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村の真実

 思えば最初から違和感はあった。


 アルムトに魔法を使える者は生まれない。遺伝的にアルムトの住民は魔嚢を持って生まれることがないからだ。


 俺は村長の家にある文献と、村長の助言だけを頼りに魔法の習得に励んでいた。


 村長が教える魔法のコツは、イメージの掴み方、魔力の放出などの感覚が凄く的確だったと今は思う。


 蘇生の議と呼ばれる儀式。あれは本当に蘇生の議だったのだろう?


 儀式が魔法の類だとして、魔力を持たない住人が、どうやって儀式を行えたのだろう?


 人の魂を蘇生させるだけの儀式に魔力を使わないなんてことは、まず考えづらい。魔法を持たない人間たちが束になったところで、0は0だ。


 最初こそわからなかったが、魔法を使えるようになった今ならはっきりと感じる。


 魔力は大気中に存在しており、意識できるようになってしまえば大気中の魔力を感じとることができる。それは体内に取り込んだ魔力も同様だ。


 自分の体内を巡る魔力がわかるようになってくる。


 そう、他人の魔力の気配にもだ。


 村長も間違いなく魔法を使える。


「村長も魔法が使えるんでしょ?」


 遠くから村人たちの話し声と一緒に夜食の匂いが漂ってくる。夜食の時は、作ったばかりの野ざらしの食堂で、村人一同でご飯を食べる。


 そんな変わらない日常を今日も迎えるはずだったが「当たりだよ。」という村長の一言でその日常が消えていくのを確信し、俺は全身の血の気が引いた。


「そりゃ気づくさね。いや、もっと早くに気付くべきだったんだよ、あんたは。あたしにも準備があったから、黙っていたのにまさか自分から言うとは。ケヒヒヒ!」


 村長の口調が明らかに変わった。


 30代男性の口調から貫禄のある老婆のような口調に変わり、俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


 目の前のことに頭が追い付いていない。自分の仮説が正解だった。ただ、この解答は外れて欲しかった。


 ―――ズアァ!


 魔力が発散する感覚がしたかと思うと、村長の姿が男から黒いローブをまとう老婆の姿に変わっていた。


 その姿はよくおとぎ話で見る魔女の姿そのものだった。


「お、お前が村長の…正体…?」


「ケヒヒ!そうさ!別にあの男の姿でなくても良かったんだがね。万が一を気にして、あいつの姿をしていたのさ。」


「あ、あの男…?」


「あぁ、そうか。お前は転生体だったか…。だったらあの男の正体も知らないよねぇ…。ケヒヒ!」


 魔女は肩を震わせて笑いを堪えているようだった。黒いフードの影から、ゆがんだ口元が見える。


「あの男は、お前の父親さ!いやぁ、分かり易く言うとイザヨイの父親だね。」


「はぁ?」


 魔女の発言の意味が分からなかった。


「何言ってんだ…?」


「この村の全員の記憶を操作してね。消してやったのさ。記憶をね。」


 俺は目の前の魔女の言葉をわけのわからないまま聞いていた。


「この村の寿命は30代そこらだからね。万が一、部外者が来て、あたしの本来の姿のままいたら怪しまれるだろ?そうならないように、あいつの姿を借りて、村長としてこの村に住み着いたのさ。」


「一体…なんのために…?」


「お前の力を手に入れるためさ?イザヨイ。」


「おれ…?」


「あんたの中身が、誰だか知らないが、わたしが必要だったのはお前の持つ万物の力を宿す魔嚢さ…!」


 魔女はカッと目を見開き、俺を見つめる。魔女の黒い瞳の中に、煌々と輝く淀んだ光が見えた。


「あれは蘇生の議なんかじゃない、転生の議さ。あんたで実験したのさ。あたし達の国に伝わる伝承だよ。ヌルスを渡って転生したものには、極致の魔法が宿る。本当はもっと別の魔法なら手っ取り早かったんだが、あんたが万物を宿したおかげで、伝承は真実だと証明されたんだよ。」


「何言ってんだよ…。どういうことだよ…!」


 ヌルス?キョクチの魔法?俺は何一つ、魔女の言葉が理解できなかった。


 これまで俺は村のために尽くし、この村が良い方向に向かっていた。


 平和な日常が続いていたし、こんなことになるとは想像もつかなかった。


 悪意が目の前の老婆から漂っているのはわかった。その得体の知れない恐怖を俺は感じて、完全に怖気づいてしまった。


「あんたの魔嚢を奪ってあたしは万物の力を得るのさ!」


 魔女はローブから杖を取り出した。魔女が杖を振ると、俺の身体にとんでもない衝撃が走る。


「ガッ…!」


 一瞬のうちに家の外に放り出されてしまい何が起こったのか理解ができなかった。身体中には信じられないくらいの痛みが走っている。あまりの痛みに悶絶し、その場に倒れ体を動かすことができない。過呼吸になりかける。


 魔女は俺が突き破ったであろう家の壁から出てきた。夕暮れ時の薄暗い闇に同化した黒いローブの魔女がゆっくりとこちらに来ているのを視界に認める。


 先の衝撃音で村人が何人か様子を見にこちらに走ってきている。近づいてきた村人がローブの魔女の姿を見て悲鳴があげた。


 俺が倒れている姿を見て慌てて、ミコトさんが駆け寄ってきた。


 ミコトさんごめん。俺もうダメみたいだ。あっちでも死んで、こっちでもあっけなく死ぬのかよ。ミコトさんに2度も娘の死を見せるのか?


 倒れた俺のもとに駆け寄ってくるミコトさんを見て、俺は罪悪感を抱いた。


「イザヨイ!」


 俺に駆け寄ってきたミコトさんに、魔女は魔法を放つ。その魔法が、ミコトさんに直撃し、ミコトさんは吐血した。


 ミコトさんは俺に覆いかぶさるように倒れ、ミコトさんの血が俺の顔面にかかった。


「な…んで。」


 目の前で起きたあまりに悲惨な現実。周囲は悲鳴と怒声が響き渡り、けたたましく魔女は笑いながら端から杖を振るっている。


 杖の先から放たれるエネルギー波に当たって、村人が次々に爆散していく。文字通り跡形もなく消し飛ぶ人々。放たれる魔女の魔法は無情にも村人を次々に消し去ってゆく。


 やがて村人の声が消え魔女の笑い声だけが村中に響き渡る。


 目の前で起きていることに理解が追い付かず、俺は恐怖で声も出なくなった。つい数分前まで、あちこちで感じていた村人たちの気配が一瞬のうちに消えて、あたりは焼け焦げたような異臭が立ち込めていた。


 俺は横たわったまま、顔を動かしてあたりを見渡す。目の前のミコトさんは苦しそうな顔を浮かべていた。


「大丈夫…?イザヨイ…。」


「ミ…ミコトさん…!ごめん…!俺のせいで…、俺のせいで…!」


「ふふっ。やっぱりあなた、イザヨイじゃなかったのね?」


「ふぇ?」


 唐突な出来事に、俺は我を忘れて自分のことを俺と言っていた。今はそんなことに気を配れるほど、俺も冷静ではないのは確かだが、ミコトさんは、ただ俺を庇うことだけに必死だったようだ。


 ミコトさんは、声も絶え絶えに俺に話しかける。


「あなたが生き返った時、とても嬉しかった。村長さんに言われた蘇生の儀。儀式の話を聞いたときは眉唾だと思った。でもね、あなたが戻ってくる可能性があるなら、藁にもすがりたい思いだったの。だから本当に戻ってきてくれた時は、本当に嬉しかった…。」


 ミコトさんは血を流しながらも、俺に語り掛けてくる。


「あなたと毎日一緒に過ごして、違和感はずっとあったのよ。魔法が使えるようになったからじゃない。見た目はイザヨイだけど、きっと中身は違う人なんだろうなって思った。でもね…。ゲホッ…!ゲホ…!」


 俺は視界の端の魔女がゆっくりと歩いてこちらに近づいてくるのが見えた。


「ミコトさん!早く離れて!」


「イザヨイまで居なくなったら私、本当に独りぼっちになっちゃってた。実はね、夫の顔も思い出せないのよ?最低な妻よね。だから、あなたが本当のイザヨイじゃなくても、そんなのどうでもいいの。私を…独りにしないでくれてありがとう。」


 ―――ガポッ


 次の瞬間、目の前にあったはずのミコトさんの顔面が視界から消えた。とてつもない量の血液が俺の顔に降りかかる。目に沁みて、顔を背けた。


 驚いて身体を動かそうと思ったが体が重い。慌てて顔の血を手で拭って、視界を開けると、俺の身体には、頭の無い女性の身体が乗っていた。


 魔女は不気味で気色の悪い笑みを浮かべながら話し始める。


「憐れな女だよ。結局最後まで、旦那の顔も思い出せずに逝くなんて…。あんだけ近くにいたのにねぇ。」


 人の声にここまで憎悪を抱いたのは生まれて初めてだった。


「この村はあたしの実験にちょうどよかった。国からも忘れ去られた小さな村だ。消えたところで大した事件にもならないしね…。」


 実験?


 人をこんだけ消しといて?


 この村の人たちは死んでいい存在だったのか?


 魔女の動きがやたらゆっくりに見える。転生してわずか3か月程度かもしれないけど、この新しい生活を俺はそこそこに気に入っていた。


 村の人達は優しかった。みんなが家族として繋がっているような感覚だった。


 そして、俺にたくさんの愛情をくれたミコトさん。


 いまは中身は違うけど、いつか本当のイザヨイの魂が戻ってきたら、その時は本当の親子2人で生きてほしいと思ってた。


 少し裕福になったこの村で、何不自由なく長生きしてくれたらって思って、村の発展のために力を尽くしてきたつもりだ。


 俺が転生した理由は、魔法でこの村を裕福にすることだと思ってた。


 いつか帰ってくる本当のイザヨイとミコトさん、この村の人たち全員で幸せに生きて欲しいと願って、今までやってきたことだ。


 ただそれは全部、あの魔女の手のひらの上でのことだった。


「あああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺はただ悔しくて、叫び声をあげた。


「おおっ。ビックリしたよ。なんだい?ただ怖気づいて叫ぶことしかできないのかい?」


「お前が…!お前がぁ…!」


 俺はただ地面に寝そべって泣くことしかできなかった。ただみっともなく、顔を涙と血が混ざった液体で濡らし泣きじゃくった。


「ケヒヒ!汚いねぇ…。みっともないじゃないか。さてと、もう仕上げに入ろうか…。」


 魔女の声が聞こえて、俺は魔女の方を見る。魔女は杖に魔力を込めていた。


 きっと俺にとどめを刺すのだろう。もうこの状況だ。俺は諦めの境地に達していた。


 こっちの世界に来てから、自分は少し浮かれすぎていたのかも知れない。


 夢のような魔法が使える世界で、巫女と讃えられ、村のみんな頼られる自分。


 前世では、仕事もそこそこにできたし、頼られない存在ではなかったが、仕事とは全く異なる充足感を、アルムトでは感じられた。


 "生きる"ということを、はっきりと感じられた。この村の人たちは1日1日をしっかりと前を向いて生きることに必死だったんだ。


 明日の食べる飯もあるかどうかなんて、限界の生活をこれまで味わったことが無かった。明日を生きるために、今日を生きるなんて生活、今までしてこなかった。それほど、前世は満たされた世界だった。


 そんな儚い世界で生きていたアルムトの人達を、俺は美しいと感じていた。生きることが素晴らしいと、今更ながらに思ったんだ。


 ―――それをこの魔女は…!


 俺は、腹の下が熱く煮えたぎっているような感覚を得て、腕に力を入れて身体を起き上がらせる。


「おや…?」


 俺が立ち上がるのを見て、魔女は足を止めた。


「驚いたね?まだやるつもりかい?これも万物の力かい…?」


 目に入った血を拭って、俺は立ち上がった。ミコトさんの血がまだほんのり暖かい。さっきまで生きていた人の血液だ。そう、生きていたんだ。横に転がった東部の無いミコトさんの死体を見て、俺は怒りや憎悪が込み上げてきた。だが、それは理性を失った負の感情ではなく、明確にこれから、俺はすべきことを見据えるために必要な感情だった。


 俺の感情に呼応するように、体内の魔力が増幅するのを感じる。顔を拭きながら、俺は魔女を睨んだ。


「俺は別に、特別な人間でも何でもねぇよ。万物…?そんなん知ったこっちゃない。」


「…。」


 魔女は少し警戒してか、中腰になり杖を構え直す。同時に魔女の魔力が杖に集中しているのがわかった。


「知らねぇんだよ…。お前がなんでこんなことするとか、もうどうだっていい…。」


 俺も自然と両手に魔力を込めた。


「けど。」


 俺は魔力を込めた両手を魔女に向けて突き出す。


「お前は絶対に、殺さないとならねぇ!!」


 俺は突き出した両手からありったけの魔法を繰り出した。火や水、岩石や風。そのすべてを複合させた魔法。


 目の前の魔女を殺すことだけを考えた殺意だけを込めた魔法を、俺は憎き魔女に向かって放出した。

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