結
「どうだ?」
先輩は、起きるなりそう言った。
よく見ると、目が赤い。
きっと、少し泣いていたんだろう。
まあ、自分から言い出さないのに聞くのも野暮というものだろう。
と思ったので、聞かないでおくことにして、僕は作業の進捗を伝えた。
「そうですね、完成したと思います。一応、春山にチェックしてもらってます」
僕がそう言うと、春山は顔をあげると、見ていた紙を僕に手渡しつつ言った。
「うん。いいと思うよ。一応先輩にも見てもらったら?」
「それもそうだな。先輩、お願いします」
「りょーかい。どれどれ……」
そう言いながら僕の手書きの規約に目を落とした先輩に、春山が話しかけた。
「あの、先輩、好きだったんですか? 上川先生のこと」
「「ブッ!?」」
僕と先輩が同時に吹いた。
僕は慌てて春山に飛び付くように近づくと、言った。
「(バカ、せっかく言わないようにしてたのに! 流す流れだったじゃん!)」
「(え、そうだったの? 失敗、だね……)」
僕と春山がこそこそとそんなことを話していると、先輩はポツリと呟いた。
「なんだ。ばれてたのか」
すぐさま振り向き、僕は言う。
「そうですね。ていうか、あれで隠してるつもりだったんですか? かなりバレバレでしたよ。先生と話すときだけ語尾にハートマークついてましたし、なんなら口調も柔らかくなってましたしね」
僕は早口で捲し立てていた。
隣にいる春山は、マジかこいつ、みたいな目で僕を見ている。
うん、そうなるよね~。僕も驚いてるもん。
まあ、でもあれだよね。黙っていようとしてたのが、もうよくなったから、全部溢れてきたって感じだよね。
と、自分の中で勝手に釈明を続けているが、先輩は唖然としている。
「いやちょっと待ってください? 気づいていなかったとすると、結構な重症ですよ?」
「え、そう、だよな……。う~ん……」
なんだか、一人で悩み込んでしまった。
と、そこへ、春山が尋ねた。
「先輩、いつから好きなんです?」
「え、いや、その……。去年のいつ頃からかな……。とりあえず、いつからか、気がついたら先生のことを目で追うようになってたんだよ……」
う~ん、あれだな。僕は、基本的に他人の恋ばなとか聞いて楽しめるような感性は持っていないようだな……。
まあ、男子でそんな話をすることは、稀だろうし、そもそもそんなことを話すような相手もいない。
大丈夫だな。
言ってて少し悲しい。
まあ、僕の悲しいお話はこれくらいにして、今は先輩の話だ。
結局、そんなに簡単に捨てられるような思いでもあるまい。僕は今まで恋というやつをしたことはないからわからないけれど、そういうものなんだろう。恋心というのは。
だから、
「で、諦めちゃっていいんですか? 思いとか伝えないんです?」
「いや、あたしみたいなのから告られても困るだけだろ。それに、先生に告ったりしたら、顔会わせづらくなるだろ、向こうも。クラスの連中にもからかわれるだろうし……」
「そうですか。なあ、春山」
「え、何急に、どうしたの?」
先輩と僕の会話から、急に呼ばれた春山が驚いたように返事をした。
僕は言葉を続けた。
「例えば、お前に好きな人がいるとする」
「え!?」
「例えばの話だ。例えばの」
「ああうん! 例えばね!」
「そう、例えば、お前に好きな人がいるとして、そいつに、好きな人、もしくは彼女がいたら、お前はどうする?」
「う~ん……。難しい質問だね。でも、だいぶ悩むと思うな。悩んで悩んで悩み抜いて、私は、その思いをそっと自分の奥底にしまうと思うな。やっぱり先輩の言ったように迷惑に感じるかもしれないし、それに、それからもその人とは仲良くしていたいし。やっぱり、その人を優先すると思う」
「そっか。僕はきっと、悩みはするだろうけど、思いを伝えるよ。だって、思いを溜め込んでたって、自分がひたすら苦しいだけだろうし、その人のふとした仕草でもっと深みにはまってしまうかもしれない。それにそもそも、相手のいる身で、僕に好かれるようなことをしてしまったその人の方が問題なんだ。だから、僕なら伝えてしまって、自分も楽になりつつ、相手にもそれを意識させてやるよ。それが、好きにさせてしまったものの責任だとでも言ってさまあ、結局僕は僕だけが良ければいい自己中野郎だっていうことかもしれないけれどね」
「う~ん……。そういう考えもあるんだね……」
そんな会話を僕たちが交わすと、先輩は少し悩むようなそぶりを見せてから、急に席を立った。
「どしたんすか?」
「ああ、いや、ちょっとな。ああそう! トイレだよトイレ!」
「あ、じゃあ私も行きます」
続いて春山まで席を立とうとした。
いや、
「(ちょ! バカか春山!)」
「(え? あ、ああ!)」
僕の言葉でようやく気づいた春山が、手をブンブン振って、言う。
「いえ、やっぱいいです」
「? そうか」
そう言って先輩は教室の外へ向かって歩きだした。
教室を出る直前、
「あ、ありがとな。遠山」
そう言い残して、先輩は走り出した。
同シリーズの別作品も、よろしければお読みくださいませ。