8. 謎解き
「……ちゃんと、いますよね? 神隠しとか、ないですよね?」
「おまえって、結構、ファンタジーな頭をしてるよな」
「ディスってます?」
「想像力が豊かなのは良いことだと思うぜ、可能性を見つけられるからな。それよりも、『2 ② 14』が鏡だというのは、わかったぞ」
「え? なんで?」
「ペンを貸してくれ、女子高生」
「山田です」
「山田、ペン」
「誰ですか、それ。私の名前、ペンじゃなくて、花菜なんですけど」
文句を言いつつ、バッグの奥からペンケースを引っ張り出す。愛用の三色ボールペンを、お手をするように待つ右手にパシッと押しつけた。
「おまえ、意外と力が強いんだな……」
六十里さんの目が、ぱちくりと瞬く。ちょっと面白い。
「かよわい女の子に失礼な。それよりも、説明してください」
「力強いのに?」
不満そうに見上げると、六十里さんがなだめるように手のひらを向けてきた。
「俺の失言だった。山田は、かよわい」
「いや、もう、どうでもいいです。それより、説明してください」
「女心ってめんど、いや、なんでもねぇ」
「六十里さん?」
「待て、今、暗号の説明をするから。ほら、俺を睨むんじゃなくて鏡と紙を見ろ、鏡と紙を。まず、『かがみ』という言葉も、鏡の『2 ② 14』も同じ三文字なのはわかるよな? しかも、どっちも最初の二文字のベースは一緒だ」
「ベース?」
「『か』と『2』のことだよ」
「たしかに」
「ついでに、二番目の文字に装飾があるのも同じだろう? 濁点と丸で違うけどな」
「……あ! 『か=2』で、『濁点=○』ってこと?!」
「そういうことだ。丸は濁点以外の可能性もあるけど、この場合は『が』で間違いないだろう」
「ってことは、『14=み』? でも、ドットはなんだろう? 空白とか?」
「たぶんな。数字が平仮名に変換出来るのがわかれば――」
私たちはもう一度、暗号とあいうえお表を見比べてみた。
あ い う え お
か き く け こ
さ し す せ そ
た ち つ て と
な に ぬ ね の
は ひ ふ へ ほ
ま み む め も
や ゆ よ
ら り る れ ろ
わ を ん
9 ⑨ 25 1 27・20 10 25 3 9・4 9 8 16
「『9』が符号のつく平仮名だとすれば、か行、さ行、た行、は行の文字のどれかになる」
そこまで絞っても、予測される文字は二十もある。『2=か』だとすれば、それを除外した十九文字。多すぎる。
六十里さんが『あいうえお表』の『か』と『み』に、赤で丸をつける。
「なにかあると思うんだけどな。小学校二年生でも考えられる法則みたいな、なにかが」
「なんで、小学二年生なんです?」
「ランドセルのなかを探したときに、教科書も見たからな」
「なるほど」
小学二年生が考えそうなこと、習ったことを掘り起こしてみる。
(あ、ダメだ。びっくりするくらい、思い出せない)
ようやく出来てきたのは、帰り道で石蹴りをしていたことや、ツツジの蜜を吸っていたことくらいだった。
「……どうして、『2=か』なんだろうな?」
ポツリと六十里さんが呟いた。
「どうしたんです?」
「見てみろ」と、六十里さんの指が紙の上をすべる。
「『あいうえお』と順番に追っていったら、二番目に来るのは『か』じゃなくて『い』だ。『あかさたな』って一段目から横に読んだら、二番目は『い』になるけど、今度は十四番目が『み』じゃなくて『ち』になるんだよ。ちくしょう、早く解きてぇのに」
「私が、時間をとったから」
「関係ねぇ。あと三分で解けなかったら、神社に突入しながら考えるぞ。人命が最優先だ」
ハッと笑う彼の顔を見ると、汗が浮かんでいた。
(左目の泣きボクロ、双子星みたいだなー。あ、ニキビ。大人でも、ニキビできるんだ。ってか、よく見るとクマも酷いけど、ちょっとやつれてる。ブラック企業なのかな? でも、会社を休んでバスを見てたんだよね? 家で寝てれば良いのに、やっぱり変な人だなー)
「おい、女子高生。なんか思い浮かばないか?」
「え?」
いきなり話を振られて、「山田です」と言いそびれた。
暗号文を、もう一度よく見る。
(あれ?)
「2と3以外に、素数がない」
「素数?」
クルクルと回っていたボールペンが、ピタリと止まる。トントン、とペン先が紙を叩くと、「そういうことか」と六十里さんは呟いた。
「わかったんですか?」
「ああ。ナイスアシストだぜ、山田。『2』は『か』でもあり、『い』でもあったんだ」
興奮を抑えきれない低い声は、上ずっていた。
六十里さんが、『あいうえお表』の行の上に1から10、段の横に1から5の数字を書き込む。
「かけ算だったんだよ。『あ=1×1=1』だとすれば、『か=1×2=2』。『い=2×1=2』だ」
私は『み』に両手の人さし指を置いて、紙の上をすべらせていく。
「『7×2=14』!」
「おまえは文字を読み上げてくれ。それを俺が書き込む」
数字からかけ算の式を連想して、行と段、指と指がぶつかる文字を口にしていく。
(やばい、わくわくする!)
でも、解読された暗号を読んで、その気持ちはひっくり返った。