編集者、依頼を受ける
冒険者ギルドのロビーは、相変わらず賑やかだった。
討伐帰りの冒険者が報酬袋を揺らしながら笑い合い、
受付前では次の依頼を巡って言い争う声が飛び交っている。
金属の擦れる音と硬貨の音が混じり、空気は落ち着きがない。
フェンはカウンターの前に立ったまま、
その喧騒を背中に受けていた。
その視線の先――
カウンターの上に、一枚の依頼書が置かれている。
フェンはそれに目を落とした。
⸻
【依頼名】薬師の魔女 捜索依頼
【依頼者】ベレッタ
【難易度】F
【場所】迷いの森
【内容】
うちの先生が、薬に必要な材料を探しに
迷いの森へ向かったまま戻ってきません。
二日経っても音沙汰なしです。
……これで数十回目です。
勘弁してください先生!
⸻
フェンは短く息を吐いた。
捜索依頼。
難易度はF。
フェンは顔を上げ、迷いなく言った。
「……分かりました。受けます」
受付嬢が、すぐに頷く。
「ありがとうございます」
そう言って、地図を一枚取り出し、
その一角を指で示した。
「依頼者のベレッタさんは、
街外れの治療院にいます。
まずは、そこへ行ってください」
「はい」
フェンは依頼書を手に取り、頷いた。
翠薬の治療院は、街外れの静かな通りにあった。
石造りの建物の壁には、乾燥させた薬草がいくつも吊るされている。
ほのかに、苦くて青い匂いが漂っていた。
その入口の前で、フェンとルシアは立ち止まる。
「ここなんだね」
ルシアが看板を見上げて言う。
《翠薬の治療院》
「それにしてもさ」
ちらりとフェンを見る。
「フェン指名で依頼が来るなんて、すごいよ」
「そ……そうかな」
フェンは少し照れたように視線を逸らした。
「たまたまだと思うけど……」
「ふーん」
ルシアは意味ありげに笑ってから、顎で扉を示す。
「じゃ、行こ」
フェンは小さく頷き、扉の前に立つ。
金具の付いたノック板を持ち上げ――
コン、コン。
少し間を置いて、中から声がした。
「はーい」
扉が開く。
現れたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
薬師らしい実用的な服装で、少し疲れたような顔をしている。
「あっ……」
女性はフェンを見るなり、目を見開いた。
「もしかして、フェンさんですか?」
「はい、そうです」
フェンが答えると、女性の表情が一気に明るくなる。
「よかった……!
依頼を受けてくださってありがとうございます!」
深く頭を下げてから、慌てて顔を上げた。
「わたし、ベレッタです。
ささっ、どうぞ中へ」
治療院の中は、生活感のある落ち着いた空間だった。
木のテーブルと椅子。
壁際には薬棚が並び、奥には簡易的な寝台も見える。
フェンとルシアは並んで椅子に腰掛けていた。
「どうぞ」
ベレッタが湯気の立つカップを二つ、テーブルに置く。
「コーヒーです」
「ありがとうございます」
フェンとルシアが揃って礼を言う。
ルシアはすぐにカップを手に取り、
角砂糖を一つ、また一つと落としていく。
――三つ。
フェンは横目でそれを見て、思わず小声で言った。
「ル、ルシア……?
そんなに入れたら、甘いよ?」
「悪い?」
ルシアは砂糖を混ぜながら、ぼそっと返す。
「あたし甘党なの。
このくらいじゃないと飲めないのよ」
「そ、そう……」
フェンはそれ以上何も言えず、そっと視線を戻した。
ベレッタは二人の様子を見て、少しだけ表情を和らげる。
それから、自分も席につき――
軽く咳払いをした。
「……それでは」
ベレッタは姿勢を正す。
「先生のことについて、
これまでの経緯をお話ししますね」
ベレッタは一度、深く息を吸った。
「……迷翠草が、足りなくなったんです」
フェンとルシアの視線が、自然と彼女に向く。
「血熱病の患者さんが、ここ最近続いていて……
在庫が底をついてしまって」
テーブルの上で、ベレッタは指を組む。
「それで先生が――」
少しだけ間を置いてから、言った。
「『わたし、迷いの森に行ってくるよ』って」
「……一人で?」
フェンが確認するように聞くと、
ベレッタは力強く頷いた。
「はい。いつも通り、です」
ルシアが眉をひそめる。
「止めなかったの?」
「止めましたよ!」
ベレッタは思わず声を張り上げ、
すぐに「すみません」と小さく頭を下げた。
「……何十回も、迷ってるんです。
そのたびに、ギルドに依頼を出して……」
ぎゅっと拳を握る。
「先生はですね、毎回こう言うんです」
ベレッタは少し声色を変えた。
「『もう大丈夫だよ! 道は覚えたから!』って」
フェンとルシアが、顔を見合わせる。
「……で、毎回迷うんです」
ベレッタは遠い目をした。
次の瞬間、堪えていたものが溢れたように、
ベレッタは机を軽く叩いた。
「勘弁してくださいよ!!
ギルドの依頼費も、安くないんですよ! 本当!!」
言い切った後で、はっとして口を押さえる。
「あ……す、すみません……
取り乱しました……」
少し気まずい沈黙。
ベレッタは姿勢を正し、
二人を真っ直ぐに見た。
「そこで、先日グラウルフを討伐されたお二人なら適任かなと思い、
依頼してみました」
「……え?」
フェンは思わず聞き返す。
「な、なんで知ってるんですか?」
ベレッタは、少しだけ得意げに――
にこっと笑った。
「町中、噂になってますよ」
「えぇ……」
フェンは、思わず間の抜けた声を漏らした。
その横で――
ルシアの目が、きらりと輝く。
「……あたし、有名人?」
少しだけ胸を張り、嬉しそうに言う。
フェンが何も言えずにいると、
ベレッタが軽く咳払いをした。
「なので、迷いの森へ行って、
先生を探してきていただけませんか?」
フェンは少し考え――
すぐに頷いた。
「分かりました」
その返事に、
ベレッタの表情が、はっきりと緩んだ。
続く




