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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
魔法協会試験編

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蛇口を絞る

 なんだかんだで、私はチートアイテムを手に入れてしまった。

 その名も「アルミ玉」。



 この世界では幻の金属とされる「ミスリル銀」と同等、いやそれ以上の魔力伝導率を誇る、純度99.9%以上の金属塊。

 それが、まさか日本のスーパーマーケットの日用品コーナーで売られていたなんて。こちらの世界の鍛冶師や錬金術師たちが聞いたら、泡を吹いて卒倒するに違いない。

 日本の科学力と経済流通、そして大量生産技術恐るべし。人生、何が幸運になるか分からないものだ。ありがとう、某大手アルミ箔メーカー。ありがとう、動画サイトの変な流行り。まさかあの「アルミホイル叩いてみた」動画を深夜テンションで真似した結果が、異世界での生存戦略になるとは。人生何が役立つか分からない。ありがとう、ヒカ〇ン。足を向けて寝られない。



「……ふむ。本来なら、このような安易な力に頼ることは良しとせんのだが」



 ソロンは、私の手にある鈍く光る銀色の玉を、なんとも言えない複雑な顔で見つめていた。

 無理もない。さっき魔力測定の水晶にこの玉を近づけた時、測定器が「キィィン!」と悲鳴のような高音を上げて発光し、危うく破裂しそうになったのだから。あの時のソロンの目が点になっていた光景は、一生忘れないだろう。

 危険物として没収されるかと思い、私は玉をそっと背中に隠した。



「だ、ダメですよ。これ私の私物ですし……ね? これ、私の実家の家宝なんです! 曾祖父の代から受け継がれてきた由緒正しき……」


「お主、さっき『自分で作った』と言っておったではないか」


「あっ」


「設定を盛るならせめて矛盾のないようにしろ」


「すみません……」


「……分かっておる。取り上げたりはせん」



 ソロンは苦笑して首を振った。



「道具もまた、使い手の一部だ。偶然であれ何であれ、それを手元に引き寄せたのもまた、お主の『運』という実力のうちだろう。それに……」



 彼は口の端をニヤリと吊り上げた。



「その地球とやらには安価な値段で売られている球体が、我々が血眼になって探すミスリル銀よりも高性能だという事実は、皮肉が効いていて嫌いではない」



 こうして、私は師匠公認で「アルミ玉」の使用を許可された。



「でも先生、変じゃないですか? これ、日本にいた時も握っていたのに、一度も魔法なんて使えなかった。ただの冷たい金属でしたよ。なんでここに来て今更……」


「それは考えれば分かることだ」



 ソロンはアルミ玉を指差し、もっともらしい顔で頷いた。



「お主は言ったな。その金属は『百円』という、子供の小遣い程度の価値で山積みにされていたと」


「はい」


「それが答えだ。もしお主の世界に、この世界と同じような『魔力』が大気に満ちていたとしたらどうなる?」



 ソロンは実験室の棚から小さな魔石を取り出し、アルミ玉に近づけた。バチバチッと静電気が弾けるような音がする。



「見ての通り、この金属は魔力に対して過敏に反応する。もし大気中に魔力がある世界なら、店に並べた瞬間に共鳴し合い、高熱を発したり発光したりして、売り物どころではなくなるはずだ」


「あ……」


「つまり、それがただの『料理道具』として安全に安価で流通していること自体が、お主のいた世界には魔力が微塵も存在しないという証明なのだ。大気が空っぽだからこそ、その最強の伝導体は沈黙していられたのだ」


「なるほど……」



 SE的に解釈すればこういうことか。

 地球は「魔力というWi-Fi電波」が飛んでいない完全な圏外エリア。

 そこでいくら最新の高性能スマホ(アルミ玉)を振り回しても、電波がないから通信はできないし、バッテリーも食わないから熱も持たない。

 けれど、ここアルテシア王国は、魔力の電波がビンビンに飛んでいる超高密度通信エリア。

 だからこそ、このアルミ玉は本来の性能――大気中の魔力をかき集める「超高感度アンテナ」兼「超伝導ケーブル」としての機能をフルに発揮し、周囲の魔力を勝手に拾って爆発させたわけだ。



 あの「Black Magic」という本には、『この書自体に微量の力が封じられており……』という記述があった。

 つまり、あの本は単なるマニュアルではなく、魔力という「予備バッテリー」を内蔵したモバイルルーターだったんだ。

 本来ならマッチの火程度の出力しかなかったはずの微弱な電波を、ポケットに入っていたこのアルミ玉が無理やりキャッチし、抵抗ゼロで回線を直結させてしまった。

 だとすれば、適性ゼロの姉が転移できた理由も説明がつく。



 理屈は分かった。だが、制御は別問題だ。最初にアルミ玉を握りながら魔法を使った時に実証済みだが、出力の桁が違う。

 今まで蛇口からポタポタと滴る水のようにしか練れなかった私の貧弱な魔力が、この玉を通すことで、ダムの放流か高圧洗浄機のようにドバドバと噴き出すのだ。



 親指には相変わらず循環の指輪をはめたまま、もう片方の手でアルミ玉を握る。指輪だけでも魔力の流れは良くなっていたが、アルミ玉を併用すると桁が違う。補助輪付き自転車から、いきなりスポーツカーに乗り換えた感覚だ。



 改めてソロンの厳重な結界の中でアルミ玉を身に着けて魔法を使った時、あまりにも魔力が溢れすぎて逆に制御できず、手元の小さな薪に着火しようとしただけで、周囲三メートルを火の海にした。

 慌ててソロンが鎮火してくれたが、その際「火を消すついでに、お主も消火(物理)してやろうか」と真顔で言われた恐怖は忘れたい。



 そこからは、暴走する出力との戦いだった。

 ただ念じるだけでは、魔力が全開で垂れ流しになってしまう。

 私は脳内でイメージを必死に書き換えた。感覚に頼るな。もっと物理的な「仕組み」として捉えるんだ。

 イメージしたのは、全開になった水道の蛇口。それを、錆びついたハンドルを回すように、ギチギチと閉めていく。あるいは、決壊しそうなダムの放流ゲートを、水圧に逆らってミリ単位で閉じていく感覚だ。



「もっと絞れ! 糸を通すように繊細にだ!」


「やってます……っ! でも、油断すると勝手に溢れて……!」



 アルミ玉は周囲の魔力を勝手に呼び寄せ、無遠慮に流し込もうとする。その濁流を、精神力という名のバルブで必死に遮断する。

 額から脂汗が吹き出し、指先が震える。

 出力100%で暴れ回る怪物を、無理やり首輪で抑え込んで、1%の力で「お座り」をさせる作業。それは魔法の特訓というより、暴走寸前の爆弾を震える手で解体しているような緊張感だった。

 しかし、一度その「バルブの閉め方」のコツさえ身体で覚えてしまえば、あとは早かった。



 アルミ玉という最強の外部回路を手懐けたおかげで、基礎魔法の習得スピードは爆上がりした。火も水も風も氷も、並の威力なら簡単に出せるようになった。いや、簡単に出過ぎてしまうので、「いかに弱く出すか」という微調整に死ぬほど苦労したくらいだ。



 努力って何……? 才能って何……?

 時折、そんな虚無感に襲われることもある。本来なら数年かけて練り上げる魔力を、アイテム一つと小手先のイメージ操作でショートカットしてしまった罪悪感。

 だが、背に腹は代えられない。私は時間がないのだ。悠長に修行僧のような生活を送っている暇はない。

 使えるものは裏技チートでも使う。

 それが凡人である私の、唯一の生存戦略だ。



「よし。基礎は十分だ」



 ある日の特訓中、ソロンが腕を組んで言った。

 この数週間で叩き込まれたのは、ただ漫然と的を撃つだけの攻撃魔法ではない。

 自身の身を守る『シールド』の展開や、魔力の探知、そして緊急時の回避行動。これらは全て、この世界で生き残るための実戦技術だ。



「いいか、アオイ。お主がこれから相対するのは、ルールを守る人間ではない。人を殺し、蹂躙することを本能とする魔物や、狡猾な魔族だ。奴らは待ってはくれんぞ」


「うへぇ……おっかないですね」



 私は身震いするふりをして見せたが、正直なところ、まだ実感は湧いていなかった。

 魔物や魔族。

 ファンタジー映画やゲームで見たような、オークやゴブリン、スライムといったモンスターを想像していたが、この世界の魔物は違うらしい。狼、蜥蜴とかげ、熊、蛇、地球には存在しない様々な生き物など――実在する動物がベースになっており、共通して「角」を持つのが特徴だという。

 元の世界に帰る手がかりを探すためにも、私は冒険者として名を上げ、危険な場所にも足を踏み入れなければならない。そのためには、それら「敵対的モブ」を倒す必要があることは理解していた。

 まあ、怖いことは怖いが、私にはこの最強のアルミ玉がある。

 遠くからドカンと魔法を撃って、近づかれる前に倒してしまえばいい。いわゆる「ヌルゲー」ってやつだ。そんな安直な考えが、心のどこかにあった。



 特に防御魔法の特訓は、ソロンが容赦なく放つ石礫を防ぐというスパルタ方式で体に覚えさせられた。最初は悲鳴を上げて逃げ惑っていたが、今では飛んでくる虫にすら反射的にバリアを張れるようになった。おかげで、不意に飛んできたハエをバリアで弾き飛ばし、近くにいたソロン先生の鼻の頭に直撃させたときは、まあさすがに終わったと思ったが……まあ生きてるってことでオールOK☆。

 今やアルミ玉の過剰な出力のおかげで、私の障壁は「薄いガラス」のような貧弱なものではなく、戦車の装甲並みの強度を誇る「見えない防弾ガラス」になっている。これならドラゴンに踏まれても耐えられるかもしれない。



「教科書通りの魔法などは、魔力を持つものであれば簡単に扱えるものだ。Fランククラスの冒険者でも魔力がある者は『火種』くらいは出せる。だが、それでは『協会』の認定試験で審査員の度肝を抜くことはできん」



 ソロンの目が鋭く光る。

 そして、ふと真剣な表情で私を見据えた。いつもの皮肉めいた笑みはない。

 その雰囲気に、私は少しだけ背筋を正した。



「……アオイよ。次の段階に進む前に、一つ問わねばならん」


「え、はい。なんです?」



 ソロンは神妙な面持ちで口を開いた。

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