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蘇生の儀

 何か長い夢を見ていたような気がする。暗い意識の中で、音が聞こえてきた。視界は真っ暗だったが次第にそれが声だとわかった。日本語とも違うが、お経のようにも聞こえた。


 ―――お経?


 すぐに理解することができた。おそらく自分は死んだのだろう。そしてこれは自分の葬式だ。


 ―――死んだ後でも意識はあるんだ。


 自分が死んでも、頭の中は意外と冷静だった。そして、その冷静の頭のまま、色々な感覚を探る。


 ―――幽体でも音って聞こえるもんなの?


 幽霊になった我が身に意識を集中してみることにした。身体の感覚はほとんどないが、音は聞こえてきている。声と、かすかな風の音。


 葬儀場に風が入ってくることはあるのか?という疑問は浮かびはしたが、それを確かめる術はなかった。今の俺に聴覚以外の感覚はなかった。


 幽霊になったんだから、もっとプカプカ浮いて、この場にいる人達を見たいと思った。


 ―――紡…。


 佐藤紡さとうつむぎは奥さんの名前だ。大学卒業後の定期的な同級生との飲み会がきっかけで付き合うようになり、結婚した。その紡との間に2人の子供を設ける。


 千翔ちか直人なおと。千翔は長女で小学3年生だ。下の直人は今年小学校に上がったばかり。活発な千翔と違い、直人は人見知りで内気な性格だ。お姉ちゃんがいじめ過ぎて、引っ込み思案な性格になってしまったのだろう。


 これから大人になって社会人になるにつれ、厳しいこともたくさんあるし、自分の考えを主張することも大事だ。そのあたりはゆっくりでもいいから教育をしてあげたかった。



 ―――ごめんなぁ…みんな…。



 急激に寂しくなってきた潔。ここまで意識がはっきりして、思考できるんなら生きててもいいんじゃないかと思う。



 ―――あれ?』


 家族に想いを馳せていると、気が付いたら手足の感覚があることに気が付く。


 まだ感覚を取り戻して間もないからだろうか。自分の身体がやたら細く感じる。徐々にだが指先、足の先まで動かせる感覚が戻っているような気がする。


 次いで、匂いがするようになってきた。焼香とはまた違うが、何かが燃えている匂いがする。独特な焼けた臭いを感じた。


 ―――あれ?これもしかして…?


 暗い視界の中、潔は淡い希望を抱く。


 ―――生き返ってる?


 冷静に考えたらそうだ。幽霊というものが実態のない魂というものだとしたら、どうやって考える?どうやって音を聞く?


 人間が持つ五感には、それぞれ原理原則があって感じとることができる。


 耳があり鼻があり身体があるから感じられる。脳があるから考えられる。それらは全て科学的に証明されていることだ。幽霊などそんな非現実的なことあるはずがない。そんな魔法はどこにも存在しないのだ。


 俺は身体中の感覚が戻っていくのを確かに感じていた。。


 カッと目を見開き、俺は視覚を取り戻した。瞬間、目の前に移ったのは青々と広がる大空。なぜ葬儀が外で行われているのか理解できなかったが考える暇もない。これが棺桶の中なのだろうか?疑問はよぎったが、俺は勢いよく起き上がる。


 ガバっと上体を起こして、顔を声のする方に向けた。


 「へっ…?」


 想像もしていなかった景色に声が詰まる。


 俺の視界には、喪服とは決定的に異なる衣服に身を包んだ人間たちが目に映った。動物の毛皮のようなものに身を包んだ人達が、目の前にいる。それは歴史で学んだ、縄文時代の服のように一瞬思えた。


 ―――これは葬式なのだろうか?いや…どう考えても…?


 想像からあまりに逸脱した光景に思考が停止した。


 それは、目の前の人々も同じで、呆気にとられた顔を、一同にしている。一瞬の静寂があたりを包み込む。やがて、人々の先頭にいた男性が声を上げる。


 「イザヨイが黄泉の世界から蘇ったぞぉ!!」


 歓声ではない、驚きの声があたりに響いた。


 「イザヨイ!!!」


 声を上げた男性の後ろの列にいた一人の女性が潔に走り寄ってた。


 「イザヨイ…!!」


 その女性は俺を抱きしめる。


 「ちょっ、え・・?」


 訳が分からず混乱した。さっきから呼んでいるイザヨイとはなにか?


 いや、説明されずとも理解はできた。おそらく自分のことを呼んでいるんだろう。理解できたが、なぜそう呼ばれているのかは理解はできなかった。


 自分の葬式に集まったと思っていた人たちが、ことごとく見覚えのない人達であり、まったく異なる景色が目の前に広がっている。


「本当に蘇った…。」


「信じられない…。」


 そんな声が周りから聞こえてきた。


 信じられないことが起きているのは間違いない。それは俺にとっても同じことであったが、おそらく驚いている事象については、この場にいる人たちと俺とでは異なるだろう。


 なかなか情報がまとまらない俺に対して、抱きしめてきた女性は俺の身体に顔をうずめて泣いている。


 自分の身体をまじまじと見つめる。正直、まさかとは思っていた。そんな非現実的で非科学的、非論理的なことが起きるわけないと思ってたし、実際、そういったことが自分の身に降りかかったとしても、それでも到底信じられることはないだろう。


 だが、いま実際に自分の身体に起きている異変に関しては、受け入れざるを得ないのかもしれない。


「イザヨイ…?」


 俺は"今の俺"を呼称するであろう名前を口にした。抱きしめていた女性に応えるように、自分の腕を女性に回す。自分で動かしたその腕は長年連れ添った腕とは全く異なるものであった。


 ある程度、状況を理解した。いや、完璧に理解したというより、ありのままの今の状況をただ飲み込んだとしか言えない。


 ―――俺は転生したのか。


 転生など、信じられない現象であっても、自分自身に降りかかっている以上、認めざるを得ないだろう。


 この女性から伝わる人としての体温、そして俺の身体に伝わる華奢な抱き心地。女性特有の骨格だ。嫁に比べるとさらに骨ばっているので、相当痩せているのかもしれない。


 来ている獣の毛皮のような服越しだと、正確な体格はわからないが、こうやって抱きしめてみるとよくわかる。


 そして、その獣の服から伝わる独特な匂い。獣の匂いだろうが、今までに嗅いだことのない匂い。慣れていない潔からしたら、臭い部類に入る匂い。


 五感全てが正常に働き、それが紛うことなき現実であることを潔に伝えている。


 「どうなってるの?一体?」


 俺改め、イザヨイは疑問をぶつける。状況を多少飲み込んだはいいが、それでもわからないことの方が多かった。

 

 今のイザヨイになった俺にとって、周りに違和感を与えずに状況を簡単に把握するための質問だった。


 「蘇生の儀が…成功したのよ…!」


 イザヨイを抱きしめている女性が泣きながらそう口にした。


 「蘇生の儀・・?」

 

 現実離れした単語を聞いて、状況を理解しようとするのを諦めかけた俺。そこに割って入ったのが、俺が目覚めたときに、真っ先に目に入った、集団の先頭にいたおっさんだ。


 「そうだ。村の伝承に伝わる蘇生の儀。それをお前に試した。」


 そのおっさんは比較的若く見える。おそらく、生前の俺よりも若いだろう。


 「この村に、古より伝わる伝承"万物の巫女の伝説"。彼女は約1000年前に、この村に生まれた普通の少女だった。」


 おっさんは説明を続ける。


 「その少女も、お前と同じ15歳で命を落とした。悲しみに暮れた巫女の母は、賭けとも言えるその儀式を村人総出で三日三晩行い、その少女は見事蘇生した。」


 その伝承に則って、俺が蘇生、もとい転生されたのか。彼らが思っている結果とは違ったが、この村の人たちからすると、イザヨイが蘇生したことになるのだろう。まさに神懸かり的な術なわけだが、一人の命が蘇ったとあれば、世界中大ニュースになるだろうと俺は思った。


 「それと全く同じ儀式を、お前にしたのだ。それによってお前は生き返った。」


 「本当に…良かった…。」


 顔を手にうずめて、泣きじゃくるイザヨイの母の姿が、俺の胸を締め付けた。


 子を亡くす親の気持ちは痛いほどよくわかる。


 幸い、俺の子供たちはまだ存命だが、可愛い命がある日突然、無くなってしまうとういう不安はよく抱いていた。


 考えたくもないことだったが、どうしてもそんなもしもを考えてしまうことがあった。それほどに、大事な子だったから。


 イザヨイが生き返ったことで、胸中は嬉しさで溢れているだろう。一時は完全に死んだと思われていた娘だ。中身がおっさんになったなど、到底言えるわけがない。


 「良かったな。ミコト。」


 イザヨイの母の名前はミコトと言うらしい。


 「村長…。本当にありがとう…。私の無理なお願いを聞いてもらい…。」


 それまで言いかけて、ミコトはまた泣いた。明日は目が腫れているだろうな。


 今はただ泣けるだけ泣いてもらおう。別世界の潔自身は死んでしまって、家族は悲しみに更けているかもしれないと、考えていたが、自分の目の前で自分の生還を喜んでいる人がいるのだから、それを考えるのも野暮だろうとも思う。


 むしろ、このイザヨイという少女の魂が、今ごろ自分の身体に入っているのかも知れない。少女にとっては酷だろうが、自分が死ななかっただけ、家族は悲しまないし、それこそミコトと同じように泣いて喜んでいるかもしれない。そんな淡い希望も多少抱いていた。


 「さて、イザヨイよ。お前は人知を超えた儀式を行い蘇った。本来、人の命が蘇るなんてことはあり得ない。この村に伝わる伝承が真実だと証明された。」


 膝をついて座っているイザヨイに向かって村長と呼ばれた男は言った。


 「お前には万物の力が芽生えたかもしれない。」


 さっきから万物の巫女といい、万物という単語がよく出る。以前の世界の言葉であれば森羅万象だとか、ありとあらゆるみたいな意味があったかもしれない。


 俺はあっけからんとした表情をしているのを見て、ミコトが言う。


 「村長、イザヨイは生き返ったばかりです。おそらく事態が呑み込めていないのでしょう。村の人達もほとんど寝ておりません。今日はもうお休みになって、明日またお話しませんか?」


 「うーん、そうだな。」


 それだけ言って、村長は村人たちの方に身体を向けた。村長は少し不服そうにしていたが、村の人達を見てみると、確かに疲れ切っていた。


 みんな、イザヨイのために3日3晩祈りを捧げてくれていたのだ。


 「皆の者、蘇生の儀は見事、成功した。これによりこの村は大きく地位を変えていくことになると思う。明日からまた、村の行く末について話そう。今晩の見張り番は、早めに休んでおけ。警備は大事だからな。」


 それを聞いた村の人たちは散り散りになって帰っていく。


 俺がいる場所をちょうど中心とするように、村の家々が見える。


 その家はまさに竪穴住居だった。歴史の教科書見た通りで、大きさはあまり大きいものではないが、それなりの数が建っていた。


 もしかしたら転生したわけではなく、タイムスリップしてしまったのではないかと思った。


 万物とか蘇生の儀とか、今の日本では聞かない話だが、太古の昔ではあり得た話なのかもしれない。超常的な話は、大昔の話であればいささか信ぴょう性が持てる。


 「私たちも帰りましょう。今日はゆっくり休んでね。イザヨイ。」


 ミコトに手を引かれて、俺はその場を立ち去ろうとした。


 「イザヨイ。」


 村長が、イザヨイを引き留める。


 「明日、目覚めたら俺の元に来い。魔法についての話をしてやる。」


 「魔法…?」


 比較的説明が付く範囲で、物事を整理していただけに、村長から予期せぬ言葉を聞いた。魔法。それは何をどう意味するのか。イザヨイはそのまま、母に手を引かれて家に帰っていった。

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