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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
魔法協会試験編

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20/33

アウェイの試験

 受付カウンターに到着した私は、まず入り口で警備兵に止められた。



「身分証の提示を。出生証明書、または所属自治体の長の推薦状をお願いします」



 警備兵の鋭い視線に、私は冷や汗をかいた。

 来た。予想通りだ。魔法協会は、魔族という「対人殺戮兵器」と戦うための組織だ。スパイが紛れ込むのを防ぐため、セキュリティは空港の入国審査並みに厳しいと聞いていた。

 当然、異世界転移者である私にそんな書類はない。



「えっと……」


「ないのですか? ならば退去を」


「待て」



 すかさず、私の背後からソロンが低い声で割って入った。



「この者はわたしの直弟子だ。身元はわたしが保証する」


「そ、ソロン様!?」



 警備兵が仰天して直立不動になる。

 本来なら絶対に許されない特例措置。だが、この世界最強の賢者の「保証人」としての信用度は、国王の署名にも匹敵する。

 万が一私がスパイなら、ソロンも同罪として処罰される――そんな重すぎる責任を背負ってくれているのだ。



「し、しかし規則では……一応、ゲートチェックだけは受けていただきます!」



 警備兵が指差したのは、受付の奥に設置された、青白く光るアーチ状のゲートだった。

 『対魔族結界』。魔族特有の瘴気や穢れを持つ者が通ると、警報と共に強力な聖属性の電流が流れる仕組みらしい。

 私はごくりと唾を飲み込み、ゲートをくぐる。

 ……何も起きない。セーフだ。異世界でもちゃんと人間。人間でよかった。

 その後、ソロンの署名入り推薦状を見た受付嬢が悲鳴を上げ、奥から支部長クラスの髭を生やした男性がすっ飛んできて、私はVIP待遇で試験会場へと通された。

 案内されたのは、ドーム状の天井を持つ広大な試験会場だった。

 観客席のような場所には、協会の審査員たちがずらりと並び、鋭い視線を送っている。その最上段の特別席には、招待されたソロンが腕組みをして座っているのが見えた。

 ソロンの数席隣に、もう一人。黒髪を束ねた長耳の男性エルフが、手元の書類に目を落としている。協会の幹部だろうか。穏やかな佇まいだが、時折ちらりと会場を見渡すその目は、どこか鋭い。



「これより、第128回魔法協会認定試験を開始する!」



 試験官のよく通る声が響き渡る。

 受験者は私を含めて二十名ほど。周りは見るからに「幼い頃から英才教育を受けました」といった風情の若き貴族や、エリート魔導士の卵ばかりだ。たった二十名。だが、この世界で「魔法使い」になることの重みを考えれば、これでも多いくらいだ。

 年齢層は十代後半から二十代前半が中心。この世界では、魔法の才能は若いうちから叩き込むのが常識らしい。魔法歴たった数ヶ月のアラサーが混じっている時点で、色々とおかしい。

 きらびやかなローブや由緒正しき装備に身を包んだエリート集団の中で、魔法使いの正装を完全に無視した「よそ行きのお嬢様」然とした格好で、ガラの悪くポケットに手を突っ込んでいるのは私一人。

 姉の服の質が良いせいで、余計に「会場を間違えた令嬢」にしか見えない。完全にアウェイだ。




「受験番号7番、ユズリハ……アオ……イ?」



 試験官が私の名前を呼び上げる際、妙な間が空いた。



「は、はい!」


「ア、アウィ? アゥイ?」



 試験官が舌を噛みそうになっている。

 この世界の言語体系には「AOI」という母音の連続があまりない。ここに来た当初、ソロンや義兄のエイランさんも私の名前を呼ぶたびに言いづらそうにしていたっけ。最近はようやく綺麗に呼んでくれるようになったが、初対面の人にはハードルが高いようだ。



「……アウェイ。ソロン様が推薦したとて、試験で優遇したりなどしないからな」


「分かってますよ。……てかアオイなんですけど」


「前へ出ろ!」


「聞いてる??」



 アウェイ呼ばわりされたまま中央へ進み出た。いや、確かに色んな意味でアウェイだけどさ。名前も、格好も、経歴も、全部場違いなのは認めるけどさ。

 まずは一次試験、『魔力測定』だ。目の前には、大人の頭ほどもある巨大な透明な水晶が置かれている。これに手を触れ、魔力を流し込むことで、その魔導士の「器の大きさ(魔力総量)」と「出力の強さ」を数値化するらしい。

 ここでの作戦は決まっている。

 『アルミ玉は使うな』だ。

 あれを使えば、測定器がキャパオーバーで爆発し、試験終了だ。ここではあくまで「ソロンの弟子として恥ずかしくない程度」の実力を見せればいい。



 私は右手をかざした。親指には、ソロンから借りた『循環の指輪』がはまっている。左手はポケットの中。アルミ玉に触れないよう、拳を握り込む。万が一、水晶があの触媒に反応でもしたら――考えたくもない。

 外野からはミスリルを使うなんてチートだろ、という声も聞こえたが、そんなの知るか。使えるものは使うんだよ。

 深呼吸。

 特訓で拡張された体内の回路を意識し、腹の底から魔力を汲み上げる。

 ブゥン……。

 水晶が、青白く、安定した光を放ち始めた。

 眩しすぎず、暗すぎず。揺らぎのない、綺麗な光だ。



「ふむ……」



 試験官が手元のバインダーにペンを走らせる。



「魔力総量、並。出力、中の上。指輪の力があるとはいえ……制御は非常に安定しているな」



 周囲の受験生たちから、「なんだ、普通か」「伝説のソロン様の推薦というから警戒したが、大したことはないな」という安堵の囁きが漏れた。

 しめしめ、計算通りだ。

 私の素のスペックは凡人だ。だが、ソロンの特訓と指輪のおかげで「基礎が異常にしっかりした凡人」くらいにはなれている。



「一次試験終了。基準値に満たなかった者は、これにて退場とする」



 事務的な通告と共に、受験者二十名のうち、五名ほどが肩を落として会場を後にした。

 泣き崩れる令嬢や、「嘘だ、家の測定器では出たんだ!」と往生際悪く叫んで警備員につまみ出されていく貴族の坊ちゃんもいる。

 世知辛い。魔法の世界も、結局は数字が全てのシビアな社会なのだ。

 私は運良く(というか対策通り)残った十五名の中に踏みとどまった。一次試験は、無難にクリアだ。



「続いて、二次試験『実技』に移る!」



 会場の空気が変わった。ここからが本番だ。

 試験の内容はシンプル。会場の端に設置された「魔法障壁を張った石のゴーレム」に対し、得意な魔法を放つこと。

 その威力、技術、独創性を審査員が採点する。

 二次試験が始まると、受験者たちが次々と自慢のオリジナル魔法を披露していった。



 最初に出た赤髪の青年は、両手から放った炎を鞭のように操り、ゴーレムの周囲を螺旋状に巡らせて締め上げる『紅蓮の鞭』を見せた。力押しではなく、炎に「形」を与えて操る技術。なかなかの芸当だ。

 ……ただ、ソースコードが丸見えというか、構造が素直すぎる。炎の軌道パターンが単調で、動く相手には空振りしそうだ。

 続いて、眼鏡をかけた女性魔導士が、氷の槍を五本同時に生成し、それぞれ異なる角度から時間差で着弾させる『氷晶五連』を放った。精密な制御が光る、秀才タイプの魔法だ。

 こっちはいい。五本の槍がそれぞれ独立した軌道を持ち、着弾タイミングもずらしてある。並列処理の概念を、感覚的に掴んでいる。惜しいのは五本が上限ということだ。もしこれが五十本、五百本になれば――いや、普通はならないか。私が異常なだけだ。

 背の高い少年は、地面から石柱を次々と隆起させてゴーレムを包囲する『岩牢陣』。防御と攻撃を兼ねた堅実な構成。手堅い。面白みはないが、実戦向きだ。

 皆、それぞれに工夫を凝らしている。「オリジナル」の名に恥じない、個性的な魔法の数々だ。

 そして、私の前の受験生――金髪の巻き毛がいかにも自信ありげな青年が進み出た。

 彼は華美な指輪を掲げ、長い詠唱を始めた。



「偉大なる炎の精霊よ、我が呼びかけに応え、その猛き力を……(中略)……敵を焼き尽くせ! 『グラン・フレア』!!」



 ドォォォン!!

 巨大な火柱がゴーレムを包み込む――だけではなかった。

 炎が生き物のように蠢き、ゴーレムの全身を舐め回すように纏わりついている。ただの炎ではなく「意志を持った炎」として操る高等技術だ。

 熱風が観客席まで届き、審査員たちが「おお」と感嘆の声を上げた。ゴーレムの表面が赤熱し、装甲の一部が溶け落ちている。

 青年はドヤ顔で振り返り、私に勝ち誇ったような視線を投げてきた。



 ……なるほど。これがこの世界の「優等生」の魔法か。

 確かに威力はすごい。一発の火力は高い。

 でも――詠唱が長すぎる。準備動作に入ってから発動まで二十秒はかかっていた。今は動かないし攻撃をしてこない相手に攻撃を放っているが、実戦ならそうはいかない。おそらくこの詠唱時間の間に三回は死んでいる。

 ……人のことは言えない。私だって最初は同じだった。

 アルミ玉の力に任せて巨大な火球をぶっ放して、ソロンに「遅い」と背後を取られた苦い記憶が蘇る。

 システムで言えば、処理は重いし、読み込みも遅い。トップページを開くだけで数分かかる、デザインだけ凝った激重サイトみたいな魔法だ。あの時の私も、まさにこれだった。

 だからこそ分かる。ああいう「一発屋」は、本番では脆い。



「次、ユズリハ!」



 とうとうこの試験官は私の名前である「アオイ」を呼ぶことを完全に諦めたらしい。……諦めるなよ。

 私はポケットの中で、ひんやりとしたアルミ玉を強く握りしめた。

 指輪だけの時とは違う。握った瞬間、全身の回路が「ガチッ」と音を立てて繋がる感覚。

 大気中の魔力が、掃除機に吸い込まれるように私のもとへ集まってくる。背筋がゾクゾクする。これが、私のフルスペック。



 私はゴーレムの前に立った。

 審査員たちが「ポケットに手を突っ込んだままでいやがる」、「舐めているのか」とざわつく。

 特別席のソロンだけが、まるで悪戯が成功する直前の子供のように、口元を歪めてニヤリと笑っているのが見えた。



 心臓が早鐘を打っている。

 ここまで来るのに、どれだけ練習したか。どれだけソロンに怒鳴られたか。

 ――見せてあげましょう。

 こちらの世界の「常識」にはない、異界の論理を。私は右手を前に突き出した。

 長い詠唱はいらない。イメージの構築だけでいい。変数を定義。対象、あのゴーレム。

 属性、火。

 威力、極小。

 その代わり――ループ回数は「無限」。

 脳内でエンターキーを叩く。



羽虫の群れ(バグ・スウォーム)



 静かな呟きと共に、私の周囲の空間が歪んだ。

 ブゥン、という低い羽音のような音が響く。現れたのは、さっきの青年の派手な火柱とは対照的な、指先ほどの小さな火の玉。

 だが、その数が異常だった。百、二百、五百、千――。瞬く間に会場を埋め尽くした「火の羽虫」たちが、赤く明滅しながら私の周りを旋回する。

 会場が静まり返った。派手さへの驚きではない。「なんか気持ち悪いものが出た」という純粋なドン引きだ。



 大丈夫。何百回と練習した。私の虫たちは、ちゃんと仕事をしてくれる。



「――行け」



 短く命じる。

 瞬間、千の火球が一斉にゴーレムへ殺到した。



 シュシュシュシュシュシュッ!!

 ジジジジジジジジッ!!



 爆発音ではない。何かを高速で削り取るような、不快で恐ろしい音。一発の威力は低い。障壁に当たっても弾かれるだけだ。

 だが、弾かれた火球は消えない。プログラム通りに空中で軌道を変え、障壁の裏側へ、関節の隙間へ、装甲の薄い部分へと、執拗に食らいついていく。一秒間に数百発の連打。

 ゴーレムの障壁が、悲鳴を上げて軋む。



「な、なんだあの動きは!?」


「魔法が生きているみたいだ……!」


「うわっ、こっち来た!? いや、戻った……気色悪ッ!!」



 審査員たちが立ち上がる。生理的な嫌悪感と恐怖がないまぜになった反応だ。

 次の瞬間、飽和攻撃に耐えきれなくなった障壁がパリーンと砕け散った。そこからは一方的な蹂躙じゅうりんだった。

 裸になったゴーレムに、残りの火球が群がる。まるで砂糖に群がる蟻のように、あるいは獲物を食い尽くすピラニアのように。石の体が削られ、穿たれ、内側から食い破られていく。

 数秒後。

 私が手を下ろして魔法を解除すると、そこにはゴーレムだったものの残骸――砂利の山だけが残されていた。爆発で吹き飛ばしたのではない。



 完全に「削りきった」のだ。



 シン……と、会場が静まり返る。

 さっきの金髪の青年が、口をパクパクさせて震えていた。審査員たちは顔を引きつらせて絶句している。

 私はポケットに手を突っ込んだまま、審査員席に向かってぺこりと頭を下げた。



「以上です」



 沈黙。

 やがて、特別席からソロンの楽しそうな笑い声が響いた。それを合図にしたかのように、審査員席がざわめき始める。



「な……あれだけの火球を、全て独立制御していたのか……?」


「ソロン様の弟子というのは、伊達ではないということか」



 どうやら、ドン引きはされたが、技術的には認めてもらえたらしい。

 ふと、特別席に目をやる。ソロンの数席隣に座っていた黒髪のエルフが、先ほどまでの穏やかな表情を消していた。身を乗り出すようにして、じっと私を見つめている。

 私は視線を外し、受験者の列に戻った。ポケットの中で、アルミ玉がほんのりと熱を帯びている気がした。

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