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鉄血令嬢戦  作者: 文屋源太郎
序章 領地改革と学園生活
7/30

魔術は神の奇跡ではない

 食事を終えた私たちは再び庭に出てきた。

満腹になったせいか眠たい。子供の体は正直だ。

 もうひと眠りと行きたいところだが、時間がもったいないので我慢だ。 


 メリーたち三人も眠たそうだ。


 「次に教えるのは魔術だ」


 私は手に魔法陣を展開すると少し炎を出して見せる。

 

 子供たちの純粋な目が輝く。

 メリーは目に見えてはしゃぎ、真面目であまり表情を顔に出そうとしないリアも無口なザンドもくぎ付けだ。

 すっかり眠気も吹き飛んだようだ。

 

 大気中に存在する魔素と呼ばれるものを体内で魔力に変換し、その魔力を持ちいて様々な、現象を引き起こす。

 それが魔術あるいは魔法、魔導といわれるものだ。

 

 魔術は火を起こそうが、風を吹かせようが、土を掘ろうが、雷を落とそうが、水を凍らせようが、やろうと思えば、何でもできる。

 

 「リア、魔術は何ができる」  


 リアに問いかける。

 この時代、まだ他の学問にも言えることだが、魔術は特に、体系化されていたり、理論が確立さてはいない。

 仕組みが解明され始めたのはごく最近のことで、基本的には経験則に基づいて不安定な形で行使されているの現状だ。


 「敵を焼いたり、倒したりできます」


 リアが自信をもって言うようにこの時代の魔術は主に攻撃の手段にしか使われていない。

 一部で水を出したり、火を起こしたりするのに使われているが、主要な用途ではない。

 魔導艦と呼ばれる、空飛ぶ船の動力にも魔術は使われているはずなのだが、多くの人間はそれを魔術だと認識していない。

 

 そもそも攻撃以外に仕える魔術が確立されていないのだ。

 魔術とは攻撃の手段である。弓矢や剣などの武器の一種だというのが一般常識だ。

 

 「では神術は」

 「神術は教会の人たちだけが使える傷を治す神の奇跡です」

 

 メリーが答える。

 この子たちは賢い。この時代ならばその通りだ。

 魔術は神の奇跡などではない。人類の英知だ。

 

 エイルム王国があるこの大陸ではミュトロギア教という宗教が支配的だ。

 その教会は各地に点在し、そこで神に仕える聖職者だけが使えるのが神術だ。

 

 神術は傷を直したり、毒を取り除いたりと外科的な治療がほとんどだが、簡易的にかつ高度に行える。

 ミュトロギア教はこれを神の奇跡と言い張り、法外な治療費を請求し、無知な民から搾り取っている。

 

 神術は門外不出で教会で神の試練を耐え抜いた聖職者だけが使えるというが、実際にはこれも魔術だ。私ですら扱うことができる。 

 

 ほかにも魔術の一種である身体強化の術や精霊魔術という特殊なものも存在するが、今日はこの辺にしておこう。

 

 「そうだ。それでいい。みな、よく勉強しているな。だが、魔術とはその程度のものではないぞ」


 魔術の可能性は無限大だ。農業や土木建築の技術を数段引き上げるだけでなく、産業を機械化することも可能だ。強力な兵器を作り出すこともできる。

 

 「私がこれから教えようと、言いたいところだが一人では骨が折れる」

  

 子供たちはすぐに魔術が教えてもらえないとしょんぼりする。

 

 私はある程度魔術を扱うことはできるが、その道の専門家ではない。

 それに私は領主として勤めもある。つきっきりで教えてはやれない。

 

 というわけで三人の教師はもう用意してある。

 

 「ホド・ヘクセだ」


 杖を突いた老人が屋敷の中から現れた。

 

  メリーたち三人の訓練を始める前日、私はある場所に来ていた。

 

 戦いの準備を皆が、進めている間に私がやるべきことは人材登用だ。

 これから巨大な帝国を運営していくとなると、必要なのは優秀な人材だ。

 特に今、フレイヘルム家には人手が足りない。

 

 教育を受けていて、文官にも将軍にもなれる貴族たちの大半が離反したためだ。 

 中央集権化を推し進めるためにやったことなので、自業自得なので仕方ない。

 そうなると市井から必要な人材を集めてくる必要がある。

 

 文官や将軍になれる人材も欲しいところだが、私が喉から手が出るほどほしい人材は技術者だ。

 これから起こる、大規模な戦争の中で魔術を中心とした技術が飛躍的に発展することを私は知っている。

 

 未来から来た私であればこそ、魔術がどこまで到達するのかも、だれが、どのように、その発展に大きく貢献するのかも大まかには知っている。 

 魔術を中心とした技術の研究を今から押し進められれば、軍事力においても産業においても他国を圧倒できる。

 迅速な世界征服には必要不可欠な条件だ。


 そして幸いなことにこのフレイヘルム公爵領には、魔術の発展に大きく貢献することになる人物が二人いる。

  

 フレイヘルム公爵邸にある父が集めた大量の書物を納めた書庫。


 書庫の扉を開け中に入るとそこは別世界だ。

 私の背丈の倍以上はあろうかという本棚に所せまし本が並べられ、本棚はずっと奥まで理路整然と並んでいる。

 作りは開放的で、埃っぽく、薄暗いという古典的なイメージとは真逆だ。

 掃除も行き届いて、そこはかとなく空気が澄んでいるような気がする。

 本のいい香りが、鼻をくすぐる。


 フレイヘルム公爵邸は公爵級の貴族が住むにしてはこじんまりとした屋敷だ。

 父がこの領地を任された当初は全く金がなかったので、屋敷を一から作る余裕がなかった。

 そこで廃墟となっていた商人の邸宅を改装し、そこを拠点としたらしい。

 それでもあまり不便といったことはなく、むしろ機能が集約されていて使いやすい。

 なので、余裕ができた現在でも昔の規模のままである。勿論、外観や中身は公爵に相応しい屋敷へと生まれ変わった。

 

 そんな小さな屋敷でも書庫は異彩を放つ。

 父は昔から古今東西の書物を集めるのが好きでこの屋敷の書庫は王立図書館より蔵書の数こそ少ないが、充実度では劣っていない。

 

 そして、立派な書庫には必ず管理する人間が必要になる。

 この書庫にも一人いる。

 

 「ホド爺はいるか」

 

 しんと静まり返った書庫内に私の声が響く。

 

 「ここにおります」


 一人の老人が、本棚の陰から姿を現す。    


 白く長い髪は後ろで適当ににまとめられ、蓄えられたあごひげをゆっくりとなでている。

 大きく曲がった腰にくしゃくしゃの顔。その容貌はまるで仙人だ。

 

 私は彼をホド爺と呼ぶ。父亡きあとこの書庫の常連客は私くらいのものだ。


 「おはようございます。ルイーゼ様、いえ、今は公爵閣下とお呼びしたほうがいいですかな」

 「ルイーゼでよい」

 「してルイーゼ様。今日はどのような本をお探しで」


 いつもならここで父の集めていた資料を探すようにと頼むところだが、今日は違う。

 この老人こそ、これからの魔術の発展に大きく貢献する男。

 近代魔術の父、ホド・ヘクセだ。

 今はしがない書庫の番人に過ぎない。 

  

 「用があるのは本ではないホド爺だ」

 「わしですかな。このような老骨めに何用ですか」

 「私の従者たちに魔術を教えてほしくてな。みな才能ある子だ」

 「それは構いませんが、ルイーゼ様はよろしいのですかな」

 

 ホド爺から見れば、私はちょっとおませな五歳児だ。

 実は私が未来を知っていて、先進的な魔術を扱えるとは思うはずがない。

 

 「その心配は不要だ」

 

 私は手のひらに小さく魔法陣を展開してみせる。

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