編集者、違和感に気づく
風穿ちの裂谷》――十三階層。
足を踏み入れた瞬間、空気が少し変わった。
フェンは、無意識に探索スキルを起動した。
視界の端に、半透明のホログラムが展開される。
「……あれ?」
ルシアが首を傾げる。
「どうしたの?」
フェンは黙ったまま、マップを見つめていた。
表示された地形は、途切れ途切れだった。
道は途中で切れ、先が描かれていない。
まるで、必要な部分だけを無理やり繋ぎ合わせたような、不完全な地図。
「変だな……」
フェンが小さく呟く。
進める道は一本。
その先は、行き止まりだった。
壁の前。
床の中央に、丸い印のようなものが浮かんでいる。
「なにこれ?」
ルシアが近づき、しゃがみ込む。
淡い青色の光。
触れると、ふわりと揺れるように明滅した。
「……とりあえず、乗ってみる?」
「ちょ、ルシア――」
止める間もなく、ルシアが足を踏み出す。
次の瞬間。
視界が、白く弾けた。
ふわり、と身体が浮くような感覚。
足元の感覚が一瞬消えて――
「……あ」
気づけば、二人は別の場所に立っていた。
「……移動、した?」
フェンが周囲を見回す。
地形は、先ほどとは違う。
だが、探索スキルのマップには、同じ“点”が表示されている。
「今の……」
フェンは、もう一度マップを見る。
「ワープ、か」
「やっぱり?」
ルシアが目を輝かせる。
「なんか、ふぁってした! 面白いね!」
「走らないで」
言ったそばから、ルシアは先へ進んでいた。
分かれ道。
左右に、同じような青い光の点が二つ。
「じゃあ、こっち!」
ルシアが右へ飛び込む。
――白。
一瞬の浮遊感。
そして。
「……え?」
ルシアが、きょろきょろと周囲を見回す。
「……ここ」
フェンも、静かに周囲を確認した。
「……十三階層の、入口だね」
「はぁ!?」
ルシアが振り返る。
「ちょっと待って!? 戻ってきてるじゃん!」
「なんで!? 今、ちゃんと進んでたよね!?」
「まぁまぁ」
フェンは落ち着いた声で言いながら、探索スキルのホログラムを操作した。
マップの分岐点。
右側のワープポイントに、小さな印をつける。
「間違えると……最初に戻されるみたいだ」
「え〜めんど!」
ルシアが頬を膨らまして怒る。
「まぁ、ここは地道に進んでいくしかないよ」
フェンがルシアをなだめながら歩き出した。
探索スキルのホログラムを前に、二人は慎重に通路を選んでいった。
分岐に差しかかるたび、フェンが印をつけ、進んでは戻され、また別の道を試す。
何度か繰り返すうちに――
途切れ途切れだったマップが、少しずつ形を持ち始めていた。
「……ここ、行き止まりみたいだね」
不意に、ルシアが立ち止まる。
フェンが顔を上げると、確かにその先は壁だった。
だが、その足元に――
「……あ」
ルシアの声が弾む。
「宝箱だ!」
岩陰に半ば埋もれるように、古びた箱が置かれていた。
フェンは警戒しつつ近づき、蓋に手をかける。
ゆっくりと、開く。
中に収められていたのは、風を思わせる軽装の鎧だった。
流線的な形状で、装甲は厚いが重さを感じさせない。
フェンの視界に、装備情報が浮かび上がる。
⸻
ウィンドトレイル
防具性能
D+400
MDF+150
(補正:D+40% MDF+30% S+20%
風属性耐性付与)
⸻
フェンは数値を確認し、一瞬だけ考え――
すぐに視線をルシアへ向けた。
「……これ、君にあげるよ」
「え?」
ルシアが目を瞬かせる。
「いいの?」
「うん。僕より、君の方が合う」
少し迷ったあと、ルシアは鎧を受け取った。
「……ありがとう」
新しい防具を身につけると、彼女はその場で軽く跳ねてみせる。
「わ、動きやすい!」
満足そうに笑うその様子を見て、フェンは小さく頷いた。
その後、正しいルートを辿り――
二人は、十三階層の最奥へと辿り着く。
静かな空間。
上へと続く階段が、確かにそこにあった。
「ここ、楽しかったね」
ルシアが振り返り、そう言った。
フェンは一瞬考えてから、同意する。
「……うん。変わった階層だった」
二人は並んで階段を上り、次の階層へと進んだ。
⸻
《風穿ちの裂谷》――二十階層。
フェンは足を止め、ステータス画面を開いた。
次の瞬間、思わず声が出る。
「……ルシア」
「なに?」
「ついに……職業、カンストした」
画面には、はっきりと表示されていた。
盗賊 ★10
戦士 ★10
「ほんとだ……!」
ルシアが覗き込み、驚いた声を上げる。
フェンは短く息を吐いた。
「このままにしておくのは、さすがにもったいない」
指先で画面を操作し、ステータスをスライドさせる。
次に表示されたのは――転職マップ。
複数の分岐が、静かに並んでいた。
フェンはその一覧を見つめ、少しだけ黙り込む。
「……ここで、転職しよう」
そう告げて、彼は指を伸ばした。
「……これでいいな」
数値を確認して、フェンは小さく息を吐いた。
⸻
職業:暗殺者(上級)
HP:変化なし
MP:+5%
A:+30%
D:変化なし
MAT:+20%
MDF:変化なし
S:+50%
職業:聖騎士(上級)
HP:+50%
MP:+10%
A:+70%
D:+50%
MAT:+5%
MDF:+10%
S:変化なし
⸻
「……おお」
数値を見たルシアが、素直に声を漏らす。
「ついでにSPも7000貯まってたし、編集しょっか!」
「オッケー!」
フェンが編集を確定させ、二人は同時に前へ踏み出した。
「よし!できた!」
「……てこれあたしたちやばくなってない??」
「……確かに……まぁいっか」
フェンとルシアはお互い目を見合わせ笑った
そして二人は、階段の先を見る。
「じゃあ――」
「行こっか」
ボス部屋の扉は、思ったよりも静かに開いた。
中は、だだっ広い空間だった。
天井は高く、壁は荒く削られたまま。
だが、空気が重い。
次の瞬間。
床の中央で、何かが蠢いた。
複数の影が、重なり合う。
獣の脚が踏み出し、硬質な外殻が擦れ合い、別の魔物の頭部が不自然な角度で持ち上がる。
――一体ではない。
だが、群れでもない。
無理やり一つにまとめられた存在。
「……なに、あれ」
ルシアが、思わず呟く。
「キメ……ラ?」
獣の脚が踏み込み、別種の外殻が軋む。
頭部は一つだが、動きは統一されていない。
まるで、複数の魔物が同時に同じ身体を動かしているようだった。
フェンは即座に探索スキルを起動する。
リコンストラクト
HP1
MP0
A2800
D0
MAT0
MDF0
S1600
「え、弱くない?」
ルシアの一言に、フェンは首を振る。
「……違う。これは――
本来、ここにいるものじゃない!」
次の瞬間。
視界から、リコンストラクトの姿が消えた。
「――え?」
気づいた時には、ルシアの目の前だった。
影が落ちる。
巨体が、踏み潰すように振り下ろされ――
「ルシア!」
フェンが叫んだ。
続く




