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編集者、装備整う

薄暗い部屋に、乾いた咳の音が響いた。


「……ごほっ、ごほ……」


リィナは胸元を押さえ、小さく身体を丸める。

呼吸が落ち着くまでの短い時間が、やけに長く感じられた。


そのとき――


ガチャリ、と玄関の扉が開く音。


「ただいま」


聞き慣れた声に、リィナはぱっと顔を上げた。


「……あっ、お兄ちゃん……!」


布団から抜け出し、ふらつきながらも立ち上がる。

そのまま駆け寄ろうとして――


そこで、動きが止まった。


玄関に立っていたのは、兄だけじゃない。

見知らぬ女性が、一緒に立っていた。


「……え?」


リィナは目を瞬かせる。


「お兄ちゃんが女の人を家に連れ込んだ!?」


玄関にリィナの声だけがこだました。




リビングにて

フェンはテーブルにカップを置き、湯気の立つお茶をルシアの前に差し出す。


「どうぞ」


「ありがとう」


ルシアがカップに手を伸ばした、そのときだった。


「へぇ……」


背後から、少し弾んだ声がする。


振り返ると、リィナがソファの横に立っていた。


「あなた、ルシアさんっていうのね」


にこっと笑って、一歩前に出る。


「わたしはリィナ!」


「お兄ちゃんの妹です。よろしくね!」


どこか嬉しそうで、声も明るい。


まるで、兄が女性を連れてきたこと自体が楽しい出来事みたいだった。


だが、次の瞬間。


「……ごほっ、ごほ……」


突然、咳が込み上げる。


「……っ」


小さく胸を押さえ、呼吸を整えようとするリィナに、フェンがすぐ声をかけた。


「こら、リィナ」


「起きてきちゃダメだろ。寝てないと」


「……うん」


リィナは素直に頷き、少し名残惜しそうに二人を見てから、寝室の方へと戻っていった。


扉が静かに閉まる。


リビングには、再び落ち着いた空気が戻った。


ルシアがカップを置き、ぽつりと口を開く。


「……リィナちゃん」


「そんなに酷い病気なの?」


フェンは一瞬だけ視線を落とし、それからゆっくり頷いた。


「……うん」


「《生命魔素欠乏症》っていう病気なんだ」


「体の中の魔素が、少しずつ無くなっていく」


ルシアの表情が曇る。


「それって……」


「難病じゃない?」


「治すための材料も、ほとんど手に入らないって……」


フェンは小さく笑って、肩をすくめた。


「……うん、そうなんだ」


フェンは気持ちを切り替えるように続けた。


「でも今日はさ」


「ゴーレムを倒したお金で、魔素を増やす薬は買えた」


「だから……」


少しだけ、前向きな声で言う。


「明日からまた、お金を貯めるために」


「十一階層、頑張ろうと思ってる」


言い終えたあと、ふっと力が抜けたように笑う。


「……はは」


「僕みたいなのと、パーティ組みたくないよね」


「正直、足引っ張るだけだし」


「だから……」


静かに言った。


「帰った方がいいよ」


その言葉に、ルシアは何も返さなかった。


しばらく黙ったまま、俯いて――


やがて、勢いよく立ち上がる。


「あたしも!」


強い声。


「リィナちゃんの病気、治せるように頑張る!」


フェンが、思わず顔を上げる。


「だから」


「あなたと、これからも一緒に頑張るから!」


ルシアは言い切ったあと、はっとしたように視線を逸らす。


「べ、別に……」


声が急に小さくなる。


「アンタのために頑張るわけじゃなくて……」


「リィナちゃんのため、だから……」


だんだんと語尾が弱くなり、頬が赤く染まる。


そして、誤魔化すように声を張った。


「と、とにかく!!」


「そんなふうに自分を卑下しないで!」


「あたしと組みなさいっての!」


その瞬間。


フェンの表情が、ぱっと明るくなる。


「……うん」


「ありがとう」


心から嬉しそうに、笑った。


ルシアはその笑顔を見て、さらに顔を赤くし、思わず両手で顔を隠す。


「……もう……」


リビングに、少しだけ柔らかい空気が戻っていた。




部屋はすっかり静まり返っていた。


ルシアは、ふと目を覚ます。


「……ん」


喉が少し渇いて、身体を起こした拍子に、微かな灯りに気づいた。


リビング――

薄暗い中、テーブルの上だけがぼんやりと照らされている。


「……?」


そっと足を運び、覗き込むと。


そこには、まだ起きているフェンの姿があった。


椅子に座り、何かを真剣に見つめている。


「……フェン?」


小さく声をかける。


「何してるの?」


フェンは一瞬だけ驚いたように顔を上げ、それから肩をすくめた。


「起こしちゃった?」


「ごめん。ちょっと……ステータスのチェック」


ルシアは首を傾げる。


「ステータス?」


「うん」


フェンは指先を軽く動かしながら言う。


「SPが、八十五まで貯まっててさ」


「どう振り分けるのが一番いいか、考えてた」


「無駄にしたくないから」


「……そうなんだ」


ルシアはそれだけ言って、しばらくフェンの横顔を見る。


眠そうなのに、目だけは冴えている。


フェンは、ふとルシアの方を振り返った。


「ねえ、ルシア」


「実はさ……」


少しだけ、声の調子が変わる。


「すごいこと、思いついたんだ」


「だから――」


にっと、小さく笑った。


「楽しみにしててよ」


一瞬、ルシアは言葉を失った。


「……」


それから、ぐっと拳を握り、力強く頷く。


「……うん」


「じゃあ、あたしも言う」


フェンが目を瞬かせる。


「?」


ルシアは胸を張り、少し得意げに言った。


「あたしもね」


「いいこと、思いついたの」


「明日、楽しみにしてて!」


フェンはきょとんとした顔で首を傾げる。


「……?」


二人の視線が、静かなリビングで交差していた。





翌日。


朝の光が街路を照らす中、フェンの声がやけに響いた。


「えぇ!? ぼ、僕の装備を買ってくれるって……!?」


通りを歩く人たちが、思わずちらりと振り返る。


「うん、そうよ」


ルシアは平然とした顔で頷いた。


「いや、いいよ!」


フェンは慌てて両手を振る。


「申し訳ないし……お金はルシアが、好きなことに使いなよ」


その言葉に、ルシアはぴたりと足を止める。


「それが――」


はっきりと言った。


「これが、あたしの使いたいことなの!」


「ゴーレム戦のお礼も、まだちゃんとできてないし!」


フェンは、見るからに困った顔になる。


「……いや、その……」


「顔に出てるわよ」


ルシアはじっと睨んでから、ため息をついた。


「もう!!」


次の瞬間、フェンの腕を掴む。


「行くよ!」


「え、ちょっ――」


抵抗する間もなく、ぐいっと引っ張られた。



しばらくして。


装備店の前で、ルシアは満足そうに頷いた。


「よし」


フェンの手には、新しい装備が抱えられている。


冒険者のナイフ

攻撃力+5


冒険者の服

防御力+3


どれも派手ではないが、軽く、動きやすい作りだった。


「……えっと……」


フェンは装備を見下ろし、まだ状況を飲み込めていない様子だ。


ルシアは腕を組み、少し得意げに言う。


「あなたの武器、前からボロボロだったでしょ」


「ずっと気になってたの」


「これで、あたしの心もスッキリしたわ」


フェンは少し黙ってから、照れたように笑った。


「……ありがとう」


ルシアはふいっと顔を背ける。


「べ、別に……」


「さあ!」


話を切り替えるように、前を指さす。


「これで準備は整ったんだから」


「次は――二十階層よ」


フェンは新しいナイフの感触を確かめ、ゆっくりと頷いた。


「うん」


二人は並んで歩き出した。


           続く

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