表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バス停の記憶  作者: ユト
6/27

6. 暗号と疑い

 石柱の柵は境界線みたいだと思った。実際、結界みたいなものなんだと思う。

 アスファルトの狭い歩道と、境内の土とがはっきり分かれている。

 問題の鏡は、鳥居のすぐそばの柱に立てかけられていた。

 手のひらに収まるほどの小さな鏡だ。

 しゃがんで、鏡を拾い上げる。

 鏡面には、数字が書かれてあった。


「『2 ② 14』?」

「おい、女子高生! 鏡の下、なんか落ちてんぞ!」


 ちょっと離れたところにいる、六十里さんが声を張り上げる。


「山田です。ってか、なんでちょっと遠いんですか!?」


 六十里さんは、神社の敷地ギリギリのところに立っていた。


「そりゃ、おまえ。女子高生とおっさんが並んでしゃがんでたら、ヤバいだろ! 絵面的にも警察への連行待ったなしだぞ!」

「いや、わかりますけど。もうちょっと近くに来てくれません? 話しにくいんですよ! それに、この方が目立ちますって!」


 納得したのか、しぶしぶと彼が二歩分、近寄った。

 でも、まだまだ遠い。


「もっとです! もっと! あと五歩、頑張ってください! 逮捕されそうになったら、庇ってあげますから!」


 なんで、私が応援しているのか。

 ようやく手の届く距離まで来たと思ったら、六十里さんは祈るように手を前で組んでいた。


「なにしてるんです?」

「間違っても触らないという、意思表示だ。とりあえず、その紙を拾ってくれ」


 地面には、見覚えのある、緑のマス目がある紙が落ちていた。

 いかにも、ノートを破きましたという感じに、少しだけ懐かしさを覚える。

 ドキドキしながら、二つに折りたたまれた紙切れを、そっと開いてみる。


 9 ⑨ 25 1 27・20 10 25 3 9・4 9 8 16


 子どもの字だった。

 数字の隣には、不揃いな『あいうえお表』が書かれている。


「暗号っぽいな」


 肩口から、声が聞こえた。

 びっくりして振り向くと、六十里さんが飛び退いた。


「悪い」

「別に良いですけど。どうして、暗号だって思ったんですか?」

「それっぽいと思っただけだ。それよりも、山田。俺の腰が痛くなるから、ちょっと立て」

「なんか、おじさんみたいな発言ですね」

「三十を超えたら、みんなおっさんなんだよ。良いから、立て。スカートの裾が汚れそうなんだよ」


 クイッと六十里さんの手が動く。

 立ち上がってスカートの後ろを払っていると、「悪いんだが、これ、カバンにしまっておいてくれねぇか?」と、六十里さんが開けてない麦茶のペットボトルを差し出しだ。


「飲まないんですか?」

「ああ」

「ふぅん?」


 不思議に思いながらも、鏡と紙を麦茶と交換する。

 ペットボトルは、汗をかいたように濡れていた。このままバッグに入れたら、教科書とノートがヨレヨレになりそうだ。私はハンドタオルで表面を拭いてから、バッグに入れる。

 いつの間にか棒付きキャンディーをくわえた六十里さんは、ジッと紙を見つめて、首を傾げていた。


「飴、好きなんですね」

「ん? ああ、禁煙の名残だ。いるか?」

「大丈夫です」


 私は首を振った。

 六十里さんに鏡と紙を持たせたまま、穴が空くほど二つを見比べている。

 私が近づくと、見やすいように、両方ともこちらに向けてくれた。


「わかりそうですか?」

「いやぁ……。『鍵』が、この鏡なのは、わかるんだけどな」

「鍵?」

「暗号の解くために必要な情報を『鍵』って言うんだよ。もっとも、これが暗号だとすれば、の話だけどな」

「やっぱり、六十里さんは探偵なのでは?」

「残念。ただのミステリー好きの知識だ」

「つまんないの」

「現実は、平凡でつまらないものなんだよ」


 六十里さんが小さく苦笑う。


「でも、それも幸せなんだよな」と続いた言葉がちょっぴり寂しそうで、私のツンと尖らせた唇は、ぺたんこに戻った。

 ふと顔上げて、鳥居を見る。境内の木々は、お喋りするように、葉が揺れていた。


「そういえば、この神社って、出入り口がここしかないんですよね。なら、中に入って探す方が早くないですか?」

「それは、賛成しにくいな……」

「なんでですか?」

「俺には、これがメッセージに見えるんだよ。見付けるのは早いほうが良い、とわかってもな」

「メッセージ?」

「そうだ。良いか、山田」と、六十里さんが私を見る。

「なにか用があるなら、そのまま言葉で書けば良い。そうだろう?」

「それは思いました。なんで、こんなまどろっこしいことをするんだろうって」

「そうだな。だから、逆に考えるんだ。こんな暗号じみたことをするのは、なぜかと」

「……テスト、とか?」


 呟いてから、今日の期末試験を思い出して、テンションが下がる。ついでに、進路のことも頭にちらついたので、ブンッと頭を振った。


「たしかに、そうなのかもな」

「え?」

「いや、これを解けると思ったんだろうな、あいつは」

「ちょっと、待ってください。解けるって、誰が、ですか? あいつって、これを置いてった子は知り合いなんですか?」


 六十里さんは、目をつむる。明らかに、しまったと言う顔をしていた。

 思えば、彼は最初から「いたずらじゃない」といっていた。足が一歩、後ろに下がる。


「嘘、ついたんですか……?」

「嘘、か。そうだな、俺は嘘をついた」


 彼は懺悔でもするように、頭を前に下げた。

 後から思えば、これは本当に懺悔だった。私は、彼を引き留める最初のチャンスを逃した。

 私はまた一歩、後ろに下がる。手は、バッグのなかを必死に探っていた。


「ボウズは俺を見て、それを追いてったんだよ」

「それも、嘘ですか?」

「いや、本当だ。教えた名前も、本名だ。でも、信用してもらおうとは思っていない。俺が怖いなら、もう帰れ。女子高生」


 今度は、彼が一歩離れる。最初に、声をかけたときの距離と同じ。いや、それよりも遠くに感じた。


(今、女子高生と呼ぶなんて、ずるい)


 突き放されたのが悔しいなんて、どうかしている。

 この期に及んで、私がまだ、彼を疑いきれていないのも。


「……教えてください、六十里さん」


 外は蒸し暑くて、汗までかいているのに、口の中はカラカラだった。


「その鏡と紙は、あなたの指示ですか?」

「……違う」


 彼はまだ、うつむいている。


「男の子とは、知り合いですか?」

「話したことは、ある」


 バッグに入れっぱなしの手が、ガラケーを探り当てた。震える親指で、ガラケーを開ける。発信ボタンのすぐ下、一の数字を二回。ボタンを探る親指の感覚が、鈍い。


「あなたは、その男の子を誘拐したんですか?」


 彼の口のなかで、バリンッ、とキャンディーが割れる不穏な音がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ