物好きな者ども
「まずは、全員、私に領地を返上してもらおうか」
領地持ちの貴族たちの間に緊張が走る。
自らが持つ領地を手放すということは貴族としてはいられなくなるということと同義だ。
領地を持たない低位の貴族は、与えられた役職を全うすることで、賃金が支払われる。
領地持ちの貴族は自らの領地からの税収が主な収入源なので、領地を奪われれば一文無しとなってしまう。
それだけではなく領地を守るためと抱える私兵も失うことになる。
土地を奪われるということは財力、軍事力の両方を奪われるということだ。
「ありえません。戦で武功を立て、領地をいただきました。それを返せなど」
一部、貴族たちが声を荒げる。そうだ、そうだと同意の声も飛ぶ。
彼らの言い分も最もだ。
突然、新領主が安定をぶち壊すかのような大言壮語を吐き、自らの利権すらも奪い去るという。
領地を奪わないほうが反発を生まずに済むかもしれないが、目指すは中央集権国家。
各地を征服していけば領地を持った彼らは、さらなる領土を要求してくるだろう。当然のことだ。
しかし、それでは分権的にならざるを得ない。
だが、新秩序構築のためには大土地所有者が多くいては話にならない。
円滑な戦争と征服を行うには、私に全ての権力を集中させる必要があるのだ。
貴族たちに求めることはただ一つ、絶対服従だ。
「それはフレイヘルムに対する反逆、宣戦布告ということだな」
「我々は父の代からフレイヘルムに尽くしてまいりました。この仕打ちはあんまりだ」
一部の貴族を除いて、領地持ちの貴族たちは怒って部屋から出て行ってしまった。
先にここを追い出されたブルタール伯あたりと結託して反乱でも起こしかねない様子だ。
望むところだ。膿は早いうちに出し切るに限る。
「お前たちは物好きな連中だな」
私の目の前には領地を持たない貴族たちとトート伯、シュネー伯、シュタイン伯といった領地持ちの貴族たちがいる。
フレイヘルム家に従い、そのもとで働き、直接給金を得る下級貴族ならば納得がいく。
わからないのは領地持ちの三人だ。
トート伯。メリーと同じく黒髪黒目。領地は少ないが、父からの信任熱い優秀な男。娘のメリーとは違い物怖じすることもない飄々とした男だ。
「領地を奪われるというのに異論はないのか」
「私は異論ございません。ルイーゼ様はいずれ天下を統べられるお方。その家臣として末席に加えていただけるなら領地など安いものです」
トート伯の言葉に同意するようにシュネー伯とシュタイン伯が頷く。
やはり、歴史は繰り返すな。ここに戻る前も彼ら三人は有能だった。情勢をよく見極め、理解していた。
三人とも信用に足る人物だとはわかっていた。しかし、これほどまでに異議を唱えずについてくるとは思っていなかった。
いくら優秀とはいえ、いまだ五歳の私をすんなりと信用しすぎだ。
何か企んでいるのではないかと勘繰ってしまう。
「なにか、根拠はあるのか」
「もちろんです。その神器が何よりの証拠。それに」
神器、古代の遺物。
どのようにして作られたかは不明だが、アダマスという特殊な物質で作られていることだけはわかっている。
人類がこの世にあらわれる前の神話の時代の産物だと言われているが定かではない。
私もあらゆる人をかき集めて調べさせてみたものの全容の解明には至らなかった。
神器は選ばれた使い手が十分に扱うことができれば万軍に匹敵する力を持つ兵器だ。
王家に伝わる秘宝などとされている場合が多いが、戦争中に多数の神器が発掘利用された。
神器による戦闘の被害は敵味方共に計り知れないものだった。使いようによってはこの世界を滅ぼしかねない。
それでもまだ、完璧に力を引き出せていないと言われていたので神器とは恐ろしいものだ。
私が手に入れた剣、クロノスもそんな神器のひとつだ。
戦争中、私は軍を指揮しながら、クロノスではないが、神器をふるい、前線で戦った。
そんな私でも幼い体ではまるで制御ができておらず、素人でも見てわかるほど魔力があふれだしてしまっている。
無論、トート伯たちにもこれが神器だということが筒抜けだ。
確かに神器は持っていても適正がなければ使えない、選ばれしものの武器だ。これを扱えるだけで潜在的な軍事力は凄まじい。
さっき出ていった貴族連中をその軍勢ごと薙ぎ払うことができるだろう。
「それに、なんだ」
どうやら理由は神器だけではないらしい。
「それに公爵閣下のお話は会うたび、娘に聞かされていますから」
トート伯が笑顔で答える。
娘とはメリーのことだ。
「そ、そうか」
思わず赤面する。
食えぬ男だ。この男もそのようだが、私もメリーを出されると弱い。
「シュネー伯はどうだ」
「神器もそうですが、公爵閣下は御父上殿と同じにおいが感じられます」
シュネー伯。青白くひょろっとした男。氷の魔術師とよばれ、魔法の扱いに優れるという。
冷静沈着で狡猾そうな男で裏では蝙蝠とも呼ばれているが、実際には父のカルト的信者で忠狂といった感じだ。
私に抱く感情はどことなく変態じみている感じで愉快ではないが、これはこれで信用できるだろう。
「シュタイン伯」
「親方様へのご恩を返す。それはお嬢だけになっても同じこと」
シュタイン伯はブルタールとは違ったタイプの武人で忠義を重んずる。寡黙で自分からはあまり多くは語らない。
どうやらこの男、まだ私のことを主人と認めていない様子。
この手の頑固者にはわかりやすく武功を示せばいいので忠義を得るのはたやすいことだ。
義に反する行為を最も嫌うので、裏切ることもない。長く戦争が起きていないこの時代には珍しい男だ。
「ならばここにいる者たちは何も問題はないな」
下級貴族たちはいまだ不安そうな表情だが、すぐに安心することになるだろう。
「では戦支度だ」
さっそく富国強兵に励みたいところだが、まずは反抗勢力を叩き潰さなければならない。
予想されるブルータル伯ら反乱貴族の軍と私たちが用意できる兵数は互角。
フレイヘルム公爵領も大きく二分される形だ。
「ブルタール伯ら反乱貴族どもを根絶やしにする」
こんなところで立ち止まってはいられない。
「我ら、家臣一同、死力を尽くしましょう」
トート伯、家臣たちが膝まづく。
私はもう繰り返さない。
愛だけでは人を救えない。愛は複雑で不安定だ。
私は思い知ったのだ。
力も人は救えない。しかし、力は人を従属させることができる。力は単純明快だ。
力で膿を一掃し、そのあとでゆっくり愛を育めばいい。
私の望むところは世界平和。
目的のためならば手段は選ばない。
圧倒的な軍事力を持って、全世界を制圧する。
この戦いは最初の第一歩だ。