13. ご対面
誤字報告ありがとうございます
すごく助かります
四
もうすぐ、祐太くんが初めて、うちにくる。
日曜日の朝だというのに、化粧をしたお母さんは、どこか忙しない。リビングをうろうろして、最終チェックをしているらしい。ちょっとくらい埃が落ちていたり、机の上に物があったりしても、きっと誰も気にしないのに。
寝ぼすけのお父さんも、今日はちゃんと起きて、お出掛けするみたいな服を着ている。でも、やっぱり眠いのか、ソファで横になっている。
私はナツのいるケージのまえで、ぺたんと座っていた。ナツに癒やされたいのが半分、もう半分は、太陽が燦々と射す、ここなら目が覚めるかと思ってのことだ。
昨日の夜は、叶乃果の話を思い出して、眠れなかった。
介護とか、痴呆とか、高齢化社会とか。どこか他人事だった。うちは、おじいちゃんもおばあちゃんもみんな元気だし、近所では、あまりお年寄りに会わないし。
だから、テレビが大げさに言っているだけで、どこか切り離された世界の話だと思っていた。
いつか、ナツも介護が必要になるのかな。なんて考えていると、ピンポーンと軽やかなチャイムが鳴った。
「いらしたわ! お父さん! お父さん、起きて!」
「んぁ。起きてる、起きてる」
「花菜ちゃんは、」
「先に行って、スリッパ出してくる」
「お願いね。ちょっと、お父さん!」
「大丈夫、起きた、起きた」
あの声は、まだ半分寝てるなぁと思いながら、大人用のスリッパを一足出す。
パタパタと足音をならして、お母さんがやってくる。少し後ろで、お父さんがのんびりとやってきた。
誰かをこんな風にお出迎えするなんて、いつ振りだろう。小学校の家庭訪問以来じゃないだろうか。
お父さんが玄関を開けると、男の人の声が聞こえた。
「初めまして、小畑祐太の父です。この度は、お招きいただきありがとうございます。こちら、つまらないものですが」
「お気遣いいただいて、ありがとうございます。そういえば、先日、うちの娘がお宅にお伺いしたようで」
お父さんの声は、さっきまで寝ていたとは思えないくらいに、ハキハキしていた。
「ああ、いえ。本当に、花菜ちゃんには助けてもらっていて。妻も、よろしく伝えて欲しいと」
祐太くんのパパが私を見る。私は、行儀良くお辞儀をした。
祐太くんのママは、動物アレルギーらしい。触れなくても、同じ空間にいるだけで、喘息になるらしく、動物園にも行けないそうだ。まえに話したとき、「祐太に申し訳ない」と、向こうのお母さんは悲しそうに話してくれた。
その祐太くんが、お父さんの体の横からピョコッと顔を出した。
「ねぇねぇ! ナツは?! ナツ、元気?」
「こら、祐太! ちゃんと挨拶しなさい」
「こんにちは?」
「おはようございます、だろう? すみません、うちの息子が」
「いやいや、気にしないでください。さぁ、どうぞ、どうぞ」
祐太くんが顔を上げて、私を見る。
「ナツ、元気?」
「元気だよー。こっち、おいで」
「うん!」
そわそわとリビングに入った祐太くんは、ナツを見て、「わぁ!」と声をあげた。
「ナツだ! ナツだ!」
勢いよく、ケージに突っ込もうとするので、慌てて止める。
「祐太くん、ストップ!」
腰に巻きつくような形になってしまったが、とりあえず突撃は阻止できた。
「ナツ、びっくりしちゃうから、待って。祐太くんも、知らない大人が走って向かってきたら、怖いでしょ?」
「あ、そっか。でも、じゃあ、ナツと遊べないの?」
「それは、ナツと祐太くん次第かな。二人に仲良くなって欲しいから、まずは、ナツに挨拶しない?」
「わかった!」
良いお返事が返ってきて、ホッとする。
ナツのいるケージの前に座った私は、祐太くんに向かって手招いた。
「ナツ~、祐太くんだよ。ナツを助けてくれた子だけど、覚えてる~?」
ナツの耳がピクピクと動く。聞こえているのだ。でも、こっちを向いてくれない。それでも、祐太くんは嬉しそうだった。
「ナツ、ちょっと大きくなったね」
「そうだねー。あのときは、もっと小さかったもんね」
「ぼくの手くらいしかなかった」
「そうかも?」
祐太くんは、小さな両手のひらとナツをしみじみと見比べていた。
「消防隊の人たちのおかげだよね」
「うん! 消防士さんたち、すごい、かっこよかった!」
祐太くんと目が合う。救出劇を思い出したのか。憧憬に染まるまん丸の瞳は、キラキラと輝いていた。
最初に神社の前に来たのは、私のよく知るポンプ車じゃなかった。救急車と似ている赤い車だった。「火事じゃないから、普通の車なのかな?」と、祐太くんと話したのを覚えている。それからすぐに見慣れたポンプ車がやってきて、消防士さんたちが四、五人降りて駆けつけて来てくれた。
子ネコ一匹に対して、まさか、そんな大人数が集まるとは思わなかった。六十里さんも知らなかったみたいで、驚いた顔をしていたし。でも、挟まってしまったナツに真剣な眼差しを向けて、どうすれば良いかと考えてくれる姿は、本当に頼もしくて、かっこよかった。
そのうち、境内にいる人が、一人二人と増えていった。消防車がいるのが気になったんだと思う。
ナツのいた雑草地まで入っていく人は少なかったけど、静かだった境内がだんだんと賑やかになっていく様子は、面白かった。
結局、十人くらいは集まったんじゃないだろうか。
ちょっとずつ、ちょっとずつコンクリートの割れ目から現れるナツの体に、みんな固唾を飲んで見守っていた。サッカーのワールドカップの試合を街頭テレビで見たときくらい、すごい一体感だった。スポッとナツが救出されたときは、優勝が決まったみたいに、「ワァァ!」と歓喜の声が上がって――。あの光景は、うん、一生忘れないと思う。
そういえば、一番泣いていたのは六十里さんだった。救出しないのが一番良いとか言いながら、結局は、六十里さんも助けたかったんだと思う。本当に、ハリネズミみたいな人だ。
だからこそ、ナツの様子も知らせたかったのに――。
左袖が、クッと引っ張られる。
顔を向けると、祐太くんが不満そうな顔で、私を見ていた。
子猫救出については、実際に消防庁に確認しました
隊ごと動くと聞いて、びっくりしました




