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編集者、Cランク試験に挑む

エルナ中心街。


夜の石畳を――

フェンは、息を切らしながら走っていた。


「はぁ……はぁ……」


腕の中には、小さな身体。


布にくるまれたリィナが、胸元を押さえ、苦しそうに咳き込んでいる。


「……ごほっ……ごほ……」


「……ごめん、リィナ」


フェンは歯を食いしばり、前だけを見た。


「帰りが……遅くなった……」


答えは返らない。

代わりに、か細い呼吸音だけが腕越しに伝わってくる。


「フェン、もう少し!」


後ろから、ルシアの声が飛ぶ。


息を乱しながらも、彼女は必死についてきていた。


通りを抜け、角を曲がる。


見慣れた建物が、夜闇の中に現れた。


――翠薬の治療院。


フェンは立ち止まることなく、扉の前へ駆け寄る。


そして――


「……っ!」


拳を握り、力任せに叩いた。


ドン!

ドン!

ドンッ!


「お願いします!!」


間を置かず、もう一度。


ドン! ドン!


しばらくして、内側から足音が聞こえた。


扉が、きぃ、と音を立てて開く。


「ん〜……?」


寝ぼけた声。


魔女帽子を軽く押さえながら、フロラが顔を出す。


「どうしたの、こんな夜――」


その言葉が、途中で止まった。


フェンの腕の中。


布に包まれ、苦しそうに咳をするリィナの姿を見て――

フロラの目が、すっと変わる。


「すぐ、治療室に運んで」


迷いのない声だった。


フェンとルシアは頷き、治療院の中へ駆け込んだ。


治療室。


ランプの淡い光の下で、

ベレッタが無言で準備を進めていた。


細い管。

透明な液体。


「……少し、ちくっとしますよ」


返事はない。


リィナは意識を失ったまま、

浅い呼吸を繰り返している。


ベレッタは慣れた手つきで、

その腕に針を刺した。


「……よし」


点滴が落ち始める。


その様子を、フェンは固唾をのんで見守っていた。


少しして。


フロラが、リィナの額に手を当て、

静かに魔力を流す。


「……これで、ひとまず落ち着いたわね」


リィナの呼吸が、わずかに整う。


苦しそうに歪んでいた表情も、

少しだけ緩んでいた。


フェンは、思わず息を吐いた。


「……ありがとうございます」


深く、頭を下げる。


フロラは首を振った。


「いいの。間に合ってよかった」


それから、点滴の落ちる様子を見つめながら、

ぽつりと言った。


「……生命魔素欠乏症でしょ?」


フェンの肩が、びくりと揺れる。


「……だいぶ、進んでるわね」


「……」


フェンは唇を噛みしめた。


「……助かりますか?」


絞り出すような声だった。


フロラは、少しだけ視線を逸らす。


「ん〜……」


一拍。


「……正直に言うわね」


フェンは、頷くことしかできなかった。


「フェン君の妹さん――

 このままだと、もって一年ってところね」


空気が、凍りついた。


「……そんな……」


フェンの膝から、力が抜ける。


視界が、ぐらりと揺れた。


「一年……」


言葉が、続かない。


その様子を見て、

フロラは小さく息を吐いた。


「……でも」


その一言に、フェンが顔を上げる。


「材料さえあれば、治せるわ」


「……!」


「本当、ですか……?」


震える声。


フロラは、ゆっくりと頷いた。


「ええ。治療自体は、できる」


「ただ……」


少し、言いにくそうに眉を下げる。


「材料がね。

 ちょっと、入手しにくくて」


「今、手元にはないの」


フェンは、一瞬も迷わなかった。


「……僕、取りに行きます!」


即答だった。


「どんな場所でも。

 どんなダンジョンでも行きます!」


隣で聞いていたルシアが、一歩前に出る。


「もちろん、あたしも行く」


フェンを見る。


真っ直ぐな目で。


「リィナちゃん、助けたいから」


フロラは二人を見比べて、

ふっと、柔らかく笑った。


「……それじゃあ」


治療室のランプが、静かに揺れる。

点滴の雫が、一定の間隔で落ちていた。


「ダンジョンの名前と、素材を言うわね」


フェンは、無言で頷いた。

ベッドの上では、リィナが穏やかな呼吸を繰り返している。


「まず――」


フロラは、指を一本立てる。


「命脈草。

 場所は、《命脈の深根洞》」


短い沈黙。


「次が、翠心花。

 《翠心樹海》に咲くわ」


もう一本、指が立つ。


「最後に、静命葉。

 《静命の霧庭》よ」


それだけ言って、フロラは言葉を切った。


「この三つが揃えば、治療はできる」


フロラは、フェンを見る。


「だから――

 これらを取ってきてもらうわ」


静かな声だった。


「ギルド依頼じゃない。

 フェン君、あなただけの依頼として、受けてほしい」


フェンは、一瞬だけリィナに視線を落とす。


眠る妹の、細い肩。

規則正しい寝息。


「……報酬は?」


問いは、確認のためだった。


フロラは、即答する。


「リィナちゃんを助けること」


それ以上は、何も言わなかった。


フェンは、深く息を吸い――

そして、頭を下げる。


「……お願いします」


迷いは、なかった。


隣で、ルシアが小さく頷く。


治療室には、再び静けさが戻る。

ランプの灯りと、点滴の音だけが、夜を刻んでいた。


翌日。


冒険者ギルドのロビーは、朝からざわついていた。

依頼書の前に集まる冒険者たちの声が、天井の高い空間に反響している。


その一角。


受付カウンターの前で、フェンとルシアは並んで立っていた。


「お願いします」


フェンが、深く頭を下げる。


「この三つのダンジョンのうち、どれか一つでも……

 入らせてもらえませんか」


受付嬢は困ったように眉を寄せ、二人を見た。


「……無理よ」


即答だった。


「あなたたち、まだGランクでしょう?」


カウンター越しに、依頼書を指さす。


「そのダンジョンは全部、最低でもCランク以上。

 規則だから、どうにもならないわ」


「でも――」


「ダメなものはダメ」


受付嬢はきっぱり言った。


そのとき。


「じゃあ、ランク試験を受ければいいじゃないか」


後ろから、落ち着いた声が響いた。


フェンは、はっとして振り返る。


そこに立っていたのは――

ギルド長だった。


ロビーの空気が、わずかに変わる。


「ギ、ギルド長!?」


受付嬢が目を見開く。


ギルド長は二人に近づき、ゆっくりと言った。


「本来、その三つのダンジョンに入るには

 Cランクが必要だ」


フェンは、黙って聞いていた。


「だが――」


ギルド長は、フェンを見据える。


「君たちは、グラウルフを周回で倒している」


受付嬢が慌てて口を挟む。


「で、でもギルド長!

 規則は――」


「わかっているよ」


ギルド長は、穏やかに言った。


「だからこそ、試験だ」


ロビーが静まり返る。


「私が特別に出す試験をクリアできれば、

 君たちをCランクに昇格させよう」


受付嬢が息を呑む。


「そ、そんな……」


ギルド長は、ふっと微笑んだ。


「大丈夫だよ」


そして、静かに続ける。


「――彼らの目は、死んでいない」


その言葉に、受付嬢は改めて二人を見る。


フェンの目は、真っ直ぐで鋭い。

ルシアの視線にも、迷いはなかった。


「……」


受付嬢は、小さく息を吐いた。


フェンが、一歩前に出る。


「……どのダンジョン試験を受ければいいんですか?」


その問いに、

ギルド長は一瞬だけ間を置き――


静かに、告げた。


「――《風穿ちの裂谷》だ」


ロビーの空気が、ぴんと張りつめていた。



          続く

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