上だ)
炎で動線を限定し、
土で退路を塞ぎ、
風で姿勢を崩し、
氷で踏み込みを止める。
一手、二手――
いや、三手先を読まれている。
刃を振るう余裕すら、奪われていく。
(毒は……効いてる)
アルケインの動きは、わずかに鈍っている。
だが、それでも――
(このままだと……先に落ちるのは、僕だ)
「ははは!」
アルケインの笑い声が響く。
「どうした!
さっきまでの勢いは!」
炎が弾け、衝撃がフェンの体を弾き飛ばす。
フェンは転がりながら、歯を食いしばった。
(どうする……)
その時。
視界の端に、数値が浮かんだ。
SP:1500
「……?」
一瞬、思考が止まる。
(そうだ……)
リコンストラクトを討伐した時。
確か――
(500、増えてた……)
フェンは即座に、アルケインのステータスを開く。
MP:900 / 1200
(……まだ、撃てる)
だからこそ、止まらない。
(なら――)
フェンは後退しながら、距離を取る。
アルケインは、その動きを見て、嗤った。
「逃げるのか?」
「……いや」
フェンは、静かに息を吐く。
「編集する」
視界に、SP操作ウィンドウが展開される。
――対象:アルケイン
――編集項目:MP
――変更前:900
――変更後:0
消費SP:900
(……いけるか?)
一瞬の逡巡。
そして――実行。
(……できた)
MP:0 / 1200
だが、その瞬間。
アルケインが、ゆっくりと笑った。
「これで終わりだ」
圧縮された炎が、世界を歪めた。
「《インフェルノ・テンペスト》」
続く




