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バス停の記憶  作者: ユト
13/27

13. ご対面

誤字報告ありがとうございます

すごく助かります

 四


 もうすぐ、祐太くんが初めて、うちにくる。

 日曜日の朝だというのに、化粧をしたお母さんは、どこか忙しない。リビングをうろうろして、最終チェックをしているらしい。ちょっとくらい埃が落ちていたり、机の上に物があったりしても、きっと誰も気にしないのに。

 寝ぼすけのお父さんも、今日はちゃんと起きて、お出掛けするみたいな服を着ている。でも、やっぱり眠いのか、ソファで横になっている。

 私はナツのいるケージのまえで、ぺたんと座っていた。ナツに癒やされたいのが半分、もう半分は、太陽が燦々と射す、ここなら目が覚めるかと思ってのことだ。


 昨日の夜は、叶乃果の話を思い出して、眠れなかった。

 介護とか、痴呆とか、高齢化社会とか。どこか他人事だった。うちは、おじいちゃんもおばあちゃんもみんな元気だし、近所では、あまりお年寄りに会わないし。

 だから、テレビが大げさに言っているだけで、どこか切り離された世界の話だと思っていた。

 いつか、ナツも介護が必要になるのかな。なんて考えていると、ピンポーンと軽やかなチャイムが鳴った。


「いらしたわ! お父さん! お父さん、起きて!」

「んぁ。起きてる、起きてる」

「花菜ちゃんは、」

「先に行って、スリッパ出してくる」

「お願いね。ちょっと、お父さん!」

「大丈夫、起きた、起きた」


 あの声は、まだ半分寝てるなぁと思いながら、大人用のスリッパを一足出す。

 パタパタと足音をならして、お母さんがやってくる。少し後ろで、お父さんがのんびりとやってきた。

 誰かをこんな風にお出迎えするなんて、いつ振りだろう。小学校の家庭訪問以来じゃないだろうか。

 お父さんが玄関を開けると、男の人の声が聞こえた。


「初めまして、小畑祐太の父です。この度は、お招きいただきありがとうございます。こちら、つまらないものですが」

「お気遣いいただいて、ありがとうございます。そういえば、先日、うちの娘がお宅にお伺いしたようで」


 お父さんの声は、さっきまで寝ていたとは思えないくらいに、ハキハキしていた。


「ああ、いえ。本当に、花菜ちゃんには助けてもらっていて。妻も、よろしく伝えて欲しいと」


 祐太くんのパパが私を見る。私は、行儀良くお辞儀をした。

 祐太くんのママは、動物アレルギーらしい。触れなくても、同じ空間にいるだけで、喘息になるらしく、動物園にも行けないそうだ。まえに話したとき、「祐太に申し訳ない」と、向こうのお母さんは悲しそうに話してくれた。

 その祐太くんが、お父さんの体の横からピョコッと顔を出した。


「ねぇねぇ! ナツは?! ナツ、元気?」

「こら、祐太! ちゃんと挨拶しなさい」

「こんにちは?」

「おはようございます、だろう? すみません、うちの息子が」

「いやいや、気にしないでください。さぁ、どうぞ、どうぞ」


 祐太くんが顔を上げて、私を見る。


「ナツ、元気?」

「元気だよー。こっち、おいで」

「うん!」


 そわそわとリビングに入った祐太くんは、ナツを見て、「わぁ!」と声をあげた。


「ナツだ! ナツだ!」


 勢いよく、ケージに突っ込もうとするので、慌てて止める。


「祐太くん、ストップ!」


 腰に巻きつくような形になってしまったが、とりあえず突撃は阻止できた。


「ナツ、びっくりしちゃうから、待って。祐太くんも、知らない大人が走って向かってきたら、怖いでしょ?」

「あ、そっか。でも、じゃあ、ナツと遊べないの?」

「それは、ナツと祐太くん次第かな。二人に仲良くなって欲しいから、まずは、ナツに挨拶しない?」

「わかった!」


 良いお返事が返ってきて、ホッとする。

 ナツのいるケージの前に座った私は、祐太くんに向かって手招いた。


「ナツ~、祐太くんだよ。ナツを助けてくれた子だけど、覚えてる~?」


 ナツの耳がピクピクと動く。聞こえているのだ。でも、こっちを向いてくれない。それでも、祐太くんは嬉しそうだった。


「ナツ、ちょっと大きくなったね」

「そうだねー。あのときは、もっと小さかったもんね」

「ぼくの手くらいしかなかった」

「そうかも?」


 祐太くんは、小さな両手のひらとナツをしみじみと見比べていた。


「消防隊の人たちのおかげだよね」

「うん! 消防士さんたち、すごい、かっこよかった!」


 祐太くんと目が合う。救出劇を思い出したのか。憧憬に染まるまん丸の瞳は、キラキラと輝いていた。


 最初に神社の前に来たのは、私のよく知るポンプ車じゃなかった。救急車と似ている赤い車だった。「火事じゃないから、普通の車なのかな?」と、祐太くんと話したのを覚えている。それからすぐに見慣れたポンプ車がやってきて、消防士さんたちが四、五人降りて駆けつけて来てくれた。

 子ネコ一匹に対して、まさか、そんな大人数が集まるとは思わなかった。六十里さんも知らなかったみたいで、驚いた顔をしていたし。でも、挟まってしまったナツに真剣な眼差しを向けて、どうすれば良いかと考えてくれる姿は、本当に頼もしくて、かっこよかった。


 そのうち、境内にいる人が、一人二人と増えていった。消防車がいるのが気になったんだと思う。

 ナツのいた雑草地まで入っていく人は少なかったけど、静かだった境内がだんだんと賑やかになっていく様子は、面白かった。


 結局、十人くらいは集まったんじゃないだろうか。

 ちょっとずつ、ちょっとずつコンクリートの割れ目から現れるナツの体に、みんな固唾を飲んで見守っていた。サッカーのワールドカップの試合を街頭テレビで見たときくらい、すごい一体感だった。スポッとナツが救出されたときは、優勝が決まったみたいに、「ワァァ!」と歓喜の声が上がって――。あの光景は、うん、一生忘れないと思う。


 そういえば、一番泣いていたのは六十里さんだった。救出しないのが一番良いとか言いながら、結局は、六十里さんも助けたかったんだと思う。本当に、ハリネズミみたいな人だ。

 だからこそ、ナツの様子も知らせたかったのに――。


 左袖が、クッと引っ張られる。

 顔を向けると、祐太くんが不満そうな顔で、私を見ていた。


子猫救出については、実際に消防庁に確認しました

隊ごと動くと聞いて、びっくりしました

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