錆びれた男の冒険記
灰被れのフードに、傷だらけのポンチョ、そして擦り減ったり綻びだらけのインナーに。
ぱっと見でも異常と目に映る中年のやせ細った男が、冒険家ギルドに入る。
「今日も、やたらと騒がしいみたいだな」
「へっ、繁盛してると言ってくれよ、バンガー!」
「そうだな……ところで」
ギルドに入った途端に声交わした者、受付担当の男にと目を合わす。
「な、なんだよ」
「……だから、今日も|任務≪・・≫は来ているのか?」
「依頼は腐るほどあるのだが、任務は今のところはこれだけだな」
そういわれて受付テーブル下から探り出したのは、一枚の紙だ。
「……」
「気に食わないか?」
用紙を見つめて無言の俺を見て思ったのか、「バンガーらしくもない」などと言ってくる。
ぬかせ、お前と俺との関係はたったのそれだけだ。
「それで? 受けるのか?」
「あぁ、受けるとも……それに、この任務が一番確信に近そうでな」
「……ま、そんなことは一介の受付には関係のないことだからな」
そういうと、任務書を懐に押し入れた俺をしっしと手を追い払うように振り「帰って来いよ」なんて言ってくる。
……今日も今日とて、最低限をくぐるだけだからな。
「平気だよ。必ず、しぶとく、執拗に生き残る。そんな俺だからな」
それだけ言い残せば、誰に気づかれる間もなく、ギルドを去った。
生い茂る森の中、日差しが怪しげに差し込む、正午前。任務所を片手に散策を繰り返していた。
「指定位置はこの近くのはずなのだが……中々見つからねぇ」
思わず舌打ちを繰り出すのを堪え、任務所に再度目を通した。
――緊急任務――
難易度・SS
情報・不明
遺跡種類・迷宮廊宮
シンジュの森にて不明の遺跡の発見したために、ここに任務を開放する。
仮名・シンジュの廊宮の内部調査、および真理の採取。
死神と魔人の残り香があり、列血魔人の存在の可能性あり。
注意されたし。
……この森のどこかにあることは間違いないのだが。
「やっぱり見つからないな……」
さすがに疲れてきた。
もちろん、体の疲労ではなく、心労的疲労だ。
ここまで呼応題な森の中を、たった一人で散策するというのは、とてつもなく疲れる。
それも、いつ、どこで魔物や魔人が現れるのかもわからない状態だ。
「……少しネガティブだな。休憩をはさむか」
一息、ゆっくりと吐き捨てれば、近くにあった切株に腰を下ろした。
それだけで体は休まり、穏やかな自然の音が俺の体を包んでくれる。
「列血魔人が発生しており、死神と魔人の残り香もあるということだけれども、その予感すらもなく……」
となれば、考えられるのならば……。
「深くかんがえてなければ、非常に面倒くさいことになりそうだな……」
そう。
――すでに列血魔人の手中にあるということで。
…………。
勢いよく腰から剣を抜刀し、背後の虚空へと突き立てた。
そこに感触はなく。だが薄い布切れが落ちた。
たったのそれだけで、確信した。
「そうだろう? 分血魔人」
「くっくっく。ここではバフォメットと呼んでいただきたいのですがねぇ」
「そうかい、分血魔人」
「ええ、そうですよ、危機の悪い人間風情よ!」
怒声と共に繰り出されるのは、大きな剣の一撃。
振り下ろされてくる剣筋に迷いは一切なく、あくまでも俺を両断しようとしているみたいだ。
だが。
座っているとはいえ、これでも……
「生き残れる者、なんでねっ」
瞬時に背後へと突き立てていた剣を引き戻し、頭上へと合わせ。
振り下ろしを衝撃なく流し交わす。
――轟音が響き渡る。
バフォメットの剣が、地面を切り裂いた音だ。
地面が揺れ、周囲から生命のさえずりが一つとなく失った。
「騒がしいやつだな、お前は」
「言ってくれるなぁ、ちんけなくたばり風情よ」
切り株から腰を浮かせば、辺りを見渡した。
やはり、迷宮などそれらしきものは一切ないが、死神と魔人の残り香は、うざったいほどに感じる。
きっと、生命にうまく隠していたのだろう。
「お前を倒して、さっさと迷宮にでもいくかねぇ」
「……コケにしているつもりなのならば、即刻撤回した方が良いぞ? 貴様の首のためにもな」
そういわれると。
スキル・絶死回避が働き。
「|炎刃≪えんじん≫・斬破っ!!」
一瞬にして目の前へと現れた剣に、急ぎで合わせる。
目にも終えぬ速度。並み以上の煽りを出してくるだけの実力はあるらしく。
「速さがだめならば、力比べか? 人間」
はじき返そうと腕に力を籠めれば、その上から捻じ伏せるがごとくの重圧が、体全体にのしかかる。
これば、バフォメットの腕力だけだろう。
想像も絶する力に、即刻諦め。
「|水刃≪すいじん≫・|流離≪さすらい≫っ」
ぬるりと。
流れるが如く、剣を受け流し。
勢いでがら空きとなった胴体に、最速の一撃を。
「|風刃≪ふうじん≫・燕返し!」
一歩、踏み出した足の返しすべてを剣先一筋に乗せ、瞬きすらも量がする一撃を繰り出し。
「速さだけの剣で、この剛体が切れるとでも思ったのか?」
下衆な笑みを浮かべるバフォメットは、無防備な胴体をさらしたまま、無抵抗で一撃を防いでいるのだ。
防ぐのであれば、次の手を打てばいいのみっ。
――絶死回避
突如として再度発動されたスキルに、追撃をあきらめて背後へと飛んだ。
すると、先ほどまでいた場所に、横一線で剣が走った。
「――フンっ!!」
こちらへと一歩の踏み込みを踏まえた助速で。
走馬灯な一振りを見た。
「|雷刃≪らいじん≫・|狂刃連破≪きょうじんれんぱ≫!!」
一振り六刀、最速の四連技。
計二十四撃もの剣劇がバフォメットの剣へと送り込まれ、視界が早まった。
弾き返すと同時に、属性を切り替えて。
「|氷刃≪ひょうじん≫・|冰裂≪ひょうれつ≫!」
一気に切り上げ、浅い切り口を、大きく凍り漬けた。
それはたちまち関節などの可動域にすら広がっていき。
そして純粋な力だけで砕かれる。
「なんだ人間、こんなものか?」
「ふっ……あぁ、こんなものだよ」
そして――。
バフォメットの剣が頭上へと掲げられ。
振り下ろされ。
EXスキル・起死回生を発動します。
そんな声と共に。
「|鋼刃≪こうじん≫・|断斬≪だんざん≫!!」
バフォメットの剣が届くよりも数舜早く、腕を切り飛ばした。
「――なんの変化があった!?」
一瞬にして身を引き、顔からは苦痛故か脂汗を流すバフォメットが吠える。
何、簡単なことさ。
「お前を倒すだけの輪廻を引き寄せたまでさ」
そして――
――行くぞっ
「|焔刃≪ほむらば≫・|赫灼刀≪かくしゃくとう≫!」
先ほど使っていた炎刃よりも一段上の火力を持ち。
あふれ踊る焔を刀身に閉じ込めれば、黒色の刀身は真っ赤へと色を変え。
――一閃。
いとも容易く皮膚を切り裂いた。
「こん、なはずでは! ないのだ!!」
先ほどの一閃は足を取られての無防備だったが、この追撃には反応をするらしく、足場を踏み込んだ一撃が、俺の剣へと向かってくる。
きっと、このままならば、焔で急激に耐久力のなくなっている剣は、一瞬にして折れるだろう。
そんな馬鹿正直なことをするはずもなく。
「|嵐刃≪あらしば≫・|柳風刀≪りゅうふうとう≫!」
属性を変化させ。
流るままに、逆らわぬ如く。
ひらりと剣を躱した。
「|濫刃≪みだりば≫・|昇滝刃≪しょうりゅうば≫!」
刀身から水が溢れだし、それを上段に構え。
殺意に塗れる顔のバフォメットに振り下ろした。
濁流はその傷を大きく開かせ、血液を周囲へと拓かせ。
弐の型、斬り返し。
剣が。
濁流ごと。
「昇り竜!!」
昇り、荒れ狂う。
当然、多荷な圧力を受けたバフォメットの体は、始めの一撃の固さの見る影もなく、バラバラに切り離した。
「まさか最初の敵で難易度が合ってないとは……」
今日、この日に合わせるために、何度か強敵と戦って実力を適正圏内までもっていったはずなのに、このありさまだ。
「このまま何度も死んで攻略をするか、ギルドに戻っての報告をするか……」
答えは、論外だ。
「今からギルドに戻ってどうするというのだ」
応援を呼ぶ? 足手まといが出来上がるだけだ。
実力を上げる? そんなの、あと何年かかるか。
そんなのを持っているくらいならば、この迷宮でどうにかすりゃいいだろうな。
「……ってことで、行ってみるか」
剣を仕舞い、回復薬を口に含み、やっとの思いで嚥下する。
くそまずい。
そんな一言に尽きるポーションは、みるみるうちに体の傷をふさいでいき、おそらく切れていたであろう筋肉の筋すらも直していく。
数舜ののちに、手足の感覚はすべて正常通りになり、随分と視界も晴れた。
「そろそろ行くか」
きっと、そこにあるのだろう。
残り香の示す、臭い場所。
きっと、そこに。
俺の求める真理が眠っているのだろう。
歩き出し、森の木々をかいくぐるように歩き進み。
進む度に猛烈と強くなってい残り香の匂い。
そして。
――進む度に感じてしまう|プレッシャー≪……≫
そこにいるのだろう。
そこにあるのだろう。
そこに――。
足を踏み入れた途端に起こったのは。
視界の反転だった。
「――っ!!??」
唐突な出来事に姿を隠そうと足に力を入れるが、どうしてかうまくいかない。
否。
「中々なお出迎え、じゃねぇかよ」
――|神話的生物≪ミソクロジ―≫っ!!
先ほどの一瞬で、両足を刈り取られていたのだ。
それも、剣や鎌などでもなく、開口してよだれの垂れる、その長舌で。
ギュクキュオオオオオンッ!!
金切り音にも似た咆哮が、耳を破壊してくる。
「輪廻の境界よ、円環の理にて救いたもう!!」
そう、願った途端に。
足は復活し、俺は上へと跳躍した。
そこには、刹那の後に舌が通っていた。
「空間互換式の迷宮で、こんな初見殺し……ますます何か隠してる匂い、してんじゃねぇかよ」
愚痴をこぼしつつも、地面へと着地をすれば、どうやら認識阻害の解除なのか、みるみるうちに視界が変わっていく。
薄暗く、岩の多い、そして灰被りな。
――旧魔王城
……それを彷彿とさせる様式だ。
「面白い。まさか、これを見せてなお、真理がないかもなんて考えは、ねぇしな」
じりじりと距離を詰めてくるミソクロジ―に、軽口を吐いて捨てる。
ここに真理が眠るのは確実だ。
ならば、残るは生き残るだけ、だからな。
「だから今から、生き残って見せるさ」
――輪廻の神より降りし冠魂。
円環より舞いし絆に。
今ここに契約を結ぼう。
――開放、神刃憑依!!
剣が乱りに輝き始め。
「ひっさびさだとやっぱ、暴れるに限るっ!」
久々。
このEXスキルを使ったのは、いったいいつぶりだっただろうか。
何年前? 何十年前?
いや、そんなことは関係ない、か。
関係あるのは、今、それまでも使うほどの実力差で、死と隣合わせで。
それなのにどうしても高揚感がわき出でること、だ。
「あぁ、俺も十分に楽しめそうだぜ」
そっと、剣に触れれば、剣の震えは収まり、手に馴染む。
先ほどよりも重く。
それなのに先ほどよりも振りやすくて。
まるで手に馴染む。
この感じだ。
――死に物狂いは。
「焔刃! 炎衝突!」
剣が焔に染まり、一瞬の間にミソクロジーに向かっていき。
「転換!」
寸前で解除をし、背後へと飛び移った。
「風刃! 燕返し!!」
一気に振り抜き。
ミソクロジーの首を切り落とす。
だが。
「嵐刃! 柳風刀!」
飛んでくるように飛来する長舌を、切り捨てる。
そして。
「焔刃! 爆塵刀!!」
再び焔を飾った剣が虚空を描き。
ミソクロジ―の体を剣がすり抜け。
爆ぜた。
――――。
収穫は、あった。
発見できたのは、神が実在していたころに行われていた戦争や、表裏なる真実。
そして、現代の魔人のことに。
魔人の血をもっとも濃く引く魔族、|最強に追随する者≪列血族≫が、現世で復活して、今も闊歩しているということ。
――あの時、あの場にも……。