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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
冒険者ギルドレビュー

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24/32

初陣は涙雨

 ギルドでの騒動がひと段落した後、私は裏口でソロンと向き合っていた。

 まだ昼過ぎだが、今日のところは一旦解散だ。



「いいかアオイ。Cランクになったとはいえ、お主は実戦経験が皆無に等しい。まずは身の程を知れ。簡単な採取クエストか、Fランク相当の魔物討伐で体を慣らすのだ」



「はい、分かってます。……で、先生は一緒には来てくれないんですか? 最初のクエストくらい、保護者同伴でも良くないですか?」



 私が上目遣いで尋ねると、ソロンは呆れたように鼻を鳴らした。



「甘えるな。わたしはとうに冒険者は引退した身だ。それに、わたしがついて行ったところでお主のためにはならない」


「あー確かに……そうですよね……。じゃあ私とバディ組むのはどうです?」


「わたしの話を聞いておったのか??」


「ふぇぇ……」



 ソロンは「死ぬなよ」と短く言い残し、転移魔法でさっさと帰ってしまった。

 取り残された私は、改めて自分の服装を見下ろした。

 姉に借りた、あの「質の良いドレスコート」だ。繊細な刺繍が施された空色の生地は、王都の街並みには馴染むけれど、冒険者ギルドの中では浮きまくっている。足元も、スニーカー代わりに履いてきた歩きやすい革靴のままだ。

 武器もなければ、防具もない。唯一の武器は、ポケットの中のアルミ玉だけ。



「……地味だなぁ」



 ギルドから出てくる他の冒険者たちを見る。

 ミスリル銀でコーティングされた輝く鎧、巨大な戦斧、魔法で光る杖。全身から「私、プロです」というオーラが出ている。

 それに比べて私は、どう見ても「ピクニックに来た村の娘」だ。あるいは「護衛対象のNPC」。

 魔法使いなら、こう、バサッとしたローブとか、魔力を増幅するネックレスとか、もっと強そうなアイテムが欲しい。姉の服は確かに高級だが、それはステータスを盛るための装備であって、防御力や魔法攻撃力を上げるための「装備」じゃないのだ。

 形から入るタイプとしては、この初期装備の貧弱さはモチベーションに関わる。



「よし。まずは稼ごう。稼いで、装備を整えるんだ」



 私は決意を固め、ギルドの掲示板から一番簡単そうな依頼書を剥ぎ取った。

 『角ウサギの討伐および角の納品。推奨ランク:F~E』。

 角ウサギが出ると言われている場所を目指すため、王都の堅牢な正門をくぐり、一歩外へ踏み出す。



 そこには、これまで画面越しにしか見たことのない、圧倒的な「野生」が広がっていた。整備された石畳は途切れ、道なき道が続く。

 見上げるほど巨大な樹木が立ち並び、草木の匂いと、正体不明の生き物の鳴き声が混じり合っている。これ帰ってこられる……よな?

 一歩進むごとに、心臓の鼓動が速くなる。



「……落ち着け。先生に教わった防御魔法をまずは」



 私は小声で呟き、自分の周囲に薄い魔力の膜を張った。



 「物理障壁(フィジカル・シールド)」。ソロンに石を投げつけられながら覚えた防御魔法だ。持続時間は短いが、不意打ちの一撃くらいなら凌げる。

 このお守りがあるだけで、足の進み方が全然違った。



 その時、茂みがガサリと揺れた。

 現れたのは、額に一本の角を生やしたウサギ。ターゲットの『角ウサギ』だ。

 サイズは柴犬くらい。つぶらな赤い瞳に、ふわふわの毛並み。鼻をヒクヒクさせて草を食べている。案外簡単に見つかるものなんだな。

 正直、めちゃくちゃ可愛い。ペットショップにいたら即買いレベルだ。

 けれど、油断はできない。魔物はこちらを見つけると、理屈抜きで、かつ容赦なく襲いかかってくるもの。

 このウサギも、見た目に反して凶暴な「敵」だ。ひとたび目が合えば、あの鋭利な角を突き立てて突っ込んでくる。大人の足なんて簡単に貫通する破壊力だ。

 可愛かろうがなんだろうが、見つかる前に仕留めなければ、こちらの命が危うい。



「……やるしかない。相手は害獣。駆除対象……」



 私は自分に言い聞かせ、右手を向けた。

 可愛いからって躊躇してたら、こっちが風穴を開けられる。

 やるなら一瞬で。苦しまないように。ただ個体が小さいのでそこまで量を出さなくても仕留められるだろう。



羽虫の群れ(バグ・スウォーム)……」



 ブゥン……。

 私の呟きと共に、不快な低周波のような羽音が響く。

 指先から生まれたのは、米粒ほどの極小の火の玉。それらが空中で赤く明滅しながら、獲物をロックオンして旋回する。

 ウサギが異変に気づいて顔を上げた瞬間。



「行け」



 シュシュシュシュシュッ!!

 数百の火球が一斉に殺到した。逃げる暇などない。四方八方から、逃げ場を塞ぐように計算された軌道で、容赦なくウサギを包囲し、その柔らかい横っ腹を焦がし、削り、命を刈り取った。



「キュ――」



 悲鳴すら一瞬だった。

 ウサギはパタリと倒れ、痙攣し、動かなくなった。

 オーバーキルもいいところだ。私の魔法は、対象が「可愛い小動物」だろうが容赦なくプログラム通りに処理を実行する。

 静寂が戻った草原。

 私は恐る恐る近づき――その時、ふと違和感を覚えた。

 ポケットの中のアルミ玉が、かすかに熱を帯びている。無意識にそれを握りしめた瞬間、倒れたウサギの体に、何かが見えた気がした。淡く光る、文字のような……記号のような……。



「……?」



 目を凝らす。けれど、それは瞬きをした途端に消えてしまった。

 ……気のせいか。疲れてるのかな。私は首を傾げつつ、倒れたウサギの体をツンと指でつついた。

 ――温かい。



「ひいぃっ!?」



 指先に伝わる生々しい体温に、私は悲鳴を上げて飛び退いた。



「あ、あわわわわ……死んでる! 死んでるよぉぉ!」



 当たり前だ。私が殺したんだから。

 でも、ゲームの敵みたいにポリゴンになって消えてくれない! 死体が! そこに! ある!

 さっきまでモグモグ草食べてたのに!



「うあ゛あ゛あ゛あ゛! ごめんねウサギさん! ごめんねぇぇぇ!」



 私はその場に土下座し、ウサギの死体の前でわんわん泣き出した。あぁ、私動物が死ぬ系の映画とかまじで見られないタイプだった。



「あんなに可愛かったのに! もふもふだったのに! 私が……私が殺したぁぁ!」



 罪悪感がすごい。えげつない魔法でハチの巣にしておいて今更だが、メンタルが追いつかない。

 クエストには「角を納品すること」と書いてあった。

 つまり、この死体からナイフで角を切り取らなければならない。



「無理無理無理無理無理ぃぃぃ!!」



 想像しただけで吐きそうだ。

 血が出る。確実に血が出る。覚悟はしていたことだがいざ目の当たりにすると拒否反応が出る。

 私、SEだよ? ディスプレイ越しに文字打つのが仕事だよ? 解体作業なんて未履修科目だよ!



「私なんて……私なんて鬼だ悪魔だ……うっ、ぐすっ……」



 鼻水を垂らして号泣。

 昔、子供の頃、「なめくじに塩ふると溶けるんだよ~」と友達に言われ、私は好奇心から塩を振ってしまったことがある。あの時も同じように号泣したのを思い出す。もう一生なめくじに危害を加えないと誓ったあの夜。

 あぁ、これ、慣れるのかな……。



「……おい、大丈夫か?」



 不意に、後ろから声をかけられた。

 ビクッとして振り返ると、そこには二人の男女が立っていた。

 一人は、身の丈ほどの大剣を背負った赤茶色の髪の青年。二十代前半くらいだろうか。日焼けした肌が健康的で、いかにも頼れる兄貴分といった風情の戦士だ。

 もう一人は、その背中に隠れるようにしている、同じ髪色の少女。こちらは十代後半くらいに見える。胸元に聖印の刺繍が入った白い法衣を纏っている。これは神官――回復や浄化を専門とする後衛職だ。冒険者パーティには欠かせない存在だとソロンから聞いたことがある。

 二人は、上等なドレスを泥だらけにしてウサギの死体に土下座し、号泣する私を見て、なんとも言えない引きつった表情をしていた。ドン引きである。



「ひっ……み、見ないでください!」



 私が顔を覆って叫ぶと、青年は困ったように眉を下げ、ゆっくりと近づいてきた。



「あー、まあ落ち着けって。初めてか? 魔物狩りは」


「実は……はい……」


「俺たちも今日は角ウサギ狩りでな。数をこなして小銭稼ぎってやつだ。まさかこんな面白いもん見られるとは思わなかったけど」


「面白いって言わないで……」


「自分でやっといて泣くか……? 変わった魔法使いだな」



 普通なら関わり合いになりたくない案件だ。だが、青年はポンポンと私の背中を軽く叩いた。

 少女の方も近づいてきて、白いハンカチで私の泥だらけの顔を拭いてくれる。



「大丈夫ですか、お姉さん。……優しいんですね。魔物の命にも涙を流せるなんて」


「うぅ……あり……がとう……ございます」



 二人の優しさが、混乱した脳みそに染み渡る。

 こんな不審者ムーブをかましている私に、ここまで優しくしてくれるなんて。神か。

 涙を拭き、鼻をかんで少し落ち着いたところで、二人は改めて自己紹介してくれた。



「俺は剣士のラーク。こっちは妹で神官のミナだ」


「ユズリハです。……お見苦しいところを」


「気にするなって。……ん? その首飾り、魔法協会のか。ユズリハ、ランクは?」


「えっと……Cランクです」


「Cランク!? マジかよ。初心者かと思ったら、結構なもんじゃねぇか。……でもよ、そのメンタルでソロはきついぜ? もしよかったら、残りの依頼、俺たちと一緒にやらないか?」


「え?」


「俺がトドメを刺すし、角の回収も任せてくれ。ユズリハは後ろ援護してくれるだけで良い。……それなら、直接手を下す感触もなくて済むだろ?」



 ラークの提案は、今の私にとって救いだった。

 この温かい死体にナイフを入れる作業を代わってくれるなら、悪魔に魂を売ってもいい気分だった。



「……お願いします。角の回収、ぜひお願いしたい……」



 こうして、私はラークとミナと即席パーティを組むことになった。

 彼らのサポートは完璧だった。

 ラークがウサギを引きつけ、私が「羽虫の群れ(バグ・スウォーム)」で削る。ミナは後方から回復魔法の準備をしつつ、私たちの死角を警戒してくれていた。トドメと解体作業は全てラークが手際よく引き受けてくれる。

 私が「うっ、可哀想……」と顔を背けている間に、ミナが「よしよし」と背中をさすってくれる。

 至れり尽くせりだ。パーティを組んだ方が生存率が上がるということにも納得。

 おかげで、私は手を汚すことなく(魔法では汚しているが)、精神的な平穏を保ったままクエストを終えることができた。



 夕方。ギルド併設の酒場。

 私たちは報酬を受け取ったその足で、祝杯をあげていた。初任給である。



「かんぱーい!!」



 ジョッキがぶつかり合う。労働と号泣の後の麦酒(エール)は格別だ。ミナだけは果実水だ。この国でも未成年の飲酒はダメらしい。



「いやー、今日は助かったぜ。ユズリハの魔法、個性的ですごかったよ。あんなに正確に狙える魔法使い、初めて見た。Cランクは伊達じゃねぇな。なぁミナ」


「うん! お兄ちゃん、今日は本当にいい日だね」


「私こそ。二人がいなかったら、ウサギの死体の前で日が暮れるまで泣いてたと思います」


「お姉さんの魔法、虫みたいでとっても不思議でした! 何か称号とかあったりするんですか?」


「…………蟲使い」



 あぁ、これ聞かれる度に名乗らないといけないのか、きっつ。



「蟲使いさん! ふふ、魔法はあんなに強いのに中身は泣き虫さんなんて、面白い人ですね」


「その称号で呼ぶのやめて?」



 ミナが果実水を飲みながら、ニコリと微笑んだ。

 なんていい子なんだろう。私の情緒不安定すら「面白い」と受け入れてくれるなんて。



「なぁユズリハ。お前さん、特定のパーティには入ってねぇんだよな?」



 少し酔いが回ってきたのか、ラークが身を乗り出してきた。



「ええ、まあ。ギルドには今日登録したばかりですし」


「そうか。……ならさ、俺たちと組まねぇか?」


「え?」


「実は俺たち、次はもっとデカい獲物を狙おうと思ってるんだ。ギルダロウの森に『ガルム』が出たらしい。報酬は金貨五枚だ」



 ガルム。

 背筋が冷たくなった。

 Cランク上位の魔物。異世界の巨大類人猿をベースにした魔物で、後ろ足で立てば三メートルを超える。異常に発達した腕で人間を軽々と引きちぎる怪力の持ち主。知能は低いが、その分本能のままに暴れ回る。下手な攻撃は効かず、返り討ちにされた冒険者は数知れない——ソロンから聞いた情報が頭をよぎる。

 角ウサギですら泣いていた私が、そんな化け物と?

 無理だ。絶対無理。身の程を知れとソロンにも言われたばかりじゃないか。



「……でも、金貨五枚か」



 正直、心が揺れる。

 それだけあれば、まともな装備が買える。いつまでも姉のドレスで冒険するわけにもいかない。

 それに——今日一緒に戦ってみて分かった。ラークの剣捌きは確かだし、ミナの援護も的確だった。私一人じゃ絶対に無理でも、この二人となら、もしかしたら……。



「俺たちだけじゃ火力が足りなくてな。ほら、Cランクの魔法使いがパーティにいれば依頼もすんなり受けられるだろうし。どうしても『決め手』になる魔法使いが必要なんだ。今日見てて確信したよ、ユズリハなら背中を任せられるって」


「報酬はどうするんですか? 三等分?」


「いや、ユズリハに多めに渡すつもりだ。火力担当が一番重要だからな。俺たちは二割ずつ、お前さんは六割でどうだ?」


「え、そんなに? いいんですか?」


「いいんだよ。魔法使いの相場ってそんなもんだ。むしろ、俺たちの方が助けてもらう側だしな」


「ウサギ殺して号泣してた私が……?」


「そうだな。まあ泣いてたけど、こういうのって慣れなんじゃねーか?」


「解体できなくて土下座してた私が……?」


「うん、してたな」


「それでも背中任せられるんですか!?」


「魔法は強いからな!」



 ラークが親指を立てた。

 なんという大雑把な判断基準。



「お姉さん……一緒に行ってくれませんか? 私、お姉さんともっとお話したいです」



 今日会ったばかりなのに、まるで昔からの友人のように接してくる。人懐っこい子だ。

 酒と疲労で頭がぽかぽかする。今日のチームワークはとても良かったし、報酬も悪くない。何より、一人じゃないって、こんなに心強いんだな。

 私にこの提案を断る理由はなかった。



「……はい。私でよければ、ぜひ」


「本当か! やったなミナ!」


「ふふ、嬉しい……! よろしくね、お姉さん」



 二人の満面の笑みを見て、とても嬉しい気持ちになった。

 一人ぼっちの冒険者生活に不安を感じていたけれど、これならやっていけそうだ。縁というものは大事にしていこう。

 私は差し出されたラークの大きな手と、ミナの小さな手を、力強く握り返した。

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