編集者と薬師の魔女フロラ
切り株の上に、魔女は座っていた。
先ほどまで眠っていたせいか、
まだ少しぼんやりした様子で、
魔女帽子を軽く押さえながらこちらを見ている。
その横を、小さな妖精がぷかぷかと飛んでいた。
フェンとルシアは、
切り株の前に並んで立つ。
「……ほら」
妖精が腕を組み、紹介するように言った。
「これが薬師の魔女、フロラよ」
「どうもです〜」
フロラは、にこっと柔らかく笑った。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「ベレッタから依頼、来たんでしょ?」
「あ、はい」
フェンは一歩前に出る。
「フェンです。冒険者をやってます」
「ルシアよ」
ルシアも軽く手を上げる。
「同じく冒険者」
「よろしくね〜」
フロラは、のんびりと頷いた。
「それで……」
フェンは視線を妖精に向ける。
「案内してくれて、ありがとう」
その言葉に、妖精はぴくっと反応した。
「……べ、別に」
ぷいっと顔を背ける。
「感謝されるようなこと、してないわよ」
「森を静かにしたかっただけなんだから」
「でも、助かりました」
フェンがそう言うと、
妖精は少しだけ黙り込んでから――
「……もういいでしょ」
ぴしっと言い切る。
「案内したんだから、さっさと出てって」
「え?」
フロラが、ぱっと思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ」
「わたし、迷翠草を探しに来てたんだった」
「それが見つかるまで、帰れないの」
妖精は、無言でフロラを見る。
それから、はぁっと大きくため息をついた。
「……ほら」
妖精が指を鳴らす。
すると、森の足元から、
薬草がまとめて現れた。
瑞々しい葉。
淡く光る茎。
「迷翠草よ。たくさんあるでしょ」
「わぁ!」
フロラの目が輝く。
「ありがとう! すごい!」
「これで当分、来なくていいでしょ」
妖精は腕を組み、念を押す。
「だから、出てって」
「うんうん」
フロラは嬉しそうに薬草を抱えた。
フェンは、その様子を見て小さく呟いた。
「……君って、意外と優しいんだな」
その瞬間。
「優しくないわよ!!」
妖精が即座に振り向いた。
「勝手に決めつけないで!!
あんたに言われたくないわ!!」
「ひぇっ」
フェンは思わず声を上げ、一歩引いた。
迷いの森入り口
妖精は腕を組んだまま言った。
「……じゃあね」
一瞬だけ、視線を逸らしてから――
「もう来ないでね」
そう言って、ひらひらと手を振る。
フェンは少し戸惑いながらも、手を上げた。
「ありがとう」
ルシアも笑って手を振る。
「元気でね」
フロラはにこにこと、大きく手を振った。
「またね〜」
「来ないでって言ってるでしょ!」
妖精が即座に突っ込む。
三人は小さく笑いながら、馬車へと向かった。
馬車が動き出すと、妖精は森の入り口に立ったまま、しばらく見送っていた。
翠薬の治療院。
扉を開けた瞬間、慌てた足音が響いた。
「先生!!」
ベレッタが駆け寄ってくる。
「もう!探したんですよ!」
「え〜っと……」
フロラは少し考えてから、にへっと笑った。
「道に迷っちゃって」
「もう!」
ベレッタは眉を吊り上げる。
「一人で行くの、やめてくださいって言ったじゃないですか!」
「大丈夫だよ〜」
フロラはのんびり言う。
「もう道、覚えたから。次はちゃんと行けるよ」
「絶対行かないでください!」
ベレッタは、今度は強く言い切った。
フロラは一瞬だけ黙り込み――
「……はい」
小さく、素直に頷いた。
それから、くるりと振り返る。
「フェンくん、ルシアちゃん」
「今日は本当にありがとう!」
そう言って、銀貨を三枚差し出した。
「これ、お礼金ね」
「ありがとうございます!」
フェンは深く頭を下げる。
フロラはにっこり笑った。
「それとね」
「助けてもらったお礼に、お願い事を一つ、聞いてあげるよ」
「何かあったら、いつでも言ってね〜」
「はい!」
そう答えて、二人は治療院を後にした。
⸻
帰り道。
「これで依頼、達成だね」
ルシアが言う。
「うん。良かったよ」
フェンは、ほっとしたように微笑んだ。
少し歩いてから、ぽつりと呟く。
「……フロラさん、迷いの森……もう行かないよね?」
「行くでしょ」
ルシアは即答した。
二人は顔を見合わせて、くすっと笑った。
フェンの家。
夕方の光が、リビングの窓から斜めに差し込んでいる。
小さなテーブル。
椅子は二脚。
テーブルの上には、飲みかけの薬草茶が置かれたままだった。
湯気はもう、立っていない。
床には――
リィナが倒れていた。
身体を横にして、胸元を押さえ、
小さく身体を丸めている。
「……ごほっ……ごほ……」
苦しそうな咳が、静かな部屋に響く。
息を吸おうとして、
うまく吸えず、
肩が小刻みに上下する。
「……はぁ……はぁ……」
震える呼吸。
指先が、床を掴む。
「……おにい……」
かすれた声が、漏れた。
返事はない。
リビングには、咳の音と荒い呼吸だけが残っていた。
続く




