編集者の忘れられない一日
二十階層。
崩れた壁の瓦礫が散乱するボス部屋で、
岩の鎖に絡め取られたグラウルフが、血を流したまま動かなくなっていた。
黒い体毛は裂け、
黄金色だった眼は、すでに光を失っている。
「……はぁ……はぁ……」
ルシアは剣を振り抜いた体勢のまま、肩で息をしていた。
全身から闘気が抜け、脚が小さく震えている。
その少し離れた場所で――
フェンは、
その場にどさっと座り込んだ。
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「……やった……」
次の瞬間。
「勝ったぁぁぁぁ!!」
天井に響くほどの叫び。
フェンの視界に、はっきりと文字が浮かんでいた。
《グラウルフを討伐しました》
ルシアも、剣を支えにしながら立ち直る。
「……終わったんだね」
その瞬間。
二人の前に、
音もなく宝箱が一つ、出現した。
「……でた」
フェンは立ち上がり、宝箱に手をかける。
ゆっくりと、蓋を開く。
中から現れたのは――
白銀に輝く、一本の剣だった。
澄んだ光を帯び、
刃の中央には、淡い紋様が走っている。
「……白鋼剣・リュミエだ」
フェンが、息を呑んで呟く。
「初めて……実物を見た」
その言葉に、
ルシアの瞳が、震えた。
「……これが……」
声が、かすれる。
フェンは剣を取り出し、
何の迷いもなく、ルシアへ差し出した。
「欲しかったんでしょ?」
「……え?」
「どうぞ。ルシアの剣だ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「フェン!!」
ルシアは剣を受け取るより先に、
そのままフェンに抱きついた。
「ありがとう……! 本当に……!」
「ち、ちょっ!? ルシア!?」
フェンの顔が、
一気に真っ赤になる。
「近い! 近いって!!」
その様子を、
崩れたボス部屋が、静かに包み込む。
――引きの視点。
瓦礫の中で並ぶ二人の姿。
そして。
《レベルアップしました》
その文字が、
二人の視界に、同時に浮かび上がった。
フェン(Lv16)
HP:106
MP:60
A:71(103)
D:57
MAT:64
MDF:40
S:142(192)
SP:380
⸻
ルシア(Lv17)
HP:147
MP:26
A:150(255)
D:112(157)
MAT:28
MDF:25
S:75(98)
冒険者ギルドは、いつも以上に賑わっていた。
クエスト帰りの冒険者たちの笑い声。
報酬袋の硬貨が鳴る音。
酒場区画から漂ってくる、香ばしい匂い。
その中へ――
フェンとルシアは、並んで足を踏み入れた。
「帰りました」
フェンがそう言うと、
受付嬢がすぐに顔を上げる。
「フェンさん、ルシアさん。お疲れ様です。
……あの、調査はどうでした?」
「うん、ちょっとね」
フェンはそう言って、
背負っていた袋を下ろし、ゴソゴソと中を探る。
そして――
受付カウンターの上に、次々と並べた。
鋭い爪。
大きな牙。
黒く硬質な、蜘蛛の脚。
一瞬。
「……!?」
受付嬢の動きが、完全に止まった。
「え、えっと……これって……
グラウルフの爪と牙……ですよね?
それに、ペイルスパイダーの脚……」
震える声。
「ぜ、全部……Eランク素材……?」
彼女は顔を上げ、二人を見る。
「……フェンさんたち、Gランク……ですよね?」
「うん」
フェンは、あっさり頷いた。
「僕たち、《砕石の迷坑》――攻略しました」
「…………はぁぁぁぁ!?」
ギルド内に、素っ頓狂な声が響いた。
「おいおい、冗談だろ!?」
「Gランク二人で!?」
「グラウルフだぞ!? 初心者の鬼門だぞ!?」
一人の冒険者が、声を荒げる。
「無理に決まってるだろ!
あそこは――」
「……これを見ても?」
ルシアが、静かに言った。
腰の剣を、すっと抜く。
白銀の刃が、ギルドの灯りを受けて輝いた。
一瞬で、空気が凍る。
「……う、そ……」
受付嬢が、息を呑む。
「そ、それは……
白鋼剣・リュミエ……」
次の瞬間。
「――マジかよ!!」
「白鋼剣!?」
「ボスの激レアドロップじゃねえか!!」
どよめきが、爆発した。
気づけば、
フェンとルシアの周りには、人だかりができていた。
「まさか……あのフェンがな」
「二人で攻略とか、普通にすげえぞ!」
「やるじゃねえか!」
次々にかかる声。
ルシアは少し照れたように笑う。
「い、いえ……それほどでも……」
そう言って、
隣のフェンを見る。
――泣いていた。
「……フェン?」
声をかけると、
フェンは慌てて目を擦り、震える声で言った。
「僕……」
一度、息を吸う。
「……諦めないで、良かった……」
ぽろりと、涙が落ちる。
「こんなふうに……
みんなに褒められるの……初めてなんだ……」
ルシアは、何も言わず、
ただ優しい目で、フェンを見つめた。
その後。
「よし! 今日は飲むぞ!」
「祝いだ祝い!」
誰かの一声をきっかけに、
ギルドは即席の打ち上げ会場になった。
笑い声。
杯を打ち鳴らす音。
――それは、
フェンにとって、忘れられない一日になった。
続く




