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バス停の記憶  作者: ユト
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18. 悲劇を楽しむ観客たち

 今日も、私と叶乃果は、放課後のパソコン室に入り浸っていた。

 パソコン使用願いのノートは、私たちの名前で一ページの半分が埋まっている。「こういうのって、最初は過熱していくけど、ピークを過ぎたら、鎮火しちゃうからね~」と、叶乃果が言ったからだ。鎮火すると、情報が落ち着いてきてしまうらしい。

 その方が探しやすくて良いのでは? と聞いたら、大事な情報は潜ってしまうのだと返された。なんで、そんなに詳しいのかは教えてくれなかった。「ひ・み・つ」と言われてしまえば、それ以上突っ込む気にはなれない。

 一度だけ部活は大丈夫なのか、と叶乃果に聞いたことがある。「わたし、強いから大丈夫だよ~。ちゃ~んと、自主練はしてるしね~」と返ってきたので、そのまま甘えさせてもらっている。


 調べていくと、いろいろなことがわかった。

 六十里さんは、やっぱり離婚していた。離婚理由は、性格と金銭感覚の不一致。離婚前から、奥さんの娘にとる行動を不安視していたらしい。それと、六十里さんは娘をとても大事にしていて、彼女と家を出ようとしていたようだ。でも、出来なかった。きっと、奥さんに阻まれたのだろう。


 記事のなかには、嘘か本当か、判断がつかないものもたくさんあった。

 知らなかったし、知りたくもなかったが、ネットではいろんな立場の様々な人たちが身勝手に喋るものらしい。彼らが、悲劇を楽しむ醜悪な観客に見えるたびに、私は気持ち悪くなって、自己嫌悪に陥った。私も、似たようなものだったから。


 知られたくないだろう人の過去を根掘り葉掘り探る心理の根っこにあるものは、決してきれいなものじゃない。心配や後悔、罪悪感。それが、好奇心と興味本位とぐちゃぐちゃに絡まって、一体化していた。

 まるで醜いモンスターだ。わかっている。でも、知りたいとうずく気持ちは、抑えられなかった。


 いつものように検索に検索を繰り返していると、六十里さんと娘について語るSNSに目が留まった。書いたのは、近しい人なのか。六十里さんのスマートフォンのアルバムはほぼ娘で埋まっており、いつまで抱きついてきてくれるだろうとぼやいていたとあった。それ嘘か本当かは、わからない。

 ただ、そういえば家のアルバムの私は、ほぼ全部、お父さんが撮ったものだとお母さんが言っていたのを思い出した。「僕は、娘を撮るプロだからね」と、カメラをお母さんに譲らなかったらしい。その割には、ピンボケの写真も結構あるけれど。


「……アンリちゃんも、この記事を読めたら良いのに」

「アンリちゃん?」

「たぶん、六十里さんの娘さんの名前」

「へぇ〜! アンリちゃんっていうんだ~。かわいいね~」

「かわいいよね。ちゃんと愛されてるのに、お父さんに嫌われてるって思ってるの、つらいだろうな」

「え? アンリちゃん、お父さんに嫌われてるって思ってるの? ありえないでしょ~!」

「私もそう思う。でも、お母さんにそう言われたらしいよ。離婚してから、一度も会ってなかったみたいだし」

「はぁ~? 本当、ツイヒジさんは悔しかっただろうね~。そうだ。ねぇ花菜、これ、見た~?」

「どれ?」


 隣に座る叶乃果が、おいでおいでと手首を振る。

 私は椅子に座ったまま、彼女のパソコンの画面を覗き込んだ。映っていたのは、なにかのワイドショーのようだった。男の人の右上端は、テロップで弁護士と書いてある。

 叶乃果が再生マークを押して、動画が流れた。


「『三鷹市女児誘拐事件』の犯人は、どうして娘を誘拐することになったのでしょう? そもそも、これが誘拐に当たるのかどうか。斉藤先生はどう思われますか?」

「まずはっきり申し上げたいのは、これが誘拐事件であることは間違いないということですね。親権が母親にあるかぎり、犯人が誘拐罪に問われることは揺るがないのです」


 カメラが引いて、司会者の顔も映る。よく見る芸能人だ。


「母親が虐待をしていても、ですか?」

「虐待と誘拐は、別々の問題になりますからね」

「では、なぜ、親権を母親に渡したのでしょうか?」

「そもそも日本では、父親が親権を持つのが非常に難しいのですよ。とくに、十歳未満の子どもの場合は本人の意志は考慮されずに、母親が親権者になることが一般的です。男女平等とはいえ、まだまだ育児は女性の仕事ですから。親権は母親が有利と言われている日本の社会で、彼は親権を持てなかったのでしょう」

「なるほど。六十里容疑者は、娘との面会を妻に拒まれていたようですが、これについては、斉藤先生、どう思われますか?」

「面会交流権というのは、親の権利だと思われがちですが、子どもの権利でもあります。ただ、離婚後においても、離婚の経緯が尾を引いている場合には、面会交流が認められない場合もあります」

「一概に、母親が悪いとは言いにくいのですね」


 パッとカメラが切り替わって、神経質そうな女の人の顔を映した。


「でも、この加害者は、子どもの様子を覗きに、何度も家に行っていたそうじゃないですか。それで、被害者の妻子は引っ越したとか。そんなの怖くて、面会に行かせられるわけないじゃないですか。だいたい犯人は、帰宅途中の娘を見かけて、連れ去ったわけでしょう? 偶然なんて証言してるみたいですけどねぇ。そんなことあるわけないじゃないですか。下見してたのよ、下見。それで誘拐して、一ヶ月も監禁してたなんて。本当に、恐ろしい話よ」

「えー? でも、家に行きたくなるのはわかるなー。だって、虐待してるかもって、心配じゃないですかー?」


 間延びする声で喋ったのは、この場でちょっと浮いている若い女の人だった。メイクもネイルもばっちり決めている。


「なら、通報すれば良かったのよ」

「それって、ハードル高くないですー? てか、通報して、もしも問題ないってされたら、その子どうなっちゃうんですかー? 実際、学校も気づいてなかったって聞くしー」

「それは、」


 神経質そうな人が明らかに、けれど不服そうにどもる。


「でも、だからって、誘拐は犯罪よ? 加害者がおかしいのは変わらないでしょう?」

「それはそうかもですけどぉ。でも、それって、答えになってなくないですかぁ?」

「答えって、あなたね!」

「まあまあ、お二人とも。斉藤先生は、どう思われますか?」

「そうですね。実際、ひとり親世帯というのは、虐待の発生率が高いことが指摘されているんです。とくに母子世帯の場合、経済的余裕のあるケースが少なく、社会から孤立しやすいのが問題とされています。現状では、学校の先生にも気をつけていただき、虐待に気がついたら、すぐに児童相談所に相談することが一番でしょう」


 そこで、動画の停止マークが浮かんだ。叶乃果だ。


「口先だけのきれい事って感じ。結局、子どもの意志は無視じゃん。子どもが児童相談所に相談できるわけないんだから。バッカみたい」


 叶乃果のひやりとした声は、六月のまだ冷たいプールのようで、お腹まで水に浸かったみたいに心臓がビクッとなった。


「……叶乃果、なんか怒ってる?」

「怒ってるっていうか、おかしいと思ってる。だって、これ、父親のツイヒジさんが親権を取ってたら、みんなハッピーエンドで終わってた話でしょ~。それを、母親が親権を取るものだからって」

「みんな、ハッピーエンドかな? お母さんを無視してる気がするけど」

「そうかな~? だって、子どもにむかついて、手をあげたりするわけでしょ~? なら、離してあげるのが、ベストじゃない?」

「それは無理だよ。子どもは一人で、生きられないもん」


 そうだ。子供は一人では生きていけない。

 コンクリート塀に挟まっていたナツもアンリちゃんも。結局、子どもはネコでも人間でも、一人では生きていけないんだ。だから、あのとき、六十里さんは一時しのぎの助けは自己責任で、無責任だと言ったんだ。

 でも、誘拐なんて、その最たるものだと思う。誰も幸せにならない方法。なのに、なんで彼はそんなことをしたのか。

 私は、まだ、なにか見落としているものがあるのかも知れない。


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