妄想の帝国 その45 トーキョー無輪開催
202X年、開催されるはずだったトーキョーオリンピックは、開催都市トーキョーの委員会の不適切な言動によりオリンピック開催にふさわしくないと世界に判断され、公式には中止となった。しかし当のトーキョーの委員会は中止になっては利権も利得も不意になると、無理矢理に自称”五輪”を開催した…
202X年 ニホン国でオリンピック、いわゆる五輪が開催される予定であった。しかし、時の会長モンリ氏らのオリンピック精神に反する差別発言や度重なる大失言と、それを擁護するニホン国の開催委員会や政府の態度、新型肺炎ウイルスのニホン国の対策の失敗、そしてオリンピック委員会のバッパ会長への賄賂が明るみにでたため、オリンピック委員会は大会の初の中止を宣言した。しかし開催中止はスポンサー企業および広告つまり中抜き会社の便通の倒産を招きかねないと駄々をこねたニホン国政府は開催を主張、無理矢理に自称“五輪”を開催することとなった。
『さあ、いよいよトーキョー五輪の開会式の幕開けです!』
まばらな観客席に座り、Kはスマートフォンをいじりながら、アナウンサーの声を聞き流していた。両脇に人がいないので、リュックを左に、右にペットボトルを置いて、悠々と座っている。ウイルス感染防止のため、観客同士の距離をとったといえば聞こえがいいが、観客そのものが少ないのだ、しかも
「お前も来てたのか」
「Rか、そりゃまあな」
「いいバイトだからな、観客として座ってるだけ。飲みものや軽食は無料配布とくればな。だいたい他にロクなバイトはないし、一応大学は夏休みだけど帰省するのもはばかられるからな。ウイルスの終息はまだまだらしいし。狭いアパートにいるよりはいいさ。しかもマスクしないでいいんだろ」
「まあ、選手入場とか、放映されるような場面じゃスマホは置いとかないと駄目だろうけど」
「どうせ、こんな下の席、詳しくうつさないよ。マネキンやロボット置いてるわけじゃないってわかるように、ときどき歓声を上げたり、感動したフリすればいいさ」
「オイ、隣に座る気かよ」
「安心しろ、一席、いや二席は空けてやる。俺も荷物とかあるし」
二人は少し離れて並んで座っていた。
『各国選手団の入場です!』
やたら声を張り上げるアナウンスに従って、競技場をみると、プラカードを持った人々が数人歩いていた。
「各国って、ヨーロッパも、アメリカも中国すら参加してないんだろ、正式には」
「だってさ、本当はオリンピックじゃないんだぜ、ニホンがそういってるだけでさ」
「そうだよなあ。この大会、すでに存在そのものが抹消されて北京も冬季は中止したっていうのに、ニホンだけが五輪、五輪って言ってんだよなあ」
「だいたい、席を買ってはいるんじゃなくて、俺らみたいなサクラが雇われて席埋めてんだぜ。いかにも観客いますよって見せかけるために」
「外国の客なんて、来れないだろ、ニホンへの渡航禁止じゃん。向こうに行くのも駄目だし。国内でだって、これを五輪と認めてない人とか大勢いんだろ」
「参加拒否した選手もいるらしいぜ。だいたい出たら、成績どころか汚点だろ。外国の選手は秋の世界大会に向けて調整してるから、逆にこれに出た方が不利になる可能性だってある」
「まあ、確かに出たら逆に黒歴史だよ。たとえメダルとったって、国内の他の大会より、世界的な扱いは低くなりそうだし」
「だから、オリンピックは国を代表して当分出られないロシアの選手だってほとんどきてないんだろ。もっともニホンに来るのだって難しいけど」
「それでも、選手がいないと格好がつかないから、モンリとかが金出して引っ張ってきたらしいが」
「ゲ、あいつがかよ。あいつ自分がこの騒ぎの原因だってわかってんのかねえ。だいたい無報酬とか言ってて、日当は出るわ、関係業者から6千万円献金もらうわ、利権だらけだったじゃん。もちろん自分のポケットマネーだろ」
「あれ、献金じゃなくて賄賂だろ、政治資金団体なかったし。たぶん税金から出させたんだろだよ。俺らのバイト代も税金だし」
「う、みなさまの血税か。しかもウイルスで経済どん底だし…。ま、俺らだってバイト代、所得税とかひかれたし、親が払った税金を取り戻すと思えば」
「ま、まあな。あ、ニホンの選手団だ」
と国旗をはためかせて入場したニホン選手たち、が
「やっぱ少ないな。あ、女子ほぼゼロ?あのモンリ発言のせいか。ありゃ酷いよ、周りのジジイどもが火に油注ぐし、ニホン男児として逆に恥ずかしかったわ」
「俺も彼女に同類にみられそうになって、とばっちりくらったわ。ホントあの老害のせいでさんざんだよな、まあ老害って言ったら、高齢者に失礼か、もとからあのオヤジ無神経差別発言の塊だったってオヤジが憤慨してたし」
「まあ、元凶のモンリがおとがめなし、次の奴も同じ穴の狢、生物学上女ってだけで中身差別オヤジかその味方。女子選手が拒否して当然か。出たい奴もいたのかもしれないけど、出たら最後女子競技会での立場がなくなるかもしれん」
「少なくとも国際大会出場は絶望的だろ。だって他国の女子競技団体がほぼ全部ボイコットだし、出たら競技生命を絶たれかねないんじゃないか、差別主義者に味方したアホとして笑いものにされかねない。もっとも、オリンピックじゃねえよ、この大会」
「大人しく中止にしときゃ、よかったんだろ。あ、五輪出れないと死ぬみたいなアホなこと言ったやつはでてんのか」
「でも、他の大会には二度と出れねえんじゃないかな、それで本望なんだろうけど。しかし世界の強豪も出ない、この大会で優勝して意味あんのかねえ。一応五輪だからいいのか」
「五輪ですらないだろ、だいたい五大陸の選手揃ってないし」
「えっと、欧州、中国はでないけどロシアが数人、アジアからも少しは。あと北米は、ダメだな、全滅。南米は南米有志だってよ。アフリカはゼロ、…さすがに人権意識高かったか」
「それもあるけど、ウイルス感染の恐れもあるらしいよ。万が一感染したら医療崩壊が即起こりそうなほど医療体制が脆弱な国多いし。まあ確かに検査とかゆるゆるだし、感染して帰国してウイルス広めたら英雄どころか疫病神になりかねないからな。出ても成績にはならないし」
「多少の金はニホンが出すかもしれないが、生涯稼げるかもしれない金額考えたらなあ。これでて欧米の企業とスポンサー契約結べなくなったら、その方が大損になりそう」
「で、オーストリアはもちろん拒否、ニュージーランドも」
「じゃ、五輪どころか実質無輪じゃん。モンリとかわかってんのか」
「いいや、だいたい、あのジジイが五大陸ちゃんと言えるかどうかわかんねえよ。中国大陸とかヨーロッパ大陸とか言いそう。南極大陸からこないのかとか」
「う、それ冗談にならねえ。そういえばアフリカ大陸を“ク〇〇ボ大陸”とかいったとかいわないとか」
「それシャレになんねえよ。ホントならアフリカ勢参加拒否して当然だろ、俺まで腹立ってきたわ」
「まあ、まあ、入場終わってたわ。宣誓だか見損ねた」
「やべえな、こっちカメラ向いてたかな」
「大会について熱く語ってました、とか後でいっときゃいいじゃん」
『大会を彩るアトラクションです!』
と、元気良い声と裏腹に無人の競技場に映像だけが目まぐるしく入れ替わる。
「全部プロジェクションマッピングかよ。人が全くいねえよ、なんかダンスとかやらないのか」
「しゃーねえよ。モンリのアホ発言に加え、意味不明の擁護でボランティアだいぶやめたしな。そのうえジコウ党幹部のサンカイだかが“気にするな、ボランティアなんてすぐ集められる”なんて、ふざけたこと抜かしたから」
「ひゃーますますやめるわ、そりゃ。で、集められずに人がいなくてCGに頼りましたか、情けねえ」
「いっそ、観客席もCGで満席に見せかけ…、すぐばれて恥の上塗りになるか」
「まあ、アトラクションというか演出がCGだけでも、新しい試みとか言葉遊びでなんとかなんじゃねえの?あの都知事そういうのお得意だろ、中身ゼロのパフォーマンス」
「ゼロ過ぎて効果もゼロだけどな。まあ、やらせ感満載の「五輪」モドキってのも、ある意味斬新な試みだよな」
「オリンピック精神から離れまくりの似非五輪だけど、あ、聖火だけは本物か」
アナウンスを聞きそびれたのか、競技場にすでに聖火ランナーが走っていた。しかし、遠目で見ても動きが少し鈍い。こころなしか足がもつれているようにみえる。
「だ、大丈夫なのか、あれ」
「そういや、ランナーも辞退者が多くて、一人が走る距離が異様に長くなったらしい、40キロとか」
「マ、マラソンか?だいたい聖火かかげて、そんなに走れんのかよ、あ?」
ブーン
競技場の真上からドローンが一台侵入し、聖火ランナーの真上でとまった。呆気にとられた人々が見ている前でドローンは上にのせているバケツをひっくり返した。
ザッバーン
ランナーは上から水をかけられて水浸し、当然手に持った聖火は
「うわ!消えてる」
「あ、っちゃー、唯一本物だった聖火も消えたか」
驚いたランナーは倒れこむように座り込んでしまった。消えた聖火の器が虚しく競技場に転がる。大会スタッフらしき数人がドローンを捕まえようとするも、あっという間に上空に消え失せた。
聖火が消えたことで競技場は大騒ぎ、大会の進行は滅茶苦茶である。Kたちと同じ雇われてきたのか、それとも思いがけない中断のせいか、席を立つ観客も出始めた。
ざわつく周囲をよそにKはぼそっと言った。
「やっぱ、これが五輪だって名乗ることの抗議かなあ」
「そうかもな。五大陸参加でもなく、オリンピック精神にも反し、ボランティアなどの地元民からも拒否。さらに観客は金払ったサクラ。全部偽物、似非、オリンピックもどきだからな。神聖な聖火にぜんぜん、ふさわしくないし」
「いっそ、聖火も偽物でよかったのかもな。どっかの神社の薪でもつかえば」
「だな、いっそ名前も五輪じゃなくてトーキョー無輪にしちまえばよかったのに」
二人は競技場の上に掲げられた五輪のマークを見上げた。五色であったはずのそれはなぜか灰色のくぐもったような色で、こころなしか輪が所々欠けているようにみえた。
どこぞの国では近代オリンピック精神はどこへやら、さらに約束したはずの金のかからない五輪のはずが、費用最大級という無茶苦茶なことになっているようですな。中止となるとどっかの政府癒着の大広告会社だのがつぶれるそうですが、それが国民の税金やらをつかったスポーツの公正な祭典なんですかねえ。やらない方が恥かかなくてよさそうですが。