編集者、二十階層へ
十五階層。
砕石の迷坑の奥、狭い通路の先に――
ペイルスパイダーが五匹、静かに立ち塞がっていた。
青白い体表。
八本の脚が、じり、と床を擦る。
フェンは一歩前に出る。
腰の双剣に手をかけ、
**蒼双剣**を抜いた。
「……この武器、試す時だな」
「フェン」
後ろから、ルシアの声。
「ランドクラッシュ、お願いできる?」
「うん。わかった」
ルシアは一歩前に出ると、
床に向かって強く足を踏み抜いた。
――ドン。
鈍い地響きが走り、
通路全体が揺れる。
石床がひび割れ、
ペイルスパイダーたちの脚が一斉に沈み込んだ。
「――今!」
フェンは駆けた。
(……速いな)
自分でもそう思うほど、
身体が軽く前へ出る。
一体目。
すれ違いざまに、双剣が閃く。
二体目。
踏み込んで、横薙ぎ。
三体目、四体目。
ほとんど止まらず、通り抜けるように。
最後の一体が動こうとした瞬間、
背後から刃が入った。
――五匹。
すべてが、床に崩れ落ちる。
フェンは足を止め、
双剣を一度だけ振ってから、静かに息を吐いた。
「……軽い」
小さく笑う。
「はは……これは、いい」
「フェン!」
ルシアが駆け寄ってくる。
「すごかった!
めっちゃ速かった!!」
「そ、そう?」
フェンは照れたように頭を掻いた。
「じゃあ……このまま、二十階層まで行こうか」
「うん!」
◆
二十階層。
巨大な扉の前で、二人は足を止めた。
「……ついに、ここまで来たね」
「うん……」
フェンは扉を見上げながら言う。
「白鋼剣・リュミエ。
手に入るといいな」
ルシアは、真剣な目で扉を見つめたまま、頷いた。
「……ねえ、フェン」
「ん?」
「ここまで来れたの、正直……
フェンのおかげだよ」
フェンは少し驚いた顔をしてから、首を振る。
「そんなことないよ。
ルシアがいたから、ここまで来れた」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……じゃあ」
フェンは軽く息を吸い、言う。
「ステータス、最終編集するね」
「うん」
◆
「……できた」
フェンは言った。
「君には、一撃必殺の技――
オーバードライブを与えたよ」
「えっ……!」
「大事な時に、指示を出す。
その時に使ってみて」
ルシアは、少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
「……フェンは?」
「後でのお楽しみ」
「えー!ずるい!
あたしにも教えてよ!」
フェンは笑ってから、言った。
「じゃあ、行こう」
ルシアは一度だけ頷き、
扉に手をかける。
「……うん」
重い音を立てて、
二十階層への扉が開いた。
扉の向こうへ足を踏み入れた瞬間。
空気が、変わった。
ひたり、と足元から這い上がるように、
黒い霧が広がっていく。
「……?」
ルシアが息を呑む。
霧が渦を巻き、
その中心から――影が、立ち上がった。
四足。
低く構えた体躯。
闇を吸い込んだような黒い毛並み。
一瞬遅れて、
鋭い黄金色の眼が光る。
「……こ、こいつは……」
フェンの喉が、わずかに鳴った。
意識を集中させる。
視界の端に、簡易表示が展開された。
⸻
グラウルフ(ボス)
推定討伐レベル:35
種族:魔獣/ウルフ系
HP:450
MP:80
A:120
D:82
MAT:100
MDF:50
S:150
⸻
(……高い)
一瞬、そう思う。
だが――
フェンは、ゆっくりと蒼双剣を抜いた。
(……でも)
「今の僕たちなら……いける」
「……フェン」
ルシアも、息を整えながら前を見据える。
「あたしにも分かる。
こいつ……強い」
両手に力を込め、構えを取った。
次の瞬間。
――グオオオオォッ!!
空気を震わせる、
凄まじい咆哮。
鼓膜を叩く衝撃に、
二人は思わず耳を塞いだ。
その一瞬。
影が、消える。
「――ルシア!」
フェンは叫び、
即座に地を蹴った。
疾走。
視界が流れ、
フェンはルシアの身体を抱き寄せる。
次の瞬間、
さっきまで立っていた場所を、
巨大な牙が噛み砕いた。
「……っ!」
着地。
フェンはルシアを庇うように立つ。
「……ありがとう」
「気にしないで」
二人の前で、
グラウルフが低く唸り声を上げた。
「……グルルル……」
鋭い眼光が、
フェンとルシアを交互に睨めつける。
まるで、
どちらから殺すかを測るように。
黒い霧が、
再び静かに揺れた。
続く




