第1話 奥里の脅威1
SIGN 外伝
第1話 奥里の脅威1
6月某日…
白凪茜は奥里の九鬼家に呼び出しを受け、電車にて向かっていた。
数時間後…奥里に到着。
東部久木とは違い、北部奥里は山々が多く、自然溢れる土地だ。
「お迎えに上がりました」
駅には若い女性が待っていた。
どうやら九鬼家の従者らしい。
「はじめまして。白凪茜です」
「遠路はるばる、ご足労ありがとうございました。
九鬼 葵と申します」
深々しくお辞儀をする女性。
「これはこれはご丁寧に。次期当主様でしたか。」
「まだまだ未熟者ですが、父に負けないように精進していきたいと思います」
「おい!葵ー!とっとと家に向かうぞ」
後ろの方に泊めてある車の中から呼び声が聞こえる。
「し、失礼を!…あんの馬鹿…!」
ヅカヅカと車に歩み寄る葵。
「さっさといくぞ…って…なんだよその眼…おい…ちょ!?」
バコン!!
車の窓から覗かせる顔面に思い切りパンチを食らわせる葵。
「まったく!恥を知りなさい!」
「…元気な娘さんじゃな…」
葵と茜は車に乗り込んだ。
―――
――
「この馬鹿は石動 和馬といいます。
九鬼家の従者として勤めている者です」
「茶髪…にピアス……。
なんともはや…不良かの」
「これ(茶髪)は地毛だよ!ったく…」
「口が悪くて申し訳ありません…あとでまたシバいておきますから」
茜は後部座席から運転する和馬をじっと見つめた。
「…ふむ…
(力強い霊気を感じる…かなりの資質をもっておるな)」
「こんなんですが祓い師としてはなかなかの腕前なんです」
「こんなんって…おい!」
3人を乗せた車は山道を登っていく。
「今のうちに大まかな話を聞かせてもらってもいいかの?」
「はい…。実は強力な怨霊を捕らえまして…。
事の経緯は、ひと月前くらいでしょうか…九鬼家のある山の隣…
石神山という山があるのですが、そこに怨霊が住み着いてしまって…
怨霊は瘴気を放ち、木々を枯らし、山に入るものを迷わせ…時には殺すことも…。
死人や行方不明者まで出てしまっては流石に放ってはおけないと…私達は討伐に出かけたわけです」
「それで結局討伐出来ず捕らえるに至ったわけか」
「はい…。父も祖父も全力で戦ったのですが…なんとか捕らえるまでにしか至らず…。
今も九鬼家の地下室にて厳重に封印をしているのですが、結界にヒビが入り始めて…。
最悪結界を破り…封印から脱してしまう可能性があるということで白凪様を呼んだ次第です」
「清四郎殿や息子殿が全力をもってしても祓えぬとは…相当な相手じゃな…」
「祖父も父も、戦いで負傷し、今は療養中……他の3家にも助けを求めたのですが…。
結果は…。
すみません…白凪様しかもはやすがるものがありません…」
葵は俯いて涙を浮かべている。
「大丈夫…葵殿。
全てを背負い込まないでもいいんじゃ…。
私等は同じ仲間…、困った時はお互い様じゃ」
茜は微笑んで言った。
「ありがとう…ございます」
葵も笑顔を取り戻した。
「…
(問題は相手がどれ程のものか…じゃな。
妖魔には間違いなさそうじゃ…清四郎殿が現当主の息子殿と組んでも祓えないとなると、
その線は間違いないじゃろう)」
程なくして山頂に到着。
立派な屋敷がある。
どうやらここが九鬼家のようだ。
「さぁ着いたぜ」
3人は屋敷に踏み込んだ。
―――
――
その頃…
とある山で一人、遊ぶ少年がいた。
「…ん?あれ…?」
「…」
白い狐が少年を見つめている。
「チチチチ…!おいで、おいで」
「…」
少年は中腰で口を鳴らしながら手招きをする。
白い狐はひょこひょこと少年の方に向かって走ってくる。
ついには少年の足元までやってきた。
「うわぁ…珍しいなぁ…真っ白い狐なんて、オイラはじめて見た」
「…ワシが見えるのか…小童」
「え?」
「…見えるのか…と聞いたのだ」
「しゃ…喋った……嘘!?」
少年は腰を抜かした。
「ふむ…ワシを見れる人間に会うのはいつぶりじゃろう…。
しかも言葉まで交わせるとはな」
「君…お化けなの?」
「まぁ…似たようなものだ」
「へぇ…。オイラ神楽由良葉って言うんだ。
君はなんて名前なの?」
「名か…久しく呼ばれておらぬうちに忘れてしまった…。
まぁ…"銀"とでも呼ぶがいい」
これが由良葉と銀との出会いだった。
―――
――
「由良葉は一人なのか?」
「うん…。オイラ友達いないんだ…。
皆オイラを化け物化け物って…だからいつも一人で遊んでるの」
「…
(この小僧…ワシを感じれる事からも、相当な霊気を持っている。
なるほどな…幾度となく霊を見てきたのだろう…それを周りに言った所で理解は得られまい)」
「銀は仲間はいないの?」
「おらぬな…ワシもお前と同じ一人ぼっちという奴だ」
「じゃあ、友達になってよ銀!」
何気ない一言だった。
由良葉の屈託のない笑顔から、自然と出てきたその言葉…。
精霊に近い存在の銀にはとても不思議な感覚だった。
「ワシが怖くはないのか…?」
「うん。…オイラお化けは沢山見てきたよ…。
しつこく追い掛け回す奴とか、襲ってくる奴もいっぱいいた。
でも銀は違うよ。
銀とは仲良くなりたいな」
「……それも悪くはないかもな…」
「あは!」
―――
――
「ようこそ九鬼家へ。茜ちゃん久しぶりじゃな」
「清四郎殿もお変わりなく…思ったより元気そうじゃな」
出迎えたのは先代当主、九鬼清四郎だ。
齢70過ぎの白髪交じりの頭をした品のよさそうな老人だ。
「葵、和馬ご苦労だったな。
ワシは茜ちゃんとちょいと話があるからもう行っていいぞ」
「はいおじい様」
葵と和馬は別室へ入っていった。
「礼儀正しい、よい孫を持ったな清四郎殿」
「うむ。自慢の孫じゃよ。ふぉっふぉ!」
「早速じゃが、例のものを見せて貰おうかの…」
「…ふむ。大よその話は葵から聞いたようじゃな。案内しよう」
清四郎は茜を連れ、地下の隠し部屋へとむかった。
「…」
「暗いからの。足元気をつけてな」
薄暗い地下へと続く階段。
何か途轍もない威圧感が底から伝わってくる。
「…さぁ、ついたよ」
先が明るくなっている。
階段を降りたら明るい部屋が現れた。
「これは……予想以上じゃな」
「だろ?……何があったか…どういう経緯で流れ着いたかはわからんが…。
コイツは滅多にお目にかかれぬ…"鬼"じゃ」
目前には呪印で書かれた陣が広がり、その中心に黒い影がうごめいている。
わずかに人の形を成しているようにも見受けられる。
「封印して尚、この瘴気…。
常人ではここにたどり着くことも出来まい」
「ワシもコイツに食われてな…力の大半を持ってかれたわ」
茜は全身から冷や汗が出る感覚を感じていた。
「この状態から祓うのは厳しいのう。
封印を解いて…そこを叩く他無いか」
「じゃが…茜ちゃん。
正味な話…どうかね?やれそうかな?」
「…」
「弱っておるとはいえ…ワシと明正二人掛かりでも仕留めれなかったほどじゃ。
"霊王眼"の能力…封印の刃に特化しとるワシ等九鬼家が…全てを封印できんかった…」
「まぁ…全力を持って戦う他あるまいな…全てを賭して」
その瞬間だった。
ビシッ!
何かが割れるような音が響いた。
「…!まさか…このタイミングでか!?茜ちゃん下がるのじゃ!!」
「くうッ!!」
ズズズ…!
先ほどの割れる音は結界石が割れる音だった。
縛り付けられていた黒い影が膨らみだした。
茜と清四郎は身動きが取れなかった。
圧倒的なプレッシャーを感じていたからだ。
どうにかしたい気持ちはあっても体が言う事をきかない。
そうこうしているうちに黒い影は地下室の天井を突き抜けて上に移動した!
「あ、茜ちゃん!」
「わかっておる!」
二人は急いで階段を駆け上った。
―――
――
「…!!」
「和馬!」
リビングで寛いでいた葵と和馬は巨大な禍々しい霊気を感じ、立ち上がった。
ドタドタと清四郎と茜が玄関に向かって走るのを見るや否や、二人もあとを追った。
外に出ると邪悪な黒い影は雲のように膨れ上がり、屋敷の上空に留まっていた。
すると、徐々にその雲は縮んでいくと同時に高度を下げてきた。
地面に達する頃にはその形を人型に化していた。
「…やるしかないのう!」
茜は身構えた。
「…人間か」
黒い影はしっかりとした人の形になった。
全身浅黒く、筋肉質な男のようだ。
頭には鬼の象徴である角が2本生えている。
「主はやりすぎた…ここで祓わせてもらうぞ!」
「…」
じっと茜を見つめる鬼。
「人にしては位の高い気を纏っているな」
スッ
「!!?」
一瞬にして茜の目前に迫り、茜の顎に手をかけ、顔をあげさせた。
近くで見るとより大きさがわかる。
3mに迫るほどの大きさか。
「震えておるぞ…どうした?」
「…く…!」
茜は咄嗟に腕を突き出したが、その瞬間にはすでに遠くを歩く鬼。
「無駄な事はやめた方が身のためだぞ…人間」
そういって鬼は去っていった。
「く……!ここまで力の差があるのか…!」
「茜ちゃん…そう気を落すでない…。
まだ終わりじゃない…そうじゃろ明正」
玄関に出てきたのは頭に包帯を巻いた中年の男性だった。
「親父…。
ああ…そうだな!まだ終わりじゃない…全戦力をもって奴を追い詰める!
葵!和馬!戦闘準備だ!…奴を叩くぞ!」
第1話 完 NEXT SIGN…