2話 資源
説明回です。世界観の練りが甘いので、この辺は固まった傍から修正したいと思います。
『まずさっきも言ったように、ここは異世界だ。そしてこれから話すことは、小説やアニメでもフィクションでもなんでもない。全てが真実で、現実だ。いいね?』
彼女は押し黙り、しかししっかりと頷く。
では話すとしよう。彼らにとって、この不条理な異世界の話を。
まず俺たちのいるここは、ムースガントと呼ばれる大きな大陸、その中にある国家のひとつ。アレルパンド帝国、その城下町。
ムースガントには大小様々な国があるが、大別しての強国は四つ。
一国はこのアレルパンド帝国。大陸の南側に位置している。地図があるといいんだけど、生憎と売ってしまった。
次に北の隣国、コーンウル。国土が広い。とにかく広い。けど北に位置し山岳地帯も多いためか農耕は盛んではなく、多くの遊牧民がおり様々な家畜を育てて他国へ輸出している。羊に似たレバタっていう動物の肉がとにかく美味い。
そして西のアバハト王国。規模はこのアレルパンドと同等といったとこかな。ただあそこの王族は中々の無能揃いでさ。俺はそこでちょっとしたことをやらかして、向こうではお尋ね者になってるけどね。
最後に東に位置した.......これはもう国とは呼べないのだけど、かつてはウルガ魔人連邦と呼ばれていた。連邦という国家自体は滅びたが、その地には魔獣や魔人と呼ばれる多くの種族が跋扈していて、どの国も国境に大壁を築き、今は必要以上の刺激を与えないようにしている。
『魔獣や魔人、ですか』
『そう。君はゲームをよくやるんだよね。そういうのに出てくるモンスターと捉えてくれればあまり相違はないよ』
さて、次は俺たちの世界には無かったものの説明を。
今言った魔獣や魔人もその一つだね。人族よりも桁外れの膂力と、そして魔力を有している。
魔力については.......簡単に説明しにくいんだが、やっぱりこれもゲームの知識で補ってくれればあまり支障はないと思うよ。説明し出すとキリがないし、これから学ぶ機会も多いことだろうからまたその時に。
そしてその魔力を使って行使されるのが、魔術や呪法、身体強化術といったもの。
これらには個々に適性があって、魔力を持っているからといって必ず行使できるとは限らない。それぞれに適正な才能がなければ行えないことなんだ。
そして最後に一番重要なのが、俺たちのこと。
『わたしたち、ですか?』
俺たちだけではない。この世界でも、俺たちの世界でもない、全く別の世界からも稀に人や魔獣、そして魔人は召喚される。それはこの世界では常識であり、ある意味貴重な人材資源とも言える。
何故なら、召喚されこの世界に来るものたちには皆、異能と呼ばれる特異な能力が備わっているんだ。
異能の種類は多岐にわたり、全く利用価値のないものもあれば、技術開発や戦争に使えるものもある。
どんな者が来訪するかは全く分からないが、来訪する位置は必ず決まっている。
それがこの世界の各地に古くから存在する召喚陣と呼ばれるもの。ほとんどの国はその召喚陣のある場所に城や施設を作り、来訪者を迎え入れ、選別し、時に戦わせ、時には放逐する。
勝手な話だけどね。それがこの世界ではまかり通っている。もし能力が認められれば飼い殺しにされるか、自由を求め逃げ出すか。
使える能力ではないと判断されれば、取り敢えずは市民権を与えられ、あとは好きなようにしろと解き放たれる。
『本来は召喚された直後に異能の査定と能力検査が行われ、その後の処遇を決めるものなんだが.......君はそれを受ける前に逃げ出してきちゃったからね。だから帝国の兵士たちは血眼なんだよ。もし仮に、君が強力な異能持ちだとしたら大きな機会損失どころか、他国に貴重な資源を奪われることにもなりかねない』
『資源.......ですか。わたしたちは』
『そう、資源だ。俺が召喚されたのはアバハト王国だった。そこで特殊な異能を認められ、半ば強制的に軍に入れられた。沢山、沢山、人も魔獣も殺してきたよ』
殺してきた、という言葉に彼女はビクリと肩を揺らす。平和な日本から来て同郷の人間にそんなことを言われれば、当然の反応だろう。
『まぁある程度まで価値を認められ、多少の権力も自由もあったけど.......それでも俺は王国から逃げ出した。そしてその結末が、このボロ屋ってわけ』
『.....................』
『ここでは皆、そういう逃げ出したり国に所属しない来訪者たちを総称して放浪者と呼んでいる。大抵はアウターになっても手っ取り早く金を稼ぎたくて、素性を隠し冒険者や傭兵として、また戦いに身を投じる者が多いけど。俺は.......色んなことが嫌になって、ここに隠れ住むようになったんだ』
久しぶりに喋り過ぎて喉が引きつく。カップの水を一口含むと、ナルミは改めて彼女に向き直った。
『俺の境遇も含め、取り敢えずの説明はこんなところかな?.......さて、君は助けてほしいと俺に言った。でも君の選択肢はそう多くはない。帝国に粛々と出頭し、然るべき審査を受けて流れに身を任せるか、自由とは名ばかりでなんの庇護も受けられないアウターに身をやつすか』
『.......元の世界には、帰れないんですか?』
当然来るだろうと予測していた質問に、ナルミは静かに首を振る。
『帰れない。召喚陣っていうのは一方通行なんだ。古い時代から様々な人達が数え切れないほどの知恵と技術を以てしても、それは成せなかった』
その答えに憩はシュンと頭を俯かせた。思ったより動揺が少ないように見えるのは、彼女の持つサブカルチャーの知識からきているものだろうか。
『..............まぁ、おとぎ話程度にはそんなことも語られてるけどね』
『おとぎ話.......ですか?』
『そう。子供が枕元で親に語られる程度のものだよ』
項垂れていた首が、少しずつ持ち上がる。希望というより好奇心、なのだろうか。顔色はぱっとしないものの、ナルミにほんのり色素の薄い茶色掛かった瞳を向けた。
『古い古い時代、とある偉業を成した来訪者が、世界に数多ある召喚陣の中から自らの世界へと繋がる召喚陣を見つけた。その人はそれを通り、自分の元いた世界へと旅立った.......っていう、ざっくりだけどそんなお話さ』
『その人、どんな偉業を成し遂げたんですか?』
投げかけられ、ナルミは少し笑いながら『世界平和さ』と答えた。
『はぁ.......ずいぶん大雑把なんですね』
『おとぎ話だからね。この世界は何処も彼処も争いに満ちている。その古い来訪者も、今の世を見たらさぞ嘆くだろうさ』
まず、ここに戻ってこようとも思わないだろうけどね。と付け加えた。
『そんな夢物語より現実を見据えて、早くこの世界に馴染むことをオススメするよ。さっきは異能の説明で脅かしちゃったけど、国が抱え込もうとするほどの異能持ちなんてほんのひと握りなのさ』
宥めるように笑顔を作る。どこかぎこちなさが残るのは、彼がこれまで極力人と接しようとしてこなかった弊害だろうか。
『だから安心して。明日一緒に城へ付き添うから、きちんとした査定を受けよう。そうすればこっちの言葉も教育してくれるし市民権だって貰える。逆にいきなりアウターになるほうがリスクは高い、というかすぐに野盗や魔獣に襲われて死ぬのがオチだ』
ナルミとしては、果たせる責任をこなして自分の生活に厄介事が舞い込まないよう務めたいと思っているし、彼女にとっても此処ではそれが一番の道だと考えている。
憩はすぐにはうんと言わなかった。ほんの数時間の逃走劇でも、彼女に恐怖を植え付けるには充分だったのだ。
『言葉を覚えて、そのあとは住む場所だって用意してくれるから。仕事なんかは後々見つけなきゃだけど、そこは俺がサポートするよ』
言いながら、なんて無責任な言葉だと心の中で自らを蔑んだ。
『わかり.......ました。ひとまずは仰る通りにしてみます』
『あとあんまり逃げ回ってると、あの城には怖い首狩り騎士がいるから。それが出てこないうちに、ね』
ほんのりフレーバーでも付け加えるつもりで言ったのだったが、その一言が憩の恐怖心を盛大に燃え盛らせたのだろう。ガクガクと首を揺らし、震えているのか首肯しているのか分からない。
『今夜はもう遅い。ちょっと男臭いかも知れないけど、そっちのベッドで休みな。明日は朝早く出なきゃだしね』
言って、ナルミはさっさかベッドからシーツやら枕カバーやら剥ぎ取り新しいものと取り替える。
『え、けどナルミさんはどうするんですか』
『俺は床で大丈夫。こっちに来てからは室内より野宿で寝てたほうが多いくらいだったから』
オロオロと戸惑う憩を他所に、剥ぎ取った古いシーツを床に敷くと自分はさっさと横になる。
その姿を見てありがとうございますと呟くと、憩は硬いベッドへ横になった。
緊張で眠れないかとナルミは思ったが、それは杞憂だったか、憩はほんの十分程でスースーと寝息を立てていた。
それを見定めると、今度こそ自分も床に着こうと、卓の真ん中で灯していたランプの灯を落とし、眠った。
翌朝、陽の登った直後に蹴破られ飛んできた扉の下敷きになりナルミは目を覚まして、憩はそれでもスヤスヤと寝息を立てていた。