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バス停の記憶  作者: ユト
21/27

21. 私のやりたいこと

修正をしていたら、分量が長くなったので、二話に分けました;

全24話→全25話に変更です。すみません!

 形だけのノックをして、職員室のドアを開ける。ひんやりとした空気に混じり、インスタントラーメンの美味しそうな匂いがした。


「クマ、じゃない。熊原先生、いらっしゃいますか?」

「あら、山田さん。熊原先生、生徒さんが呼んでますよー」


 女の先生が窓に近いデスクに声をかけると、今にも崩れそうな山積みの書類から、クマ先生の顔がにょきっと現れた。


「お? 山田じゃないかぁ。どうしたんだぁ? もうすぐ、下校の時間だぞぉ?」

「クマ先生、今、いいですか?」

「おお、いいぞぉ。どうした、どうしたぁ」


 クマ先生の近づくと、食欲を誘うジャンクな匂いがいっそう強くなった。


「あの、進路希望調査票って、書き直すことできますか?」

「おお、良いぞぉ。たしか山田は、理工学部の数学科だったなぁ。変えるのかぁ?」

「はい」

「どこにするんだぁ?」

「まだ学部は決まってないんですけど」

「おお? じゃあ、やりたいことが見つかったのかぁ?」

「えっと、やりたいことっていうか。困ったときに、相談してもらえる人になりたいなって」


 口から出てみれば、私の言葉はわたあめよりもホワホワしていると思った。案の定、クマ先生のつぶらな瞳がスッと細くなる。

 私は慌てて両手を振る。


「えっと、そうじゃなくて。いや、違わないんですけど。でも、シスターとかそういうんじゃなくて、実際に動けるっていうか。大富豪とかでもなくて、いや、なれたらいいんですけど、大富豪」

「落ち着け、山田ぁ。ちゃんと聞くから。そういう人になりたいっていう、理想像じゃないんだよなぁ?」

「理想像ではあるんですけど、実際に助けられる人になりたいんです」

「んー? そもそも困ったときって、たとえばどんなだぁ?」

「えっと……逃げられないとき、とか?」


 クマ先生が訝しそうな顔をしている。それもそうだ。でも、良い例を出そうと思っても、どうしても叶乃果やアンリちゃんのことがチラついてしまう。


「逃げられない?」

「逃げられないっていうのは、家族とか家とか学校とか、そういうのから逃げられないってことで」

「山田は、あー、なんか、家や学校でつらいことにでもあっているのか?」


 クマ先生は心配そうに黒くて太い眉を下げるので、私はまた両手を振って否定した。


「私は、全然、幸いにも大丈夫なんですけど」

「本当かぁ?」

「はい、本当です」


 気まずい、沈黙が降りる。

 なんとなく、他の先生からも見られているようで居心地が悪い。


「先生、よくわからないんだがなぁ。心理カウンセラーとは違うんだよな?」

「違う、と思います。心理カウンセラーも大事だと思うんですけど、私がしたいのは具体的に困ってる人の役に立てるというか。手札を教えてあげられるっていうか」

「手札?」

「手札です」

「うーん……。その困っている人っていうのは、誰だ?」

「……子ども? いや、大人もです」

「性別や年齢、国籍は関係あるのか?」

「性別や年齢は関係ないです。……国籍は、わからないです。考えたこともなかったし、まだ、今は誰も助けられないので」


 クマ先生が腕を組んで考える。


「実際に動けて、助けられるなぁ。具体的には助けるって、なんだ? あしながおじさんとも違うんだよなぁ?」

「違います。私個人が私財をうって、助けるとかじゃないくて。現状の改善をしたり、脱出するためには、こういう方法があるよって教えてあげられるような人です」


 話していくうちに、ふわふわのわたあめだったものの輪郭が見えてきた気がした。そうだ、私は具体的にこんな支援がありますよって、教えてあげられる人になりたいんだ。可哀想だねっていうだけの観客じゃなくて。


「弁護士か?」

「近いかも知れないです! でも、もっと敷居が低いやつが良くて」

「熊原先生。割り込んで申し訳ないんですが、山田さんがなりたいのって、児童相談員や社会福祉士みたいな感じじゃないかしら?」


 助け舟を出してくれたのは、クマ先生を呼んでくれた先生だった。「あー!」と納得するクマ先生と違い、私は首を傾げる。


「あの、児童相談員とか社会福祉士って、なんですか?」

「児童相談員はね、困っている子どもやその家族の相談に応じて、解決のために動く職業よ。社会福祉士は、そうね。困っている各家庭や個人に対して適切な支援を行ったり、場合によっては行政や色んな機関をつなぐ人、みたいな感じかしら。私は祖母が痴呆で施設に入るときに、お世話になったのだけど、ぼんやりとしかわかってないの。だから、自分で調べてみるのが良いと思うわ」

「ありがとうございます! 熊原先生! 私、社会福祉士になりたいです! どこの学部に進めば良いですか⁈」

「そういうだろうと、今、調べてたんだけどなぁ。どうやら、福祉学、社会福祉学、心理学のどれかを出る必要があるみたいでなぁ」

「福祉学……? 福祉学って、理系だと何学部になりますか?」

「すまん。先生も分からなくてなぁ。なにしろ、福祉も心理も文系だからなぁ」

「文系……」


 やっと見つけた道が、土砂崩れで塞がれたようだった。

「ちょっと、家に帰って、調べてみます……」と、絞り出すので精一杯な私に、クマ先生は眉を下げて頷いた。


「そうだなぁ。うちはカリキュラムの問題で、文転はできないしなぁ。親御さんとよく相談してなぁ」

「はい……」


 職員室を出て、白色灯に照らされた廊下をトボトボと歩く。大人しく理工学部に進むしかないのだろうか。せっかくやりたいことが見つかったのに……。

 消化できないやるせない気持ちが、私の背後にくっついていて、のしかかる。

 ふと、リンリンと虫の音が聞こえて外を見る。空はとっぷりと夜に沈んでいた。あんなにうるさかったセミは、もう逝ってしまったのか。気づけばとっくに聞こえなくなっていた。

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