銀灰の都
僕?あたし?私?わし?拙者?某?俺?
ロート王国へ向かう道すがら、色々なことをシルヴィアと話した。この世界のことや、魔女のことなど。言葉を交わしているとシルヴィアからこんな疑問を問われた。
「ところで君は自分のことを僕と呼ぶのかい?」
これほどまでに一人称に迷ったことはない。元の世界では俺、もしくは僕で通していた。この世界で会う人は基本的に目上。だから自然と僕と言ってしまう。
38年間、男とし生きてきたのだ。いまさら女性としてふるまうのは至難の業である。
"私"くらいは仕事で使うことは多々あったけど、プライベートで言うのは難しいし、それはかしこまった時の言い方だ。
意識するほど、違和感が先行して余計に難しい。
ということで、この世界では僕っ子で通すことにした。
今はジェンダーレスの時代だ。そんな呼び方一つ、いちいち気にしていられない。この世界にジェンダーレスという概念があればの話だが。
俺はシルヴィアの提案で俺は一時ロート王国に身柄を預けることになった。
本来であればアルムト出身の俺はアマテラス王国側の人間なのだが、事態が事態なだけにそのあたりはどうでもいいらしい。
他国の人間を連れてくるなんて、俺の世界ではご法度だけど、この世界では五大国の関係は良好で、そのあたりはさして問題ではないらしい。
国同士の戦争も、とうの昔に終わり、今では五大国協力しあって世界を良くしていこうというのが、世の中の流れらしい。
そこへ横槍を入れるように現れた勢力が"魔女の軍勢"だ。軍勢と言っても、どれほどの規模かも定かではないらしいが、魔女達は膨大な魔力量を持つ一族らしく、この世界で魔女というのは、一般的に彼女らのことをさすらしい。
ちなみに、魔法を使える人間を"魔術師"や"魔法使い"と呼ぶ。
魔女達は大陸北側にある海を挟んだ小さな島国"ワンダー"と呼ばれる小さな島国が出身。五大国とは全く別の文化が根付いた、完全独立国家らしい。
魔女はここ数年で大陸に侵攻し、二つの国を占拠した。
大陸の北側。雪国"ヘルブラオ王国"。標高が高く雪原が広がる一面真っ白の国であるヘルブラオが魔女の力により気候は真逆に。火の国ロート以上の灼熱地帯に返られてしまった。灼熱の大地となり果てたヘルブラオの地には、今は誰も住んでいないらしい。
大陸の南に位置する豊かな自然広がる緑の国"グリュン王国"。王家を含めた全国民が魔女により鏖殺。緑豊かな自然だけが残り、今では野生の蛙が多く住み着く土地になっているそうだ。
甚大な被害を被っている二国の状況を見て、残りのロート、アマテラス、ゲルブの三国は各々軍事力を強めているのが現状であった。
いまだ大きな戦争に発展せず、仮初の平和を保っているが、いつこの均衡が崩れるがわからない。
魔女の進行を阻止すべく、早期に魔女の国への進行を進めようと言う国もあるが、たった数年で二国が滅ぼすほどの武力を持つ魔女達に、手が出せずにいた。
実際に、相対した経験のある俺でも、魔女の力はまだ未知数だと感じていた。実際、アルムト跡地に魔女の姿は無かったが、本当に殺せたのかも怪しい。むしろ、生き延びて、今もどこかで、アルムトにしたような悪行を行っていると悍ましく思う。
そんな情勢のため、子供である俺ことイザヨイは一時ロート王国に身を置くことにした。
シルヴィアの愛馬"オーディン"にまたがりながらロート王国の首都への道をゆくこと数日。
「着いたよ。イザヨイ。ここが首都モルゲンだ。」
転生初日にアルムトの見張り櫓から見た巨大な火山が目の前に見えていた。その麓を取り囲むように、西洋風の建物が軒を連ねる。テーマパークで見たような風景が広がっていた。火山からは灰が降り注いでおり、それが雪のようにも見えた。
首都モルゲンは火山の麓に構えるロート王国の首都だ。ピクトラウム中央にそびえる巨大な"グロス火山"は活火山で小規模な噴火が繰り返されている。
毎日のように灰が降り注ぎ、空は常に噴火雲に覆われている。その影響か、街全体が灰色がかったように見える。
「首都モルゲンはグロス火山の影響で火山灰が降り注いでいる。イザヨイは雪を見たことがあるかい?道や建物には雪のように火山灰が積もる。全体に薄暗く見えるが、たまに晴れ間がのぞくと太陽が火山灰を反射して銀色に輝く。その風景をさしてモルゲンは"銀灰の都"と呼ばれているんだ。」
「銀灰の都…。」
銀灰という聞き慣れない言葉であったが、シルバーグレーとでも呼ぶのだろうか。それはそれで聞こえはいいな。
火の国と聞いていただけに、そこらに火が燃え滾っていて、温泉があるような情熱的な国を想定していたが、想像と異なりとても落ち着いた国のようだ。風情があるとも言える。灰を被ったことで建物がシルバーグレー色の落ち着いた印象を受けるが、陽光が差すことでキラキラと反射して綺麗に見える。
「火の国っていうから、もっと情熱的な街だと思ってたんですけど、全然想像と違いました。」
「ははっ!そうだな。この国の生まれは火の性質を持つ者が多く生まれる。グロス火山もあるから、それを象徴して火の国と呼ばれているのだ。だが、決して野蛮な国ではない。それにこの国は、かつて世界の中心とされていて、元々は五大国があったとされている。」
「そうなんですか?」
「今でこそ、五大国は大陸それぞれに分かれているが、遠い昔には全ての国が集まっていたとされている。だからこそ、この国はより世界の中心としての意識が強い。その名残としてロートの各地域にはお城が残っているのさ。」
シルヴィアは話をつづけながら、目の前にある火山の麓を指差す。
「グロス火山の麓にある大きなお城。あれがロート王国の王家が住まう"サンドリヨン城"だ。」
シルヴィアが指差した方角に目を向けると、特徴的だが自分が思い描く通りのお城が建っているのが見えた。それこそテーマパークで見たことのあるようなお城。まるでシンデレラ城だ。俺は素直にそう思った。
「これからあそこに行くんですか?」
「まさか。これから向かうところは、私たちの本拠地であるモルゲン駐屯地だ。」
「駐屯地?」
想像していたよりも、それなりに施設も揃っているようだった。そりゃ、軍隊のようなものがあれば、その組織の基地が存在するのは当たり前だ。
「一度、そこへ行き、君の処遇について決めるつもりだ。」
「処遇ですか…。僕はどうなるんですか?」
「上層部としては、君を魔女として疑ってかかるだろうが、そこは心配しないでくれ。私が何とかする。それよりも、私は君の潜在能力を見込んでいるんだ。」
俺に魔女の疑いがかかる可能性については、モルゲンへの道程でシルヴィアと話をした中で、でてきたことだ。潔白であるという証拠はどこにも無いものの、それは相手側も同じだとシルヴィアは言った。
「潜在って…。でもそんな大したことはないと思うんですけど。その時の記憶もないし。」
「そうだろうね。魔力の使い方なんて独学でなんとかなるほど、簡単じゃないさ。安心してくれ。鍛えるための環境も整っている。あれほどの魔力濃度だ。君自身、まだ気が付いていない力があるんだろう。」
過剰と言えるほど期待を寄せられている。俺は返す言葉もないまま、馬に揺られてモルゲンの街並みを見渡した。
「あっ…!シルヴィア様よ…!」
騎士団の隊列が城下町の商店通りに差し掛かったころ、道端からそんな声が聞こえてきた。声のした方を見ると、買い物途中の中年のおばさんと目が合う。
「有名人なんですね。やっぱり。」
「有名というか、役職が役職だからな。国を守る騎士団の顔であることは間違いない。」
シルヴィアは呆気からんとした態度を見せた。
「団長の強さは国中が認めていることだからね。なにせ歴代初の女性騎士団長でもある。」
俺たちの少し後ろを付いてくる副団長のエドウィンがそんなことを言ってきた。
歴代初の女性騎士団長なんてことは初めて聞いた。アルムト跡地からモルゲンまで馬を使っても二日ほどかかった。それだけ時間があっても、まだまだ聞いていないこともたくさんあるのだろう。
というより、シルヴィアはそういった名声には興味が無いようだった。
「女性初なんて言っているが、そもそも女性の騎士団員が少ないんだ。初も何も、いずれは誰かが団長になっていただろう。それがたまたま私だっただけだ。」
「そんなご謙遜を~。」
エドウィンは冗談めかしてシルヴィアにそう言った。
「まだまだ強い騎士が輩出されるはずさ。これからは女だろうが、男だろうが関係ない。」
―――おお、ジェンダーレス。
シルヴィアの愛馬オーディンの蹄のリズムが独特に響き渡る。蹄が8本もあれば、通常の4足の馬と比べると乗り心地も走り方も別物だった。
俺は目の前の大きなお城を見る。ここが異世界なんだと改めて思った。
《魔法の設定解説》
ここいらで、一度、魔法の設定について解説していこうと思います。ざっくり属性があるもんだと思ってください。
●魔法について
ピクトラウムの大気中に存在する魔力を利用し使う魔法のことです。魔法を使うには魔嚢という器官がある人種に限ります。魔嚢の有無で魔法が使える人とそうでない人で別れます。この世界において、魔法の使用の有無は社会的地位においても有利に立つので、若干の魔法主義的な差別意識は残っていたりします。
●基礎魔法
魔法には全部で6つの性質があります。この性質はその人が持つ魔嚢の性質に由来し、1人1性質が原則です。基礎魔法の中に2つのカテゴライズが存在します。
○四大魔法
自然由来の4つの魔法が使えます。各エネルギーの代替エネルギーが魔力であるって感じ、それぞれの性質に基づいた物質を生成することが可能。。1つの性質でも応用力が高いので、性質に関連する魔法なら色々使えます。
・地:土や砂、鋼鉄など大地に由来する魔法が扱えます。大地関連で樹木に関する能力も使えます。
・火:火や熱、ガスに関連する魔法が扱えます。火力重視、豪快な戦闘が得意。
・水:水や氷などの魔法が扱えます。
・空:大気や天候に関する魔法が扱えます。風を起こしたり、雨を降らせたり、雷を操ったりなど結構幅広い能力が使える。とはいえ、規模は狭い。術者の技術量によって変動。
○二極魔法
四大魔法の自然由来な魔法と比較して、概念的な意味合いが強い魔法。解釈次第では幅広い能力が扱えるようになる。
・光:聖なる力の象徴。光子エネルギーも扱えます。回復系もここに含む。
・闇:邪悪な力の象徴。殺傷能力が高い能力や倫理に反するような術を扱う。
以上が基礎魔法です。基本的に魔法はこれら6性質に基づいたものが扱えます。ここからさらに高度な術だったりもありますので、一応説明を。
●特異魔術
基礎魔法を応用、昇華、複合させることで発現できる魔法。キャラに個性を持たせるためにいろいろな使い方を考えています。固有の能力のため特異と表現しています。下記は一例
・火→爆破:火の魔法の応用魔術。シルヴィアが得意とする魔術です。
・火→業火:火の魔法の昇華魔術。基礎の火の性質が単純強化されたもの
・火+地→溶岩:火と地の複合魔術。2つの異なる性質を保有or組み合わせると使える。
複合魔法に関しては、1人が2の性質を持つことが条件です。これは魔嚢の移植や魔嚢を摂取することで可能となりますが、好んで摂取する人はあまりいませんね。人肉食べるのと一緒ですから。主に合体魔法みたいな感じで使う人が多い。
●極致魔法
基礎魔法や特異魔術よりも強力な魔法で使える者はごくわずかの魔法です。先天的、後天的に発現しますが、極致に至るのは極めて稀です。現ピクトラウムでも10人もいません。イザヨイが持つ万物もここに位置づけされます。
・万物:四大魔法のすべての性質を扱え、いずれも100%の能力を引き出せる。
・混沌:二極魔法両方の性質を扱え、いずれも100%の能力を引き出せる。
・秩序:二極魔法のいずれかの性質のみを100%扱える能力。
●まとめ
ここまでは、現在出せる魔法の設定です。魔法の性質に関しては他にもありますが、作中で重要な立ち位置であり、作中ではっきりと明言するかは微妙なところなので、ここまでの基礎魔法、特異魔術、極致魔法について知っていただければ差し支えないです。いやぁ、設定凝りました。