英雄の卵
「おはようございます。ルイーゼ様。みなもう準備できております」
いつものようにメリーが起こしに来る。
ベッドから眠い目をこすりながら起きだし、メリーの手を借りながら支度を整える。
日が上ったばかりで春になろうかというのにまだ肌寒い。
いつものドレスではなく今日は、動きやすい運動服だ。
メリーもメイド服ではなく私と同じく運動服に着替えている。
部屋の壁に掛けられたクロノスを手に取る。
魔力を少し流し、クロノスの形状をペンダント型に変化させる。
神器は使い方さえ習得できれば、意のままに形状を変化させることができる優れものだ。
不思議なことにその重さも見た目に合わせて軽くなる。
近々、戦いが起きるというのに穏やかな朝だ。
トート伯たち私に従った領地持ちの貴族は兵を整えるため、いったん自らの領地に帰った。
領地はすべて私に返上されたので、トート伯たちは代官ということになるが、新しい統治機構を作るまでは当分そのままだ。
私の領地没収宣言で私に反抗したやからは怒って領地に帰ったきりだ。
連中は同じく、私の命令に反し、領地に立てこもるブルタールのもとに結集し始めている。
厄介ごとが片付いてから本格的な領内改革を始めるが、両軍ともに戦いまでにはしばらくの時間を要する。
私も直轄領の兵たちを編成しているが戦時ではなかったためにそれなりに集めようとすると時間がかかる。
それまで暇しているわけにはいかないので私は領内に眠る人材を集めて回ることにした。
まずは、将来有望な子供たちだ。
ここ、数日、日課となった訓練のためメリーと庭に出る。
すでに二人が木製の模擬の武器を携え、待機している。
メリーも含めて、ここにいる者たちはみな年上だ。
「おはようございます。ルイーゼ様」
小柄な礼儀正しい少女が私に挨拶する。
この少女はシュネー伯の娘、リア・フォン・シュネー。一人の兄と二人の姉を持つ。
大人びた様子だが、三人の中では一番幼く、私に最も年齢が近い六歳だ。
変人が多いと言われるシュネー家のものでは奇跡的にまともな人間だ。
少なくともこやつの兄や姉は私が知る限り、将来的には変人になる。いずれも優秀ではあるのだが。
成長する場どうなるかわからないが、年の離れた兄や姉たちそして父親を反面教師にしているのかもしれない。
不平不満を言うことも滅多にない。聞き分けのいい子だ。
しかし、まだ子供。年下の私が偉そうに上からものを言っているのがまだ気にくわない様子だ。
冷静を装おうと私に叱られているときは明らかにむくれている。かわいいやつだ。
「……お、おはようございます」
子供にしては背の高い無口な少年が続けて、私に挨拶する。
この少年はシュタイン伯の息子、ザンド・フォン・シュタイン。三人の兄と妹が一人いる。
父にもまして無口な子供だ。三人のなかでは真ん中の七歳だ。
シュタイン家は軍人一家といった感じで三人の兄はいずれも十年もたてば優秀な軍人になるはずだ。
最も恐ろしい将軍に成長するのはザンドの妹だが、今はまだ喋れもしない年齢のはずだ。
ザンドは無口で大柄だが、かなり気が弱く、臆病だ。あまり戦いには向いていない男だ。
「今日も張り切っていきましょう」
メリーは朝から元気いっぱいといった感じだ。
トート伯の娘、メリー・フォン・トート。二人の弟と一人の妹。妹は近くさらに増える予定だ。
メリーは最年長の八歳だ。私との付き合いも一番長い。
子だくさんのトート家の長女で頼れる姉かと思いきや、そそっかしい、天真爛漫。頼りにされるのは嬉しいようだが、危なっかしいところが多い。
トート伯とは似ても似つかぬといった感じなので、母親に似たのだろうか。
意外にも、リアはメリーに一番なついている。
この三人は今は私の従者といったところだ。各貴族家に対する人質的な意味合いもある。
といっても三人とも家督を相続するような身分ではないので、あまり大きな意味はない。
また三人は才能はある。シュネー、シュタイン、トートどの家のどの子供たちもみな優秀だ。
未来の英雄。英雄の卵といったところだ。
この子たちが選ばれた真の理由は、年齢だ。
三人とも私より年齢は上ではあるが、比較的近い。
私が学園に進学するときに同時に入学し、私の近くで私を補佐することを期待している。
いわば、私の親衛隊といったところだ。ほかにも多くの手のものを潜り込ませるつもりだが、メインはこの三人を予定している。
三人とも磨けば輝く才能を持っている。将軍にも神器の使い手にもなれるだろう。
私の築く帝国の一翼を担ってもらうためにも私が直々に教育をつけることにした。
「これはフレイヘルム家に伝わる神器、クロノスだ」
神器、クロノスを放り投げる。
宙に浮いたクロノスはペンダントから身の丈ほどある長剣へと姿を変え、地面へ突き刺さる。
「ひゃあ」
メリー同様、皆、神器は初めて見たようで驚いている。
「こんなことで驚いていては駄目だぞ。いずれお前たちも神器を使うことになるだろうからな」
この時代、まだ発見されていない神器は数多くある。
わが領内にもあるはずなので、彼らには使えるようになってもらいたいところだ。
「よし、ザンド、持ち上げてみてくれ」
「ぐっ……」
ザンドが両手でクロノスを掴むと持ち上げる。
よたよたとしていて少し持ち上げただけで精一杯のようだ。
「私に貸してみろ」
私は全身に魔力を目いっぱい循環させる。
ひょいとザンドからクロノスを取り上げ、軽く振り回して見せる。
「おお、すごい」
無口なザンドが感嘆の声を上げる。
「ザンドでもやっとのこの剣を私がなぜ軽々持ち上げられたか。わかるか」
クロノスを地面に突き刺す。
平気な顔をして見せるが、まだかなりきつい。
昔の体に慣れていないのもあるが、幼い体には無理が過ぎる。
「身体強化です。お父様に聞いたことがあります」
「そうだ」
私の問いかけにスパっとリアが答えてくれる。
リアはまだ幼いのに本当に博識だ。
ザンドも知っていたようだが、メリーは知らない様子だ。
「身体強化は魔力を使って、身体能力を引き上げる術だ。やったほうが早いか」
「んっ、くっ」
メリーの手を取り、体の中に魔力を流し込んでいく。
くすぐったい様子だ。
「どうだ。何かつかめたか」
「やってみます。とりゃあ!」
メリーがクロノスを豪快に引っこ抜く。
どうやら、うまくできたようだ。
「って、きゃああ」
と思ったら、そのまま勢い余ってひっくり返った。
「大丈夫か」
「えへへ。ごめんなさい」
まったく、ひやひやさせてくれる。
メリーはやはり魔力の扱いにうまい。彼女は感覚派なのでこうしたほうが早い。
気を取り直してリアとザンドにも魔力を流し込む。
「これが身体強化」
「軽くなった」
大柄なザンドはもちろん、小柄なリアも長剣を軽やかに振る。
二人とも危なげなく成功したようだ。
まだ、かなり集中した状態でないと使えないようなので実戦では役に立たない。
身体強化の魔法は状況に合わせて、息を吐くように使えないとだめなので厳しい修練が必要だ。
「これから魔力の扱いに慣れるための訓練法を教える。毎日欠かさずやるように」
座禅を組み、目を閉じて、集中する。
三人とも私のお手本通りに座禅を組む。
「静かに息を吐いて、さっきみたいに魔力を流すんだ」
まだ、幼い彼らには難しいかもしれない。
私は子供相手に指導したことがないので平易な言葉で伝えるのは難しい。
立ち上がって一人ずつ肩に手を置き、魔力の流れを補助する。
三人とも才能があるだけあって習得が早い。しっかり感覚的につかんでいるようだ。
「よし、今日はここまで」
合図とともに三人が地面に寝転がる。
まだ十五分程度だが三人はもう限界だ。
幼いうちから無理をすると体壊れかねない。
じっくりとやっていくほうがいいだろう。
「朝食にするとしようか」
食堂のほうからいい香りがしてきた。
三人とも飛び起きて服についた泥を落とす。
みんな食べ盛り、空腹なのだろう。
水を浴び、朝食をとる。
メリーたちも一緒に食卓を囲む。
この国では高位の貴族が貴族とはいえ、従者の身分にあるメリーたち三人と一緒に食事をとることはないだろう。
しかし、食事を共にするということは、信頼関係を生むことになる。
それに食事は大勢で食べて方が、愉快なものだ。
「お前たちもたくさん食べろ。食べなければ立派に成長できんぞ」
皆、教育が行き届いているどこか遠慮気味だ。最もメリーは食べたそうに目の前のごちそうを眺めている。
幼少期から栄養を万遍にとることが重要だ。強い兵士になるにも頭の切れる文官になるにもだ。
それゆえ、テーブルの上には野菜たっぷりの温かいスープ、ふわふわの卵、香草とともにじっくりと焼いた肉、そしてふかふか焼き立てのパンが所狭しと並べられている。
「お前たちが食べないなら、私がすべて平らげてしまうぞ」
私は目の前のパンを手に取ると口いっぱいに頬張った。
耐えられなくなったメリーを皮切りにお腹を空かせた子供たちが一心不乱に食べ始めた。