5.時の番人タイム
「この時計は世界の中心だ。この世界の時間は全てこの時計を基準に決められている。つまりこの時計こそがあらゆる時計の元となるものだ」
男はそっと時計に近づき、愛おしげに文字盤を撫でる。すると時計は喜ぶように光り輝いた。
「美しくて当然だ! この時計は何よりも美しい!」
男は晴れ渡る笑顔でそう言い切ると、表情を元に戻し、ソフィアへと向き直る。
「この時計のすばらしさがわかったか?」
「えっ?」
突然話を振られ、驚くソフィアに男は苛々とした様子で言う。
「え、じゃない!わかったかと聞いているんだ!」
「えっと、その」
「おい! この時計のすばらしさがわからないのか!? 私の話をちゃんと聞いていたか!?」
「あっ、うん、聞いていたよ?」
「なんだその態度は!? 何か文句でもあるのか!?」
男はまた恐い顔をしてソフィアを睨む。先ほどの優しげだった表情が嘘のようだ。
文句あるかと言われても……
そもそもソフィアは最初から男の話についていけていなかった。
「ごめんなさい。もう少しわかりやすく言ってほしいかも」
ソフィアの答えに男は痛むように額を押さえる。どうしたのかソフィアが尋ねる前に男は苦々しげな顔をし、ソフィアを見た。
「何故だ!? 何故わからない!? あれか!? お前の頭の中は空っぽなのか!?」
「空っぽの事はないと思うよ。自分の頭の中なんて、見たことないからわからないけど」
ソフィアのその返答に男は、今度は頭を抱え、何やらぶつぶつと独り言を言い出す。
何だか忙しい人だな……。怒鳴ったり、喜んだり、苛々したり。表情がめまぐるしく変わるのは見ていて楽しいけど、一緒にいると何だか疲れちゃいそう。
もっとも、男がそうなっている原因は他でもないソフィアなのだが、彼女はその事にもちろん気づいていない。
男はしばらく独り言を呟いていたが、やがて顔を上げると、ソフィアに再び向き合った。
「どこからわからなかったんだ?」
「最初の方から」
ソフィアが素直に答えると男は絶叫した。
「全部じゃないか! お前の頭は本当に空っぽだな!」
苛々と足を踏み鳴らしながら、男は吐き捨てるようにそう言う。それほどに苛々するならソフィアなど相手にしなければいいのに、そうしないところを見るとなかなか律儀な性格かもしれない。
男は苛立ちを隠す事なく、ソフィアにどこがわからないのか乱暴に聞く。
「時計の事はわかるか?」
「綺麗なのはわかった」
「そうだ。綺麗だろう。何故綺麗だと思う?」
「えっと、光っているから?」
「そうだ。この時計には常に魔法の力が働いている。魔法の力によって、こうして時計はいつでも輝いている」
「魔法?」
聞き慣れないものにソフィアは思わず聞き返す。男はそれに平然とした様子で答える。
「そうだ。聞いた事ぐらいあるだろう?」
「おとぎ話とかに出てくるやつ?」
「まあ、少し違うがな。だいたいはあっている。魔法を使う為には多くの決まり事や代償がいるが、使えば奇跡さえ起こせる。そういうものだ」
男はそう言うと、時計を見る。つられて、ソフィアも時計を見た。
「この時計は、世界の中心。あらゆる時間の基準となっている、特別な時計だ。他の時計のように遅れたり、早まったり、止まったりする事は許されない。そんな事をすれば、世界の時間、全てがその影響を受ける。だからいついかなる時も正確に時を刻むよう魔法を用いて、常に管理している」
「貴方が魔法を使って?」
「いや、私の魔法じゃない。そもそも魔法は私達のようなものが扱えるものじゃない。魔法を使えるのは精霊だけだ」
精霊?
また聞き慣れない言葉にソフィアは首を傾げる。それに、男は小さくため息をつき、時計の周りに集まっていた光達を指さした。
「あれが精霊だ」
「あの光が?」
「そうだ。精霊はその身に宿す力によって、様々なものにわけられる。あそこにいるのは時の精霊だ。時を管理する為にここにいる」
そう言って、男は軽く手を振る。するとそれに応えるように光達は皆くるくると回った。それに、男はほんの少し、口元を緩めた。
「魔法を使うには精霊と契約を交わす必要がある。人は精霊と契約を交わす事によって魔法を使えるようになる。あれは精霊だが、見ればわかるように小さいだろう」
男にそう言われ、ソフィアは頷く。確かに光達は小さい。ソフィアの小さな手のひらにさえおさまってしまう程小さかった。
「あれらは精霊の中でも下級の存在だ。上級の精霊に仕え、その力を分け与えられ、存在している。下級だから見た目どおり起こせる奇跡もたいしたことない」
「そうなの?」
「ああ。とはいえ奇跡は奇跡だ。契約を交わせば、常人ではできない事ができるようになるだろう」
えっと……
ソフィアは一生懸命男から教えて貰った事を頭の中で繰り返す。
せっかく教えて貰ったのだ。理解しなければ。そうしなければ男はきっと話す事を止めてしまうだろう。それは嫌だった。
ソフィアが人とこうして、ちゃんと目を見て話すのは酷く久しぶりな事だった。
だからソフィアはまだ会話を止めたくなかった。
「貴方はあの光達と契約したの?」
「いや、私が契約しているのはあれらが仕えている上級の精霊だ。時の守護者と呼ばれ、あらゆる時を司っている」
そう言うと男はソフィアに向き直る。翡翠の瞳が真っすぐと射抜くようにソフィアを見つめた。
「私はタイム。この時計塔の管理人であり、時の守護者と契約を交わし、時の番人になった者だ。さて、今度は私からの質問だ。お前は何故ここに居るんだ?」