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バス停の記憶  作者: ユト
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5. 謎の落とし物

 パキッと、またキャンディーの割れる音がした。ハァと深いため息が、カサついた唇から漏れる。タバコの吸い殻入れを出した彼は、口から白い棒を抜き取って入れた。


「頃合いか」

「頃合い?」


 彼は、おもむろに腕時計に目をやると、「十分(じっぷん)か」と呟いた。


「おまえが話しかけてくる、少し前だったか。ボウズが、あれを置いてったんだよ」

「坊主? お寺の和尚(おしょう)さんが鏡を?」

「そっちじゃねぇ。小学校低学年くらいの男子のボウズだ」

「なんだ。じゃあ、やっぱりいたずらなんじゃないですか?」

「どうだろうな。まあ、鏡を見に行きゃわかるだろ」

「え、行くんですか?」

「ああ。おまえの言うとおり、あのままは危ねぇ。それにな、まだ戻ってきてねぇんだよ」

「小学生男児なら、遊んでるんじゃ?」

「一人で、か?」

「私なら、一人でも遊べるけど」


 あの神社には何回か、お参りに行ったことがあった。静かで、広すぎなくて、一人でゆっくり過ごすには悪くない。ただ、この暑さだ。快適じゃないだろう。

 考えている間に、ガコンと音がした。


「おい、女子高生。おまえ、飲み物はあるか?」


 自販機の前で、彼は麦茶を手に、こっちを見ていた。


「水筒があります」

「なら、良い。おまえは、もう帰れ」


 ひらひらと手を振り、彼が背を向ける。


「嫌です」

「あ?」


 彼の足が止まった。


「嫌です!」


 顔だけ振り向いたその人は、眉間に深いシワをよせていた。


「その小学生を探すつもりなんですよね? そしたら、今度こそ、不審者扱いされますよ」

「まあ、そうだろうな」


 わかっていて、動くのか。


「じゃあ、私も探します。私なら、不審者扱いされない」

「いや、そもそも女子高生と一緒に行動することが、まずいだろ」

「偶然です」

「は?」

「私が鏡のところに行くのも、男の子を探すのも、私の意志。気になるから、動く。それが、あなたと一緒になったのは、ただの偶然で結果論です」

「……マジか」


 彼の口は、あんぐりと開いていた。陽気なアロハシャツに似合わない、ちょっと間抜けな顔だった。

 私は大股で彼に近づき、グッと顎を上げる。


「山田です」

「は?」

「私の名前は、山田です」


 口にしておきながら、中学英語の教科書かと思ってしまった。


「お、おお。てか、別に女子高生でも良いだろう? 知らないやつに、名前を教えるもんじゃねぇぞ?」

「まぁ、そうですね。でも、私が嫌なんです。あなたって呼ぶのも、女子高生って呼ばれるのも。それに、固有名詞で呼び合うのって、大事だと思いません?」

「……わかったよ、山田」


 まさかの呼び捨てだった。が、そんなことはどうでも良い。

 私は、にっこりと笑う。


「あなたのお名前は?」

 やっぱり、中学英語の教科書みたいだ。


「……俺は、六十里(ついひじ)。六十里(わたる)だ」

「ツイヒジ ワタル?」

 珍しい名字だと思った。

「数字の六十に里で、ツイヒジと読むんだよ。名前は、さんずいに歩くと書いて、ワタルだ」

 彼の指が、空中で文字を書く。

 私が、自分の名前を説明するときの感じとよく似ていた。

(六十里渉、か。山田花菜(わたしの名前)の方が、よっぽど偽名っぽい)

 ちょっと面白くて、ふふっと笑うと、六十里さんに変な顔をされた。

「大丈夫か、女子高生?」

(山田)は大丈夫です。で、行きますか?」

「あ、ああ。いや、その前に、親に連絡をいれておけ」

「なんでです?」


 私は、首を傾げる。六十里さんも、同じように首を傾げた。


「帰宅が遅くなったら、心配するだろ?」

「別に平気だと思いますけど。なんか、大人みたいなことを言うんですね。六十里さんって」

「おまえの目に、俺はどう映ってんだ……。いや、答えなくて良い。むしろ、怖いから答えるな」

「失礼な!」

「おまえは、借金の取り立てかと聞くやつだからな」

「冗談ですって」

「へーへー。とにかくメールでも電話でも良いから、連絡はしておけ」

「めんどくさ」

「連絡しねぇなら、帰れ」

「わかりましたよー」


 握っていたガラケーをバッグから取り出して、パカッと開く。

 ガラケーの表面は、手汗で濡れていた。

 時刻は、午後三時十二分。

 ちょっと遅くなるということと、神明社前にいることを書いて送る。


「送りましたよ」

「えらいぞ、女子高生」

「山田です」

「えらいぞ、山田」


 こんなことで褒めるなんて。でも、嫌じゃない自分がいる。

 首の辺りが、こそばゆい。


「行きますよ、六十里さん!」


 恥ずかしさを吹き飛ばすように、私は大股で横断歩道に向かう。


「あ、おい!」と、慌てる声が後ろで聞こえる。

「張り切りすぎだろ」とぼやきながらも、足音はきちんとついてくる。それがちょっとだけ、面白かった。


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