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恋に効くクッキー

作者: 山村

「やあやあ。みんな久しぶり~」


 声高らかに部室に、不躾にもノックもせず入ってきたのはつい数ヶ月前までこの部のマネージャーであった秋原先輩だった。


「先輩!」

「お久しぶりです!」

「これ差し入れね。みんなで食べて」

「ありがとうございます! みんな差し入れだぞー!」


 部長である涼介が買い物袋を受け取り中身を取り出して浮かる部員たちに配り始める。


「先輩、あの人誰なんです?」


 一年の一人が俺に訊く。俺を始めとする三年と二年は彼女を知っているが今年入ったばかりの一年生は知らないので軽く紹介すると、一年も順に自己紹介をし始めあっという間に彼女に懐いてしまった。まぁ八割は差し入れに目が眩んだ奴だが。


 彼女は当時の部長と同じ県外の大学へと進学しそこでも同じ部活を続けているらしい。故にこうして部活に顔を出してくれる機会も少なく、卒業式以降、彼女の顔を拝んだのはこれで二回目。

 会いたい時に会えないのにこういう油断した時に限って会いに来るんだ。それでも俺は嬉しいから文句なんて言えない。

 昔から綺麗な人だったが大学デビューを果たし仄かに化粧っ気が出てきた彼女の横顔はまるで別人のように綺麗になっていた。きらきらと輝いて見えて、目が反らせそうにない。

 見つめ過ぎたのか俺の視線に気づいた先輩が徐ろにこちらに振り返り、目線が合う。


「黒部も、久しぶりだね」

「……こっち帰ってたんですか」

「ん。ちょっと実家に帰る予定があってさ。そのついでに寄ってみたんだけど、元気そうで良かった」


 それは俺個人に対しての言葉なのか、後輩全員に対してなのか。できれば前者であって欲しいが彼女のことだから後者だろう。


「……黒部」


 差し入れに夢中になっている部員を横目に先輩が小さく手招くままに俺は部室から静かに出る。木の葉がすっかり紅くなった季節に外に出ると風が冷たくて火照った体には気持ちが良かった。


「今年はインハイ優勝できる?」

「はい、します」

「即答か~、いいね。黒部のそういう所好きだよ」


 普通の会話のそう言って先輩は鞄から小さな包みを取り出した。透明な袋に入っているそれはクッキーのようだった。


「黒部に差し入れ」

「そ、れは……俺個人にってことですか」


 まさか個人的な物があるとは思わなかったため動揺してしまったが何とか平静を装って包を受け取った。丁寧に折られたヒダを纏めている青いリボンを一瞥し彼女へ視線を戻す。


「そうだって言ったら嬉しい?」

「勿論」

「そ、即答だ~」


 はにかんで笑う先輩が可愛くて下心が見透かされないよう、リボンを解いて中の一つを摘み出す。そうして気づいたのは、生地は確かにクッキーだが何とも変わった形をしているということ。


「クッキー、ですよね……?」

「そうだよ。ちょっと前に流行りまくってたフォーチュンクッキー」

「へぇ、これが例の曲の正体ですか」

「そ。中にくじとか占い結果の紙が入ってて、何が書いてあるのかは食べてからのお楽しみ」

「あー、だからフォーチュンなのか」


 口に咥えてパキッと割れば中から紙が出てくる。どんなことを書いてくれているのか期待に胸を膨らませ広げてみれば、東京都から始まるどこかの住所。ご丁寧に番地にアパートの部屋番号まで書いてある。

 この住所の指し示すものが何なのかを察せられない程俺は馬鹿じゃあない。口の中に広がる甘さなんて分からなくなるくらいに高揚しているのが自分でも分かる。興奮が抑えられない。


「せ、先輩……!」


 顔を上げれば先輩は遠くにいて、大きく手を振っている。追いかけようと足を踏み出そうとした俺へ手のひらが突き出され思わずその場に留まってしまう。


「本当は()()渡す為に戻ってきたんだよー!」


 悪戯っぽく笑う先輩の顔は、遠目だったが、前と変わっていなかった。俺の好きだった先輩のままだった。


「先輩! 好きです!!」


 走る先輩の背中に向かって力の限りに叫ぶ。部員たちに聞かれていても構やしない。この時を逃せばチャンスはないと思ったから。想いの丈を彼女に伝えるので精一杯だ。

 先輩はぴたりと足を止め、振り返る。もう表情も見えないくらいに小さくなっていたがその声だけははっきりと聞こえた。


「ふふっ。私もう先輩じゃないよー!」

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