嫌に決まってるだろ
翌朝。
私は意気揚々とギルドのカウンターに向かった。
昨夜の決意は揺らいでいない。ベッドから落ちてまで固めた覚悟だ。
今日からCランククエストに挑む。ソロで。誰にも頼らず。誰も信じず。
そう、私は一匹狼。群れない女。孤高のソロ魔法使い――。ふふふ。
掲示板に目を向けた。Cランクの依頼書はある。が、どれも「二人以上」の条件札がついている。ソロで受けられるものが、一枚もない。
……え? 貼り忘れかな。
「Cランクの依頼をください。ソロで受けられるやつで」
私はカウンターに肘をつき、キメ顔でオーダーした。孤高のソロプレイヤーとしての風格を漂わせたつもりだ。
だが、受付嬢は業務的な笑顔で即答した。
「申し訳ありません。現在、魔物の活性化に伴う規制強化により、Cランク以上の依頼はすべて『二人以上のパーティ必須』となっております」
「……へ?」
キメ顔が崩壊する。
いやいや、昨日まではソロで受けられるやつあったよな?
「じゃ、じゃあ、いつになったらソロで受けられるように……」
「申し訳ありません、時期は未定でして……」
私は膝から崩れ落ちた。
昨日あんなに決意したのに。ベッドから転げ落ちてまで「孤高」を誓ったのに。
案件がない。SE時代のデジャヴが蘇る。あの頃も「案件ないから待機ね」って言われて社内ニートになったことがあった。異世界でもそれは変わらないらしい。世界は厳しい。
私はとぼとぼとカウンターを離れ、ギルドの壁際で体育座りをしてうなだれる。
「……はぁ」
どうしよう。また地道にDランク依頼をこなすしかないのか。
そう思っていた時だった。ギルドの扉が開き、一人の女性が入ってきた。
シャンパンゴールドの長い髪。氷のように冷たい美貌。周囲の視線を一身に集める、圧倒的な存在感。
「げっ……」
思わず声が漏れた。
あのルミナリエルフだ。私を「無能」「雑草」「枯れかけ」と罵倒した、あの性格最悪のエルフ。
なんでこんなタイミングで現れるんだ。遭遇率が高い気がする。
彼女は私に気づいた様子もなく、まっすぐカウンターへ向かった。私は壁際に身を潜めながら、こっそり観察する。
「Aランクの依頼を。ソロで」
彼女の声は、相変わらず感情の読めない平坦なトーンだった。
受付嬢が困った顔をする。
「申し訳ありません、セリアンディエル様。現在、Aランク以上の依頼は二人以上のパーティが必須となっておりまして……」
「……は?」
彼女の眉がピクリと動いた。
おお、あの氷の女王様にも動揺というものがあるのか。
「魔物の活性化に伴う規制強化でして……」
「聞いてない」
「本日付で通達が……」
「Aランク程度なら一人で問題ないけど」
彼女の周囲の温度が、二度くらい下がった気がする。
「あの……これも規則で……本当に申し訳ありません」
受付嬢が怯えている。可哀想に。
私は内心でほくそ笑んだ。ざまあみろ。あの高飛車エルフも、私と同じ目に遭っている。
人……いや、エルフの不幸で飯が美味い。
その時、受付嬢がこちらをチラリと見た。そして、何かを思いついたような顔をする。
――嫌な予感がする。
「あの、セリアンディエル様」
受付嬢は恐る恐る、しかし希望に満ちた声で言った。
「失礼ですが……あちらにいらっしゃる魔法使いの方と、パーティを組まれてはいかがでしょうか?」
指差された先には、壁際で固まっている私。
ルミナリエルフがゆっくりとこちらを向いた。
目が合う。氷点下の視線が突き刺さる。
「嫌」
「まじ無理!」
私たちの声が、見事にハモった。
唯一の共通見解だ。
「な、なぜでしょうか……? お二人とも、パーティを必要とされているようですし……」
受付嬢が食い下がる。
私は壁から離れ、カウンターに近づいた。
「人間と組む気はない。……で、あなたは何? 『まじ無理』って」
ルミナリエルフの鋭い視線がこちらに向いた。
「え、普通に無理です。だってあんた性格悪いから」
「……は?」
「私のこと『低俗』とか『雑草』とか言ってきたじゃん」
「事実を言っただけでしょう」
「それを性格悪いって言うんだよ!」
「事実を認められないのは、あなたの知性の問題では?」
「うわ、今も性格悪い。そうやって人間を見下してるけど、こっちから見たらその長い耳の方がよっぽど変だからね?」
「……悪口のつもり? 命の恩人に向かって、恩知らずの雑草」
「『勝手に助かっただけ』って言ったのそっちでしょ! 恩着せがましいっ!」
「無能な短命種」
うわ、そうやってひとくくりにして見下してくる感じ。マジで腹立つ。
「バーカ!」
「……バーカ?」
私たちの言い争いに、周囲の冒険者たちがざわつき始める。
「ねぇねぇ♡」
場違いなほど明るい声が割り込んできた。
振り向くと、私と同じくらいの背丈の女の子が立っている。
くりくりした大きな瞳。ふわふわの栗色の髪。そして――額から生えた、小さな角。
……角? 一瞬、心臓が跳ねた。
「あなたが噂の地下牢の殺戮者?」
無邪気な笑顔で、とんでもないことを聞いてきた。
「は? え、ジェノサイダー?」
「地下牢から生きて出てきたって聞いたよ。何人埋めたの? すごーい♡」
もしかしてあの時の――。
あの酒場でのハッタリが、こんな形で広まっているとは。ギルドってすぐ噂話広がるんだな。
だからってジェノサイダーって……風評被害が甚大すぎる。自業自得とはいえ、ギルドの噂ネットワークを舐めていた。
「おい、ミルシェ。関わるな。その人は……」
背後から男の声。低く、制止するような響き。
振り向くと、長身のエルフの男と、小柄な女性が立っていた。
エルフの男は銀の短髪で、首元に見覚えのある青い石——魔導通信石が光っている。魔法協会の人間だ。その目が、明らかに私を警戒していた。
……まあ、そうだろうな。同じ魔法協会所属とはいえ、「ジェノサイダー」の噂が回ってるんだから。
隣の小柄な女性が、おろおろとエルフの男と私を交互に見ている。
「えー、でもフィル。噂なんて噂でしょ? 魔法使い増えた方が楽じゃん♡」
「ミルシェ。俺の話を——」
聞いていなかった。ミルシェと呼ばれた少女は、すでに私の周りをくるくると回っている。
エルフの男が額を押さえたのが、視界の端に見えた。
「ねぇねぇ、私たちのパーティに入らない? 明日Bランククエスト行こうって話なんだけど」
「……Bランク?」
「私のパーティにはBランクのフィルがいるから。一番高いランクの人に合わせて依頼受けられるし大丈夫♡ フィルが攻撃魔法で、リコが補助魔法で、私が遊撃担当ね」
「なるほど……」
一番高いランクの人に合わせて、か。知らなかった。ソロにとらわれすぎていた。もう少しギルドの定義を把握しておくべきだった。
ミルシェは私の腕に抱きついてきた。……初対面だよな? 距離感がバグっている。ちょっと怖い。ミナを思い出してしまう。
「報酬は山分けだけど、Bランクだよ? 今回のオーガロード討伐、金貨15枚♡」
金貨15枚。銀貨に換算すると1500枚。
ミルシェたちは現在3人。私が入って4人なら一人375枚。
Cランクソロで角熊を倒しても銀貨80枚なのに、その4〜5倍だ。しかもオーガロードに会うまでの魔物の討伐と角の回収でさらに報酬は上乗せ。
そもそもパーティなら私一人で全部やる必要がない。……もちろん相手はBランクの魔物だ。Cランクとは格が違う。でも、一人でCランクに突っ込むよりは、パーティでBランクの方がまだ生存率は高いはずだ。たぶん。
……効率が良すぎる。
でも……。
「ねぇ、その角って……」
私はミルシェの額を見た。
小さいけれど、確かに角が生えている。魔族の角に似ていなくもない。警戒心が頭をもたげる。
「あ、これ? 私、ティフリングなの」
ミルシェはあっけらかんと答えた。
「角のある亜人種族。珍しいでしょ? 自己紹介遅れたね、名前はミルシェ。Cランクだよ」
ティフリング。角のある亜人種族。聞いたことがある気がする。
……でも。一瞬、ラークとミナの笑顔がよぎった。あの二人だって、最初は「普通の冒険者」だった。
心臓がざわつく。……落ち着け。深呼吸。
フィルには魔導通信石がある。協会の審査は厳しい。この人は確実に魔族ではない。保険は一つはできた。
「私はリコ。妖精族。同じくCランクです」
小柄な女性が、ペコリと頭を下げた。
透き通るような薄緑の髪。背中に、小さくて薄い羽が揺れている。……妖精族か。
妖精族は魔力に敏感な種族で、補助魔法や回復魔法を得意とすると聞いたことがある。人間に擬態する魔族がいても妖精族に擬態する魔族がいるとはあまり考えにくい。……よし、チェック完了。
「それで、どう? 一緒に来ない? パーティで行った方がソロよりずっと安全だよ?」
ミルシェがキラキラした目で見上げてくる。
正直、まだ不安はある。また騙されるんじゃないかって。それに、フィルはさっき「関わるな」と言っていた。私が加わることを、あの人が認めるかも分からない。
でも……。私の視線は、自然とフィルの首元に向かった。魔導通信石――さっき確認した安全の証。チラリと目が合う。さっきほどの険しさはなかった。……ミルシェに押し切られただけかもしれないけど。
……うん、大丈夫。
「……セリアンディエル様」
フィルが意を決したように、ルミナリエルフに向かって頭を下げた。
「厚かましいお願いですが……よろしければ、私たちのパーティに加わっていただけませんか」
……え、正気か?
あのルミナリエルフを勧誘するの? さっき私と口喧嘩してた、あの?
案の定、ルミナリエルフの視線が氷点下に冷えた。
「お断り」
一瞬で切り捨てた。
だろうな。
フィルの表情が曇る。
「セリアンディエル様♡ でも一人じゃクエスト受けられないんですよね?」
ミルシェがケロッとした顔で食い下がった。この子、空気読めないのか、読んだ上でやってるのか。
ルミナリエルフが、一瞬だけ黙った。
……あれ。即答しない。さっきは「お断り」の一言で切り捨てたのに。
ルミナリエルフの目が、ミルシェに向いた。
「……あなた」
声が、低く響く。
「私の邪魔はしない?」
「? もちろん♡」
ミルシェは無邪気に笑っている。
ルミナリエルフの視線が、一瞬だけカウンター横の張り紙に向いた。
——二人以上のパーティ必須。長い沈黙の後、小さく息を吐いた。
「……分かった」
——は?
フィルが目を見開いた。ミルシェだけが「やったぁ♡」と喜んでいる。
いや待て。今「分かった」って言った?
「今受けられる中では一番マシ。……同行してあげる」
上から目線。相変わらずだ。
でも、このルミナリエルフが参加するなら――。
フィルの通信石と、魔族を見抜くルミナリエルフ。二重の保険が成立する。
……うん、悪くない。それに、報酬は魅力的だ。Bランククエストの報酬を五人で分けても、Cランクソロより稼げる、しかも強力な仲間であれば達成率もUP。
——ふと。ミルシェの言葉が頭をよぎる。一番高いランクの人に合わせて依頼が受けられる。あいつはAランク。
つまり——虚ろの迷宮も、制度上は――。すぐに打ち消した。今の私がAランク帯に足を踏み入れたら死ぬ。それに、自分の事情で他人を巻き込む権利はない。
「で? ユズリハちゃんは♡? 一緒に来てくれない♡?」
「……分かった」
私は意を決して言った。
ルミナリエルフがこちらを向く。その目が、信じられないものを見るように細められた。
「は? なんで人間なんかと組まないといけないの」
「先に誘われてたのこっちなんだが? なんでそんなこと言われなくちゃならないんだよ!」
「承諾したのはこっちが先。私と組むのは『まじ無理』、なんでしょ。なら断れば?」
「まじ無理だよ、嫌に決まってんだろ! 今からでもそっちが断れよ」
なんで私だけこういう形で差別されないといけないんだよ、胸糞悪いにもほどがある。
ルミナリエルフの目が険しくなる。
「……生意気な雑草」
「そっちこそ、高飛車バカエルフ」
「決まりってこと? やったぁ! 決まりだね!」
ミルシェが手を叩いて喜んだ。何をもって決まりって判断したの? 馬鹿なの?
私とセリアンディエルは、お互いを睨み合ったまま。
どう見ても険悪なのに、ミルシェは全く気にしていない。この子、メンタルが鋼鉄でできているのだろうか。
「じゃあ、受付で登録してくるね♡」
ミルシェがスキップしながらカウンターへ向かう。
私は深い溜息をついた。なんでこうなったんだろう。
ソロで地道にやっていくはずだったのに。気づけば、よく分からないパーティに放り込まれている。
「依頼は『翠緑の迷宮・オーガロード討伐』だ。Bランクでも上位の依頼だ。それゆえ3人では火力不足でな……。主力の戦力を増やしたかったんだ」
フィルが説明を始めた。
「ユズリハ、オーガは知っているか?」
「えっと……大型の類人猿系の魔物、ですよね? ガルムの上位種みたいな」
「同じ類人猿系だが、ガルムとは別物だ。ガルムは本能のまま暴れるだけだが、オーガには知能がある。武器を使い、罠を仕掛け、待ち伏せもしてくる」
本能で暴れるだけの相手とは訳が違う。それだけで脅威の質がまるで変わる。
「そして今回の相手、オーガロードはさらにその上だ。体長5メートル超。配下のオーガを統率している」
「統率……? 魔物なのに?」
「群れで狩りをする。ボスの指示に従って連携してくる」
5メートルの化け物が、手下を引き連れて組織的に襲ってくる。
想像しただけで胃が痛い。
「迷宮の中層に巣食っているらしいです」
リコが補足する。
「Bランクパーティでも油断できない相手だ。全員、気を引き締めてくれ」
Bランククエスト。ダンジョン攻略。オーガロード討伐。
私にとっては、すべてが初めての経験だ。正直、不安しかない。
「オーガロード……その程度?」
ルミナリエルフが退屈そうに呟いた。
その程度。体長5メートルの怪物を、「その程度」。
……この人の「普通」の基準、どこに設定されてるんだろう。
「セリアンディエル様であれば余裕かと思いますが、他のメンバーもいますので……」
フィルが苦笑しながら取りなす。……なんか大変そうだな、まとめ役。
でも。
チラリとルミナリエルフを見る。あの態度はむかつくけど、この人がいるなら、まあ、この依頼はなんとかなるだろう。そう思うことにした。
こうして、私の初めてのパーティクエストが決まった。
メンバーは五人。
魔法協会所属のエルフ、フィル。常識人っぽい。貴重。
妖精族の魔法使い、リコ。大人しそう……と思ったら、さっきからずっと迷宮の地図を逆さまに読んでいる。指摘したら「こっちの方が分かりやすいので」と真顔で返された。マイペースか。
角の生えた亜人種――ティフリングのミルシェ。距離感バグってる。要警戒。
冷血・高飛車・差別主義のルミナリエルフ。フルネームは長いので覚えてないが皆はセリアンディエル様って呼んでる。
そして、元囚人で殺人鬼(誤解)の魔法使い――私。
……改めて並べると、治安が悪い。
人間なのは私だけだが女子率80%。フィル視点だとハーレムパーティに見えなくもないが、誰一人として彼の言うことを聞きそうにない。
フィル、頑張れ。
「よろしくね、ユズリハちゃん♡」
ミルシェがにっこり笑う。
「……よろしくお願いします」
私は曖昧に頷いた。
まあ、とりあえずやってみるか。




