インキャ男子と学園のアイドルが付き合ってみた
夕暮れの放課後、誰もいない教室で一人たたずむ。
吹奏楽部の演奏やグラウンドから聞こえる運動部の声が妙に心地よくて、僕はなんとも言えない切ない気分になる。この時間が青春というものを体験させてくれている気がして、つい浸ってしまう。
僕にとってこの時間はこの世のどんな宝石よりも輝いていて、価値のあるもののように見える。
だから僕はこの一番青春に触れている気になれる時間を許される限り味わっていたい。
そんな僕のお楽しみの時間はあっという間に終わり、僕は家に帰るために下駄箱へと向かった。
すると、普段なら誰もいないはずの下駄箱に見慣れない人物がいた。
僕は驚いた。
もちろん、いつもと違う光景にもだが、それ以上にその人物があまりにこの場所にいるのには不釣り合いだと感じたからだ。
そこにいた人物は、腰まで伸びた手入れの行き届いた綺麗な黒髪に、すらりと伸びた長く白い手足、同じ人間とは思えないほど整った顔立ちをした女性。
西園寺 春香
学校内で彼女を知らない人はいない。
容姿端麗、文武両道の才色兼備な完璧超人。
ここまでくると人気にならない方が難しい。
誰かを待っているのだろうか?だがおそらく僕より後にここを通る生徒はいないと思うが。そんなことを考えながら僕は靴を取り、急いで帰ろうとする。
僕も来世ではあんな美少女に待ち伏せされるような人生をあゆみたいな。
「ねえ、ちょっと話があるんだけど」
「僕ですか?」
「あなたしかいないじゃない」
僕、なにか失礼なことしちゃったかな。心当たりが全くないんだけどな。過去の自分の行動を思い返してみても家族以外の人とまともに関わった記憶が無い。なんだか悲しくなってきた。
彼女は僕に向かって驚きの言葉を口にする
「私と、付き合ってくれない?」
僕は教室を出てからどこかで死んだのだろうか?
これが現実なわけがない。
だとしても、夢にしてはあまりにリアル。
ということは、これは神が僕に与えた人生最後のボーナスタイムってことか。
神様もなんてサービス精神があるんだ。本当にありがとう!
もう、楽しむしかない!このボーナスタイムを!
僕は夕暮れのあの気候とあまりに自分にとって都合の良い状況に頭が混乱していた。
その結果、僕は変なテンションに切り替わり、
「よろこんで!」
両手でグッドポーズをしてそう言った。
勘違いしないで欲しいが、僕は普段は無口でおとなしい人間だ。
そのまま僕は家に帰り、これで会うのは最後になるであろう家族に今まで育ててくれた恩を感謝の言葉で返した。
僕は大号泣だったが、家族はドン引きだった。
そんな怒濤の一日を乗り越えて、僕は就寝した。
朝目覚めてふと我に返る。
冷静になった脳みそでしっかりと昨日の出来事を考え直す。
僕は死んでいないし、あの告白は現実だ。
その証拠に昨日交換したL○NEに彼女からのメッセージが来ていた。
「今日、放課後空き教室で二人で話しませんか?」
「了解」とだけ返事をした。
僕は恥ずかしながら家族以外の人とのメッセージのやりとりは初めてで、気の利いた返信の仕方を知らなかった。可愛いスタンプでも送れば良かったのかな。