編集者指名される
薄暗い森だった。
木々は不自然なほど密集し、風が吹くたびに葉擦れの音がやけに大きく響く。
陽の光はほとんど地面まで届かず、湿った空気が肌にまとわりつく。
「……あれ?」
黒いローブを羽織った魔女が、足を止めた。
地図を取り出し、首をかしげる。
「おかしいなぁ。確か、この辺りだったと思うんだけど……」
周囲を見渡す。
同じような木、同じような道。
どこかが、微妙にズレている。
「……もしかして」
魔女は苦笑して、呟いた。
「わたし、道迷った?」
森は答えない。
ただ、じっと彼女を見下ろしているだけだった。
⸻
《砕石の迷坑》二十階層・ボス部屋。
砕けた岩と瓦礫に覆われた広間で、
巨大な狼型魔物――グラウルフが、地に伏していた。
フェンは地面に降り、剣をしまう。
《グラウルフを討伐しました》
淡々と表示されるログ。
次の瞬間、魔物の身体が霧のように消え、床に光が落ちる。
「……宝箱!」
ルシアが思わず声を上げた。
二人並んで見つめる中、
宝箱がゆっくりと開く。
《疾牙のかけらを入手しました》
その表示を見た瞬間、
フェンはその場に仰向けで倒れ込んだ。
「……やっと、出た」
天井を見上げたまま、深く息を吐く。
「え、今の何周目?」
ルシアが呆れたように聞く。
「十三回」
「……そりゃ疲れるわ」
フェンは苦笑しながら続けた。
「白鋼剣・リュミエが三本出るし、素材は溢れるし。
だから収納魔法も覚えたんだけど……」
体を起こし、ルシアを見る。
「付き合ってくれて、ありがとう」
一瞬、ルシアは目を瞬かせ――
すぐに、いつもの調子で肩をすくめた。
「いいよ。フェンも、あたしの願い叶えてくれたし」
ニッと笑って、宝箱を指さす。
「それでおあいこ。
ほら、早速使ってみなよ」
フェンは頷き、疾牙のかけらを強く握る。するとフェンの体が光り輝き、《疾牙の加護》を習得しましたと表示された。
視界に、ステータスが展開された。
HP 250 → 225
MP 200 → 180
A 220 → 418
D 80 → 72
MAT 130 → 150
MDF 74 → 67
S 380 → 760
SP 116
「はは…周回やりまくったせいでステ-タス上がりすぎた」
とフェンが苦笑いしながら言った。
冒険者ギルド。
フェンは重たい扉を押し開け、ロビーに足を踏み入れた。
いつも通りの喧騒。
依頼を探す冒険者、報酬を受け取る者、酒場区画の笑い声。
受付カウンターへ向かうと、
顔を上げた受付嬢が、目を見開いた。
「……フェン君!?」
次の瞬間、身を乗り出してくる。
「無事だったのね! 二日も連絡なかったから、心配してたのよ?」
「はは……」
フェンは頭をかきながら、苦笑いした。
「ちょっと、ダンジョンに籠もってて」
「“ちょっと”じゃないでしょ、それ……」
受付嬢が呆れたように言う。
フェンは咳払いを一つして、話を切り替えた。
「えっと……これ、素材なんですけど。売りたくて」
そう言って、手を前に出す。
次の瞬間――
空間が歪み、床に次々と物が現れた。
グラウルフの牙、毛皮、骨。
山のような魔物素材。
そして――
白鋼剣が、三本。
「……え?」
受付嬢の口が、ぽかんと開く。
「……ちょ、ちょっと待って」
遅れて、別のことに気づいたように視線を跳ね上げる。
「今の……収納スキル!?」
周囲がざわついた。
「おい、収納だって」
「本当に存在したのかよ……」
受付嬢がフェンを睨む。
「フェン君、あなたのスキルって《編集者》でしょ?
いつの間にこんなの覚えたの?」
「あっ……」
フェンの顔が、分かりやすく固まる。
「え、えっと……その……」
一瞬考えて、苦し紛れに口を開いた。
「……なりゆき?」
「成り行きで収納スキル覚えられるわけないでしょ!」
即座にツッコミが飛ぶ。
周囲から、どっと笑いが起きる。
フェンは「しまったな……」という顔で、頭をかいた。
「それで……これは?」
受付嬢が、床に並んだ素材と剣を指差す。
「グラウルフ……よね?」
「はい」
「……何回、挑戦したの?」
「えっと……」
フェンは一瞬視線を逸らし、
「……十三回、です」
次の瞬間。
「何やってんのよ!!」
ギルド中に響く大声。
「Eランクでも、初心者が死にやすい魔物なのよ!?
なんでそんな無茶するの!」
フェンは肩をすくめて、素直に頭を下げた。
「……ごめんなさい」
受付嬢は大きくため息をつき、
額を押さえる。
「……はぁ。無事だからいいけど」
視線を戻し、事務的な顔になる。
「精算するから、ちょっと待ってなさい」
「はい」
フェンは素直に頷いた。
受付嬢は手元の書類に目を落とし、素早く計算を終える。
しばらくして、カウンターの上に小さな袋を置いた。
「――はい。精算、終わり」
袋の口を開けた瞬間、
中で金貨が軽く触れ合う音がした。
「金貨、四十枚」
「……え?」
フェンは思わず声を漏らす。
「こ、こんなにいいんですか?」
受付嬢は、呆れたように肩をすくめた。
「当たり前でしょ」
カウンターの奥から、白鋼剣の一本を指で示す。
「それ一本だけでも、家が一軒建つレベルで高額なのよ。
それを三本。しかもグラウルフの素材も揃ってる」
フェンは、言葉を失ったまま袋を見つめる。
受付嬢は少しだけ声のトーンを落とし、続けた。
「……これで、妹さんの病気。
治せるといいわね」
その一言で、胸の奥がじん、と熱くなった。
フェンの口元に、自然と笑みが浮かぶ。
「……はい」
ぎゅっと袋を握りしめて、
はっきりと頷く。
「本当に、ありがとうございます」
受付嬢はその様子を見て、ふっと表情を緩めた。
「……あ、そうそう」
思い出したように、指を立てる。
「フェン君。
あなた指名の依頼が来てるのよ」
「……え?」
フェンは目を瞬かせた。
「ぼ、僕指名ですか?」
「そう。名指し」
受付嬢は掲示板の方をちらりと見る。
「受けてみる?」
フェンはしばらく言葉を失い、
そして――
驚きを隠せないまま、そこに立ち尽くした。




