悲恋~男と女のテネシーワルツ~馴れ初め編~
あたし、四宮麗子。四十路過ぎの地下アイドルのマネージャー。
今でこそ、まともな興業収入もあり、人並みな生活を送れているけど、若い頃のあたしははっきり言って世捨て人だった。
新宿辺りのキャバレー廻りで稼いだ日銭で毎晩のように呑み明かし、ねぐらといえば、とりあえず雨露がしのげればよく、駅の構内だったり、公衆トイレだったりと、そりゃあもう荒んだ物だった。
しかし世の中捨てたもんじゃない。それが今の仕事だ。彼女達もまた、若い頃のあたしと同じで、アイドルとしては、表の社会には認められず、地下に潜った女の子達で、しかも、そのマネージメントをしていたのが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、急成長著しく、任侠路線からは大きく逸脱した、IT系経済ヤクザに変貌を遂げた、新宿國龍会だったため、法外な興業を迫られる割には、彼女達に支払われる収入は少なく、その殆どが今の彼等の活動資金源になっていたのだ。
彼等のやり口は、さらに劣悪な物になっていき、今度は彼女達を覚醒剤で縛り始めたのだ。
それにはさすがのあたしも、矢も楯もたまらず、國龍会本体に掛け合ってはみたものの、先代会長だった平岩一家初代、平岩康介会長の影響力は薄れ、四代目時代、若頭だった、龍神一家初代、里中弘二五代目になってからは、先々代から御法度とされていたはずの麻薬ビジネスに手を出していた彼に抗議を申し立てたのだが、女風情がとけんもほろろにあしらわれての帰り道、彼等の放った刺客に命を狙われたあたしを助けてくれたのが、元、國龍会四代目で今は隠居として、余生を過ごしていた彼、平岩康介さんだった。
「おぅ!よさねぇかぁてめぇら!ったくぅみっともねぇ真似ぇしやがってよぉ!」
俺はそういうと、彼女に襲いかかろうとしていたチンピラ四人を秒殺で叩き伏せてやった。
「嬢ちゃん…ここいらの女の独り歩きぁあぶねぇからよぉ……きぃつけて帰るんだぜぇ……」
そう言って、座り込んでいたあたしを優しく引き起こしてくれた彼に見覚えのあったあたしは、彼に自分の名前を名乗ってみた。
「……康介さん…ですよね?あたしです…昔…四谷のクラブでご一緒した…四宮麗子です……」
あたしが名前を名乗ったことで、彼もあの時のことを思い出してくれたのだろう。あたしに背を向けて立ち去ろうとした彼が、足を止めてあたしを振り返ってくれた。若い頃に逢ったのと同じ、優しい視線をあたしに向けて。
「……おぉお……誰かと思ったら…麗子ちゃんだったかよ?しばらく見ねぇ間にえらくべっぴんさんになってたからよぉ見間違えちまったよ……けどよぉどうしても解せねぇなぁ今なぁ見まごうことねぇ國龍会の若衆だぁ……どうして奴らに麗子ちゃんが追われてたんだ?あんたの悪いようにゃあしねぇからぁ言ってみなぁ……」
彼はその、優しい視線そのままにそう言うと、あたしに背を向けてショートピースにデュポンのガスライターで火をつけてため息のように紫煙を吐き出した。
彼の昔から変わらない、不器用だけど真っ直ぐな優しさに、若い頃から心奪われていたあたしは、こうなった経緯の全てを彼に打ち明けるのだった。
「……なんだとぉ…あのバカ共がぁ……カタギ衆にまで手ぇ出しやがって……おっと…麗子ちゃんは何にも心配しなくていいんだぜぇ…あたぁ俺に任しときなぁ……あんたやその廻りの人間にゃあ指一本だって触れさせやしねぇからよぉ……子の不始末ぁ親の不始末ってなぁ渡世の定石だぁ……あんたぁしばらくアイドルの子達と一緒に四谷にある俺の事務所にでも避難しててくれやぁ……」
彼がそう言った時、あたしには嫌な予感しかしなかった。
「康介さん…死なないでね……あたし信じて待ってるから……」
本当は、縋って泣いてでも彼を止めたかったけど、彼は、真っ直ぐな昔カタギの渡世人。女のあたしが縋って止めるのを彼が良しとしない事がわかっていたあたしには、去り行く彼の背に、そこまで言うのが精一杯だった。
結局その翌日、変わり果てた彼とあたしが対面したのは、四谷東署の霊安室だった。
あの夜、泣いて縋ってでも彼を止めていればと、一瞬後悔はしたけど、事を成し遂げて、満面の笑みを浮かべているようにも見える彼の死に顔を見た時、本当は悲しいはずなのに、何故かあたしの顔も笑顔になっていた。
Fin