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「奇跡の歌姫」シリーズ

何もしなくても?

作者: 四季

2020.10.19 に書いたものです。

 ウィクトルとウタ、二人は今、ベッドとテーブルと椅子くらいしかない部屋の中にいる。

 二人が座っているのは一つのベッドの上。

 窓は白色ながら厚みのあるカーテンが覆っていて、室内から外界の様子を目にすることはできない。もちろん、逆も同様。


「ねぇウィクトル。これってどういうことなの? カーテンまで閉めて」


 ウタは戸惑いを抱えていた。ただし、それは、物の少ない部屋に入れられていることについてではない。部屋自体に問題はないのだ。カーテンが締め切られているところだけが、これまでと違っているところ。つまり、ウタが戸惑っているのは、そのことについてなのである。


「確認させてくれ、ウタくん」


 ウィクトルは真剣な面持ちで言葉を発する。


「何?」

「私と君はもう夫婦になったな」

「ええ、そうね。でも、今さらどうしたの?」


 二人は一つのベッドに腰掛けている。が、その体は衣服も触れ合わないくらい離れている。妙な距離感。


「しかし、だ。二人の距離は日に日に離れていくような気がする」

「……そう?」


 いつになく真剣そうな顔つきでウィクトルが述べるのを聞き、ウタはますます戸惑う。


「リベルテに相談してみたんだ。そのことをな。そうしたら『主が積極的でなさすぎるのです!』と言われた」

「そ、そう……」


 ウィクトルが男女関係という面で積極的な人間でないことはウタとて知っている。敵から庇うために触れられたことはあっても、個人的な意味で触れられたことはない。


「そこで、今日は濃厚接触を行う」

「そんな講義の始まりみたいな感じで……?」

「そういうことだ。とうに結ばれているのだから、多少過激にしても悪くはないだろう」

「多少過激って」

「指十本で同時に触れる、とかだな」

「そ、そう……」


 ベッドの傍には、ウィクトルが全力で描きあげたウタの絵が飾られている。


 白い真四角の紙。使っているのは、ありふれた黒い油性ペン。そして描いてあるのは、頭と足が繋がっている謎の生物のようなもの。ただし、ウタを描いているのだと察せる部分はある。茶色い髪と思われる部分である。


「いや、まぁ、先ほどのは冗談だ。実際には、他にしてみたいことがある」

「してみたいこと?」

「接吻」


 ウタは思わず噴き出しそうになった。

 幸い、何も口に含んでいなかったので大惨事にはならなかったが。


「ま、また急ね……。でもどうして? もしかして、誰かに何か言われでもした?」


 額の汗を拭きつつ、ウタは尋ねる。


「リベルテから『若い妻を放置していては、万が一ということがありますよ! 一度離れた心を取り戻すのは大変です!』と言われた」


 ウィクトルは正直に答えた。それも、恥じらいなど微塵もないような真っ直ぐな目つきで。


「それ、絶対楽しまれてるわよ……」

「若い妻はやはり容易く気が変わるものか?」

「貴方だって若いじゃない。それに、私が移り気じゃないことは知っているでしょう」

「それはもちろん! 知っている!」


 ウタは特別多くの異性から好まれるタイプではない。言い寄ってこられるという経験をしたことも、そんなにない。それがすべてを物語っている。


「では早速!」


 ウィクトルは突然ウタの両肩を持つ。

 目つきは真剣そのもの。前線で戦う者のような、敵を寄せ付けないくらい鋭い目つきをしている。


「待って待って待って。さすがにいきなり過ぎよ」

「安心してくれ、ウタくん。先日歯医者で歯垢クリーニングを済ませてきた、虫歯もない。そして、歯磨きも今日起きてから十回は行った。殺菌作用のある薬でうがいもした。何も案ずるな」

「逆に生々しいわ……」


 ウィクトルは物凄い勢いで喋り「不衛生でない」ということを主張するが、ウタは少し引いたような顔をしていた。


 が、次の瞬間。


 ウタはウィクトルの頬に軽く唇を添える。


「これでいいんじゃない?」


 そう言って、ウタは微笑む。


「まぁ、正直私も詳しくはないから……よく分からないけど」


 すぐ近くにいる二人の視線が静かに重なる。


「このくらいの方が生々しくなくて良いじゃない?」

「確かに。では返そう」


 そう述べて、ウィクトルはウタのやや赤みを帯びた頬に軽く口づけをする。


「これで心は離れないな?」

「……いや、べつに、何もしなくても心は離れないのよ」


◆おわり◆

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 ウタとウィクトルの、夫婦でありながらも初々しい1場面。 ユーモアを交え、ひとつの愛のあり方が、清々しく描かれていました。 お互いに交わすふんわりしたキスには、たくさんの愛が…
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